上 下
28 / 123

11-02

しおりを挟む

「なに頭抱えてんの」
「あ、クリス先輩!」
「……大丈夫? 顔面に男難の相が出てるよ」
「そんなものあるんですか……?」


 『愛人』ことクリスティーナは、ノイナの震え声に肩を竦める。いろんな相手と関わった経験を持つ彼女にそう言われると、冗談で流せないリアルな怖さがある。
 彼女は少し視線を逸らしてなにかを思案すると、とんとんとノイナの肩を指で叩いた。


「少し休憩したら。付き合うよ」
「え、いいんですか?」
「まぁ、私も一応秘密を共有する間柄だからね」


 秘密の任務を知っているのは長官を始めとする上層部と、ノイナの上司、そしてクリスだけだった。そういう意味では、彼女は相談できる唯一の相手かもしれない。上司にはなにを訴えてもがんばれとしか言われないのだから。
 クリスの誘いで機関内にあるカフェに立ち寄れば、カウンターでコーヒーをもらったあと個室に案内される。慣れた様子で室内を確認したクリスは、ノイナと向かい合わせに座った。


「ゲブラーの件、うまくいってるみたいね」
「そうですねぇ……」
「正直、驚いてるわ。あんたは私にできないことをやってるから」


 どういうことかと首を傾げれば、彼女は察しの悪いノイナをジトッとした目で見つめてくる。


「ゲブラーの懐柔任務……順当に行けば本来は私の仕事だった。そうでしょ?」
「あ、あぁ……そうですね。ハニートラップ、ですから」
「でも、先に彼を懐柔しようと女諜報員を放った国が失敗した。それを聞いてから、勘だったけど、たぶん私も近付いたら死ぬだろうなって思ってたの」


 きっとクリスは、いずれ死を覚悟でゲブラーに接近しなければならない日が来るだろうと、そう思っていたのだろう。いくら命を危険に晒す仕事をしていると覚悟していても、いざその瞬間が来ると自然と恐怖してしまうものだ。
 ということはこうしてノイナに目をかけてくれるのも、感謝に近い感情からなのかもしれない。


「代わりにあんたが行くって聞いたとき、なんかもう絶望したわ」
「そうだったんですか?」
「そうでしょ。だって、どうやったら爆弾が爆発するかもわからない素人に、地雷原歩きに行けって言うようなものでしょ」
(地雷原……言い得て妙だ)


 ゲブラーにとっての地雷、それは間違いなく、嘘だ。

 そう考えると、諜報員という職業はゲブラーとの相性が致命的なまでに悪いのだ。それこそ、スタールのような常識外れの優秀さを持っていなければ、諜報員が彼を懐柔することなど不可能と言えるくらいに。まだ一般人に任せたほうが可能性がある。


(そうか、私がほぼ一般人だったから……自分で言ってて虚しくなってきた)
「本当は私が担うべきだったのに……だからまぁ、ずっと言えてなかったけど、感謝してるわ。ある意味あんたは私の命の恩人、なのかもね」
「え! そ、そんな、クリス先輩に恩人扱いなんて、めっそうもない! わたしほんと、ほんとになにもしてないですから……!」


 慌ててそう弁明すれば、クリスは少し意地の悪い笑みを浮かべて、ノイナの額をぺしっと指で叩いた。


「なにもしてないはずないでしょ? 悩んでることがあれば言いなさい。助言くらいはしてあげられるだろうから」
「悩み……」


 頭の中にはいろいろ巡る。例えば、ゲブラーに飽きられないために次はどんな性技を学んだほうがいいかだとか、彼を懐柔するために他に何かするべきことがあるだろうかとか。
 けれどそのどれも口から出てこなかった。恥ずかしい、というのもあるかもしれないが、その相談をすればノイナはゲブラーの情報を吐くことになってしまう。


(別になにも言うなとは言われてないけど……なぜだろう、それは、駄目な気がする……)
「どうしたの?」
「え? いやぁ……」


 ゲブラーはノイナが諜報員だということを知っている。だから、自分の情報が彼女の口から漏れることもわかってはいるはずだ。
 そしてそれが自分の障害になると考えていたら、今頃ノイナは生きてはいない。恐らくそれと同じ理由で、他国の美人諜報員は彼に始末されてしまったのだから。


「なんか、ゲブラーの話はしないほうがいいかなって……私たちの間に信頼なんてものは無いですけど、でも彼の不利になるようなことを言いそうで、嫌というか……」
「なるほどね。いい心掛けだわ」
「ほ、ほんとですか……!」


 褒められたことにぱっとノイナは笑みを浮かべるが、クリスは突然すっと真顔になる。


「同時になんか心配になってきたけど」
「急に真顔にならないでくださいよ……!」
「あんた、本当に諜報員には向かないわね。でもそういうあんただから、ゲブラーみたいな奴には刺さったのかも。長官があんたを採用したのだって……」
「したのだって?」
「一回限りのキラーカードとして、もしもの場面で役立つと見込まれたから、かもね」


 そう言ってクリスはコーヒーを口にした。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

大嫌いな次期騎士団長に嫁いだら、激しすぎる初夜が待っていました

扇 レンナ
恋愛
旧題:宿敵だと思っていた男に溺愛されて、毎日のように求められているんですが!? *こちらは【明石 唯加】名義のアカウントで掲載していたものです。書籍化にあたり、こちらに転載しております。また、こちらのアカウントに転載することに関しては担当編集さまから許可をいただいておりますので、問題ありません。 ―― ウィテカー王国の西の辺境を守る二つの伯爵家、コナハン家とフォレスター家は長年に渡りいがみ合ってきた。 そんな現状に焦りを抱いた王家は、二つの伯爵家に和解を求め、王命での結婚を命じる。 その結果、フォレスター伯爵家の長女メアリーはコナハン伯爵家に嫁入りすることが決まった。 結婚相手はコナハン家の長男シリル。クールに見える外見と辺境騎士団の次期団長という肩書きから女性人気がとても高い男性。 が、メアリーはそんなシリルが実は大嫌い。 彼はクールなのではなく、大層傲慢なだけ。それを知っているからだ。 しかし、王命には逆らえない。そのため、メアリーは渋々シリルの元に嫁ぐことに。 どうせ愛し愛されるような素敵な関係にはなれるわけがない。 そう考えるメアリーを他所に、シリルは初夜からメアリーを強く求めてくる。 ――もしかして、これは嫌がらせ? メアリーはシリルの態度をそう受け取り、頑なに彼を拒絶しようとするが――……。 「誰がお前に嫌がらせなんかするかよ」 どうやら、彼には全く別の思惑があるらしく……? *WEB版表紙イラストはみどりのバクさまに有償にて描いていただいたものです。転載等は禁止です。

壁の花令嬢の最高の結婚

晴 菜葉
恋愛
 壁の花とは、舞踏会で誰にも声を掛けてもらえず壁に立っている適齢期の女性を示す。  社交デビューして五年、一向に声を掛けられないヴィンセント伯爵の実妹であるアメリアは、兄ハリー・レノワーズの悪友であるブランシェット子爵エデュアルト・パウエルの心ない言葉に傷ついていた。  ある日、アメリアに縁談話がくる。相手は三十歳上の財産家で、妻に暴力を働いてこれまでに三回離縁を繰り返していると噂の男だった。  アメリアは自棄になって家出を決行する。  行く当てもなく彷徨いていると、たまたま賭博場に行く途中のエデュアルトに出会した。  そんなとき、彼が暴漢に襲われてしまう。  助けたアメリアは、背中に消えない傷を負ってしまった。  乙女に一生の傷を背負わせてしまったエデュアルトは、心底反省しているようだ。 「俺が出来ることなら何だってする」  そこでアメリアは考える。  暴力を振るう亭主より、女にだらしない放蕩者の方がずっとマシ。 「では、私と契約結婚してください」 R18には※をしています。    

【R18】熱い一夜が明けたら~酔い潰れた翌朝、隣に団長様の寝顔。~

三月べに
恋愛
酔い潰れた翌朝。やけに身体が重いかと思えば、ベッドには自分だけではなく、男がいた! しかも、第三王子であり、所属する第三騎士団の団長様! 一夜の過ちをガッツリやらかした私は、寝ている間にそそくさと退散。まぁ、あの見目麗しい団長と一夜なんて、いい思いをしたと思うことにした。が、そもそもどうしてそうなった??? と不思議に思っていれば、なんと団長様が一夜のお相手を捜索中だと! 団長様は媚薬を盛られてあの宿屋に逃げ込んでやり過ごそうとしたが、うっかり鍵をかけ忘れ、酔っ払った私がその部屋に入っては、上になだれ込み、致した……! あちゃー! 氷の冷徹の団長様は、一体どういうつもりで探しているのかと息をひそめて耳をすませた。

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

【R18】聖女のお役目【完結済】

ワシ蔵
恋愛
平凡なOLの加賀美紗香は、ある日入浴中に、突然異世界へ転移してしまう。 その国には、聖女が騎士たちに祝福を与えるという伝説があった。 紗香は、その聖女として召喚されたのだと言う。 祭壇に捧げられた聖女は、今日も騎士達に祝福を与える。 ※性描写有りは★マークです。 ※肉体的に複数と触れ合うため「逆ハーレム」タグをつけていますが、精神的にはほとんど1対1です。

快楽のエチュード〜父娘〜

狭山雪菜
恋愛
眞下未映子は、実家で暮らす社会人だ。週に一度、ストレスがピークになると、夜中にヘッドフォンをつけて、AV鑑賞をしていたが、ある時誰かに見られているのに気がついてしまい…… 父娘の禁断の関係を描いてますので、苦手な方はご注意ください。 月に一度の更新頻度です。基本的にはエッチしかしてないです。 こちらの作品は、「小説家になろう」でも掲載しております。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

【R18】騎士たちの監視対象になりました

ぴぃ
恋愛
異世界トリップしたヒロインが騎士や執事や貴族に愛されるお話。 *R18は告知無しです。 *複数プレイ有り。 *逆ハー *倫理感緩めです。 *作者の都合の良いように作っています。

処理中です...