19 / 123
08-02
しおりを挟む
「さすがは腐っても諜報員。やっぱり、俺の目は正しかったね」
「わわっ」
突然上からゲブラーが降ってきて、ノイナは思わず急ブレーキを踏んだ。が、止まりきれずにそのまま彼に体当たりをかましてしまう。
それすらもあっさりと受け止められ、ノイナははからずしてゲブラーの腕の中に収まってしまう。ゆっくりと顔をあげれば、目の前の優男はにこりと微笑んだ。
「なっ、私に追いつくなんて、何者ですか貴方……!」
「ん? 凄腕の殺し屋、絶対に敵に回したくない暗殺者ナンバーワン、それがゲブラー、ってね」
ゲブラーが常人離れしているのは知っていた。けれどまさか、慣れた街並み内でのチェイスで負けるとは思っておらず、ノイナは呆然としてしまう。
「偶然だねぇノイナ! 運命の神様が俺たちを引き合わせたようだ!」
「会いたくありませんでしたよゲブラー……」
「なんでぇ? 俺を懐柔したいノイナ・イゴーシュは毎日でも俺に会って俺に媚び売っておきたいところでしょ? 偶然の出会いに泣いて喜んでしかるべきじゃない?」
「こ・れ・か・ら! やっと仕事が終わってケーキを食べに行くところだったんですよ……!」
ゲブラーとの遭遇はノイナにとって不幸でしかない。ストレスを発散させるつもりだったのに、ストレス源の男に出会してしまったのだ。普通に泣きたくなる。
「へぇ、仕事終わりなんだ。ご苦労様~」
「そうです。今はオフなんです。だから貴方に構ってる暇はないんです」
「えー、なんだよそれ」
「哀れと思うなら放っておいてください。私はもう、疲労の限界に達しているんです……」
弱々しくゲブラーの腕から逃れようとすれば、彼はつまらなさそうな顔で不貞腐れている。けれどすぐに何かを思いついたのか、ぱっと笑みを浮かべるとノイナを強く抱き寄せた。
「じゃあ一緒に食べに行こう!」
「え!? 嫌です!」
「そんなつれないこと言わないの。あんたの至福の時間は邪魔しないからさ」
「信用できないんですけど……!」
絶対ゲブラーなら何かやらかす。そう思ってノイナが声を上げれば、唐突にぐっとゲブラーの顔が近くなる。
「俺は嘘吐かないよ。嘘が嫌いだって言ったよね」
「……そうですけど」
「じゃあ約束。俺は、ノイナがケーキ食べてるのを邪魔しません、と」
指切りまで勝手に済まされ、内心では不満でいっぱいだった。けれど、ゲブラーが嘘を嫌っているのは間違いじゃない。だとすれば、約束を破ることもないのかもしれない。
(この機会にもう少しゲブラーのことを知れるかも……って、また仕事のことを考えてる!)
頭を抱えてノイナはため息を一つつく。またきっぱり断ったとしても、ああだこうだ理由をつけてゲブラーはついてきてしまうだろう。そんな諦めの心境から仕方なく首を縦に振った。
「分かりました。大人しくしててくださいよ」
「やったー! それじゃあ行こう!」
「あ、ちょっと店の場所……」
「前言ってた店でしょ? ちゃんと覚えてるって」
ノイナの手をしっかり握って、ゲブラーは意気揚々と歩き出す。その足取りはノイナの歩幅など一切考慮されておらず、彼女はほとんど駆け足で彼に手を引かれた。
おしゃれな店の中に入って、二人してお目当てのケーキをカウンターで注文する。見晴らしのいいテラス席に腰を下ろせば、ようやくノイナは息を吐いた。
「はぁ……久しぶりのお店だ……」
「ねぇねぇノイナ」
「何ですか?」
店員に持ってきてもらった紅茶を一口飲んで、ノイナは幸せそうに表情を緩める。もはやゲブラーが何を言ったとしても、この穏やかな心境を変えることはできないだろう。
「なんかデートみたいだね」
「…………」
一気にあったまっていた心中が冷めてしまう。どうしてだろう。自分を玩具扱いして楽しむ外道が目の前にいるからだろうか。
そうしていると早くもケーキが運ばれてきて、ノイナはゲブラーそっちのけで目を輝かせる。奮発して三切れも頼んでしまったが、そのどれもが種類の違うものだ。
「待ってましたー! いっただっきまーす!」
「相変わらず食い気の方が強いんだねぇあんたは……それに三切れも食べるとは、全部イチゴのタルトだけど」
「全然違います! こっちは通常メニューながらも甘さと酸味のバランスが絶妙なイチゴのタルト! こっちは期間限定、生クリームと大粒イチゴをふんだんに使った高級なイチゴのタルト! こっちも期間限定の黒イチゴを使った贅沢タルト!」
「あ、うん……」
さすがのケブラーもスイーツを前にしたノイナの興奮ぶりに苦笑を浮かべている。だがそんな彼の様子も気にせず、ノイナは楽しみにしていたタルトを一欠片、口に放り込んだ。
「んん~!」
満面の笑みを浮かべて咀嚼するノイナを、ぼうっとゲブラーは眺める。邪魔をしないという約束を守るように、ただ彼は黙々と幸せを噛み締める様を見守り続けた。
「わわっ」
突然上からゲブラーが降ってきて、ノイナは思わず急ブレーキを踏んだ。が、止まりきれずにそのまま彼に体当たりをかましてしまう。
それすらもあっさりと受け止められ、ノイナははからずしてゲブラーの腕の中に収まってしまう。ゆっくりと顔をあげれば、目の前の優男はにこりと微笑んだ。
「なっ、私に追いつくなんて、何者ですか貴方……!」
「ん? 凄腕の殺し屋、絶対に敵に回したくない暗殺者ナンバーワン、それがゲブラー、ってね」
ゲブラーが常人離れしているのは知っていた。けれどまさか、慣れた街並み内でのチェイスで負けるとは思っておらず、ノイナは呆然としてしまう。
「偶然だねぇノイナ! 運命の神様が俺たちを引き合わせたようだ!」
「会いたくありませんでしたよゲブラー……」
「なんでぇ? 俺を懐柔したいノイナ・イゴーシュは毎日でも俺に会って俺に媚び売っておきたいところでしょ? 偶然の出会いに泣いて喜んでしかるべきじゃない?」
「こ・れ・か・ら! やっと仕事が終わってケーキを食べに行くところだったんですよ……!」
ゲブラーとの遭遇はノイナにとって不幸でしかない。ストレスを発散させるつもりだったのに、ストレス源の男に出会してしまったのだ。普通に泣きたくなる。
「へぇ、仕事終わりなんだ。ご苦労様~」
「そうです。今はオフなんです。だから貴方に構ってる暇はないんです」
「えー、なんだよそれ」
「哀れと思うなら放っておいてください。私はもう、疲労の限界に達しているんです……」
弱々しくゲブラーの腕から逃れようとすれば、彼はつまらなさそうな顔で不貞腐れている。けれどすぐに何かを思いついたのか、ぱっと笑みを浮かべるとノイナを強く抱き寄せた。
「じゃあ一緒に食べに行こう!」
「え!? 嫌です!」
「そんなつれないこと言わないの。あんたの至福の時間は邪魔しないからさ」
「信用できないんですけど……!」
絶対ゲブラーなら何かやらかす。そう思ってノイナが声を上げれば、唐突にぐっとゲブラーの顔が近くなる。
「俺は嘘吐かないよ。嘘が嫌いだって言ったよね」
「……そうですけど」
「じゃあ約束。俺は、ノイナがケーキ食べてるのを邪魔しません、と」
指切りまで勝手に済まされ、内心では不満でいっぱいだった。けれど、ゲブラーが嘘を嫌っているのは間違いじゃない。だとすれば、約束を破ることもないのかもしれない。
(この機会にもう少しゲブラーのことを知れるかも……って、また仕事のことを考えてる!)
頭を抱えてノイナはため息を一つつく。またきっぱり断ったとしても、ああだこうだ理由をつけてゲブラーはついてきてしまうだろう。そんな諦めの心境から仕方なく首を縦に振った。
「分かりました。大人しくしててくださいよ」
「やったー! それじゃあ行こう!」
「あ、ちょっと店の場所……」
「前言ってた店でしょ? ちゃんと覚えてるって」
ノイナの手をしっかり握って、ゲブラーは意気揚々と歩き出す。その足取りはノイナの歩幅など一切考慮されておらず、彼女はほとんど駆け足で彼に手を引かれた。
おしゃれな店の中に入って、二人してお目当てのケーキをカウンターで注文する。見晴らしのいいテラス席に腰を下ろせば、ようやくノイナは息を吐いた。
「はぁ……久しぶりのお店だ……」
「ねぇねぇノイナ」
「何ですか?」
店員に持ってきてもらった紅茶を一口飲んで、ノイナは幸せそうに表情を緩める。もはやゲブラーが何を言ったとしても、この穏やかな心境を変えることはできないだろう。
「なんかデートみたいだね」
「…………」
一気にあったまっていた心中が冷めてしまう。どうしてだろう。自分を玩具扱いして楽しむ外道が目の前にいるからだろうか。
そうしていると早くもケーキが運ばれてきて、ノイナはゲブラーそっちのけで目を輝かせる。奮発して三切れも頼んでしまったが、そのどれもが種類の違うものだ。
「待ってましたー! いっただっきまーす!」
「相変わらず食い気の方が強いんだねぇあんたは……それに三切れも食べるとは、全部イチゴのタルトだけど」
「全然違います! こっちは通常メニューながらも甘さと酸味のバランスが絶妙なイチゴのタルト! こっちは期間限定、生クリームと大粒イチゴをふんだんに使った高級なイチゴのタルト! こっちも期間限定の黒イチゴを使った贅沢タルト!」
「あ、うん……」
さすがのケブラーもスイーツを前にしたノイナの興奮ぶりに苦笑を浮かべている。だがそんな彼の様子も気にせず、ノイナは楽しみにしていたタルトを一欠片、口に放り込んだ。
「んん~!」
満面の笑みを浮かべて咀嚼するノイナを、ぼうっとゲブラーは眺める。邪魔をしないという約束を守るように、ただ彼は黙々と幸せを噛み締める様を見守り続けた。
0
お気に入りに追加
49
あなたにおすすめの小説
貴方様の後悔など知りません。探さないで下さいませ。
ましろ
恋愛
「致しかねます」
「な!?」
「何故強姦魔の被害者探しを?見つけて如何なさるのです」
「勿論謝罪を!」
「それは貴方様の自己満足に過ぎませんよ」
今まで順風満帆だった侯爵令息オーガストはある罪を犯した。
ある令嬢に恋をし、失恋した翌朝。目覚めるとあからさまな事後の後。あれは夢ではなかったのか?
白い体、胸元のホクロ。暗めな髪色。『違います、お許し下さい』涙ながらに抵抗する声。覚えているのはそれだけ。だが……血痕あり。
私は誰を抱いたのだ?
泥酔して罪を犯した男と、それに巻き込まれる人々と、その恋の行方。
★以前、無理矢理ネタを考えた時の別案。
幸せな始まりでは無いので苦手な方はそっ閉じでお願いします。
いつでもご都合主義。ゆるふわ設定です。箸休め程度にお楽しみ頂けると幸いです。
乙女ゲーム攻略対象者の母になりました。
緋田鞠
恋愛
【完結】「お前を抱く気はない」。夫となった王子ルーカスに、そう初夜に宣言されたリリエンヌ。だが、子供は必要だと言われ、医療の力で妊娠する。出産の痛みの中、自分に前世がある事を思い出したリリエンヌは、生まれた息子クローディアスの顔を見て、彼が乙女ゲームの攻略対象者である事に気づく。クローディアスは、ヤンデレの気配が漂う攻略対象者。可愛い息子がヤンデレ化するなんて、耐えられない!リリエンヌは、クローディアスのヤンデレ化フラグを折る為に、奮闘を開始する。
距離を置きましょう? やったー喜んで! 物理的にですけど、良いですよね?
hazuki.mikado
恋愛
婚約者が私と距離を置きたいらしい。
待ってましたッ! 喜んで!
なんなら物理的な距離でも良いですよ?
乗り気じゃない婚約をヒロインに押し付けて逃げる気満々の公爵令嬢は悪役令嬢でしかも転生者。
あれ? どうしてこうなった?
頑張って断罪劇から逃げたつもりだったけど、先に待ち構えていた隣りの家のお兄さんにあっさり捕まってでろでろに溺愛されちゃう中身アラサー女子のお話し。
×××
取扱説明事項〜▲▲▲
作者は誤字脱字変換ミスと投稿ミスを繰り返すという老眼鏡とハズキルーペが手放せない(老)人です(~ ̄³ ̄)~マジでミスをやらかしますが生暖かく見守って頂けると有り難いです(_ _)お気に入り登録や感想、動く栞、以前は無かった♡機能。そして有り難いことに動画の視聴。ついでに誤字脱字報告という皆様の愛(老人介護)がモチベアップの燃料です(人*´∀`)。*゜+
皆様の愛を真摯に受け止めております(_ _)←多分。
9/18 HOT女性1位獲得シマシタ。応援ありがとうございますッヽ(*゚ー゚*)ノ
私は貴方を許さない
白湯子
恋愛
甘やかされて育ってきたエリザベータは皇太子殿下を見た瞬間、前世の記憶を思い出す。無実の罪を着させられ、最期には断頭台で処刑されたことを。
前世の記憶に酷く混乱するも、優しい義弟に支えられ今世では自分のために生きようとするが…。
【本編完結】セカンド彼女になりがちアラサー、悪役令嬢に転生する
にしのムラサキ
恋愛
【本編完結】
「嘘でしょ私、本命じゃなかったの!?」
気が付けば、いつもセカンド彼女。
そんな恋愛運超低めアラサーの「私」、なんと目が覚めたら(あんまり記憶にない)学園モノ乙女ゲームの悪役令嬢に転生してしまっていたのでした。
ゲームでは不仲だったはずの攻略対象くんやモブ男子くんと仲良く過ごしつつ、破滅エンド回避を何となーく念頭に、のんびり過ごしてます。
鎌倉を中心に、神戸、横浜を舞台としています。物語の都合上、現実と違う点も多々あるとは存じますがご了承ください。
また、危険な行為等(キスマーク含む・ご指摘いただきました)含まれますが、あくまでフィクションですので、何卒ご了承ください。
甘めの作品を目指していますが、シリアス成分も多めになります。
R15指定は保険でしたが途中から保険じゃなくなってきた感が……。
なお、途中からマルチエンディングのために分岐が発生しております。分岐前の本編に注意点に関するお知らせがございますので、分岐前にお目通しください。
分岐後はそれぞれ「独立したお話」となっております。
分岐【鹿王院樹ルート】本編完結しました(2019.12.09)番外編完結しました
分岐【相良仁ルート】本編完結しました。(2020.01.16)番外編完結しました
分岐【鍋島真ルート】本編完結しました(2020.02.26)番外編完結しました
分岐【山ノ内瑛ルート】本編完結しました(2020.02.29)番外編完結しました
分岐【黒田健ルート】本編完結しました(2020.04.01)
「小説家になろう」の方で改稿版(?)投稿しています。
ご興味あれば。
https://ncode.syosetu.com/n8682fs/
冒頭だけこちらと同じですが途中から展開が変わったのに伴い、新規のお話が増えています。
死を回避したい悪役令嬢は、ヒロインを破滅へと導く
miniko
恋愛
お茶会の参加中に魔獣に襲われたオフィーリアは前世を思い出し、自分が乙女ゲームの2番手悪役令嬢に転生してしまった事を悟った。
ゲームの結末によっては、断罪されて火あぶりの刑に処されてしまうかもしれない立場のキャラクターだ。
断罪を回避したい彼女は、攻略対象者である公爵令息との縁談を丁重に断ったのだが、何故か婚約する代わりに彼と友人になるはめに。
ゲームのキャラとは距離を取りたいのに、メインの悪役令嬢にも妙に懐かれてしまう。
更に、ヒロインや王子はなにかと因縁をつけてきて……。
平和的に悪役の座を降りたかっただけなのに、どうやらそれは無理みたいだ。
しかし、オフィーリアが人助けと自分の断罪回避の為に行っていた地道な根回しは、徐々に実を結び始める。
それがヒロインにとってのハッピーエンドを阻む結果になったとしても、仕方の無い事だよね?
だって本来、悪役って主役を邪魔するものでしょう?
※主人公以外の視点が入る事があります。主人公視点は一人称、他者視点は三人称で書いています。
※連載開始早々、タイトル変更しました。(なかなかピンと来ないので、また変わるかも……)
※感想欄は、ネタバレ有り/無しの分類を一切おこなっておりません。ご了承下さい。
父の浮気相手は私の親友でした。
木山楽斗
恋愛
伯爵令嬢であるティセリアは、父の横暴に対して怒りを覚えていた。
彼は、妻であるティセリアの母を邪険に扱っていたのだ。
しかしそれでも、自分に対しては真っ当に父親として接してくれる彼に対して、ティセリアは複雑な思いを抱いていた。
そんな彼女が悩みを唯一打ち明けられるのは、親友であるイルーネだけだった。
その友情は、大切にしなければならない。ティセリアは日頃からそのように思っていたのである。
だが、そんな彼女の思いは一瞬で打ち砕かれることになった。
その親友は、あろうことかティセリアの父親と関係を持っていたのだ。
それによって、ティセリアの中で二人に対する情は崩れ去った。彼女にとっては、最早どちらも自身を裏切った人達でしかなくなっていたのだ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる