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08-02

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「さすがは腐っても諜報員。やっぱり、俺の目は正しかったね」
「わわっ」


 突然上からゲブラーが降ってきて、ノイナは思わず急ブレーキを踏んだ。が、止まりきれずにそのまま彼に体当たりをかましてしまう。
 それすらもあっさりと受け止められ、ノイナははからずしてゲブラーの腕の中に収まってしまう。ゆっくりと顔をあげれば、目の前の優男はにこりと微笑んだ。


「なっ、私に追いつくなんて、何者ですか貴方……!」
「ん? 凄腕の殺し屋、絶対に敵に回したくない暗殺者ナンバーワン、それがゲブラー、ってね」


 ゲブラーが常人離れしているのは知っていた。けれどまさか、慣れた街並み内でのチェイスで負けるとは思っておらず、ノイナは呆然としてしまう。


「偶然だねぇノイナ! 運命の神様が俺たちを引き合わせたようだ!」
「会いたくありませんでしたよゲブラー……」
「なんでぇ? 俺を懐柔したいノイナ・イゴーシュは毎日でも俺に会って俺に媚び売っておきたいところでしょ? 偶然の出会いに泣いて喜んでしかるべきじゃない?」
「こ・れ・か・ら! やっと仕事が終わってケーキを食べに行くところだったんですよ……!」


 ゲブラーとの遭遇はノイナにとって不幸でしかない。ストレスを発散させるつもりだったのに、ストレス源の男に出会してしまったのだ。普通に泣きたくなる。


「へぇ、仕事終わりなんだ。ご苦労様~」
「そうです。今はオフなんです。だから貴方に構ってる暇はないんです」
「えー、なんだよそれ」
「哀れと思うなら放っておいてください。私はもう、疲労の限界に達しているんです……」


 弱々しくゲブラーの腕から逃れようとすれば、彼はつまらなさそうな顔で不貞腐れている。けれどすぐに何かを思いついたのか、ぱっと笑みを浮かべるとノイナを強く抱き寄せた。


「じゃあ一緒に食べに行こう!」
「え!? 嫌です!」
「そんなつれないこと言わないの。あんたの至福の時間は邪魔しないからさ」
「信用できないんですけど……!」


 絶対ゲブラーなら何かやらかす。そう思ってノイナが声を上げれば、唐突にぐっとゲブラーの顔が近くなる。


「俺は嘘吐かないよ。嘘が嫌いだって言ったよね」
「……そうですけど」
「じゃあ約束。俺は、ノイナがケーキ食べてるのを邪魔しません、と」


 指切りまで勝手に済まされ、内心では不満でいっぱいだった。けれど、ゲブラーが嘘を嫌っているのは間違いじゃない。だとすれば、約束を破ることもないのかもしれない。


(この機会にもう少しゲブラーのことを知れるかも……って、また仕事のことを考えてる!)


 頭を抱えてノイナはため息を一つつく。またきっぱり断ったとしても、ああだこうだ理由をつけてゲブラーはついてきてしまうだろう。そんな諦めの心境から仕方なく首を縦に振った。


「分かりました。大人しくしててくださいよ」
「やったー! それじゃあ行こう!」
「あ、ちょっと店の場所……」
「前言ってた店でしょ? ちゃんと覚えてるって」


 ノイナの手をしっかり握って、ゲブラーは意気揚々と歩き出す。その足取りはノイナの歩幅など一切考慮されておらず、彼女はほとんど駆け足で彼に手を引かれた。
 おしゃれな店の中に入って、二人してお目当てのケーキをカウンターで注文する。見晴らしのいいテラス席に腰を下ろせば、ようやくノイナは息を吐いた。


「はぁ……久しぶりのお店だ……」
「ねぇねぇノイナ」
「何ですか?」


 店員に持ってきてもらった紅茶を一口飲んで、ノイナは幸せそうに表情を緩める。もはやゲブラーが何を言ったとしても、この穏やかな心境を変えることはできないだろう。


「なんかデートみたいだね」
「…………」


 一気にあったまっていた心中が冷めてしまう。どうしてだろう。自分を玩具扱いして楽しむ外道が目の前にいるからだろうか。
 そうしていると早くもケーキが運ばれてきて、ノイナはゲブラーそっちのけで目を輝かせる。奮発して三切れも頼んでしまったが、そのどれもが種類の違うものだ。


「待ってましたー! いっただっきまーす!」
「相変わらず食い気の方が強いんだねぇあんたは……それに三切れも食べるとは、全部イチゴのタルトだけど」
「全然違います! こっちは通常メニューながらも甘さと酸味のバランスが絶妙なイチゴのタルト! こっちは期間限定、生クリームと大粒イチゴをふんだんに使った高級なイチゴのタルト! こっちも期間限定の黒イチゴを使った贅沢タルト!」
「あ、うん……」


 さすがのケブラーもスイーツを前にしたノイナの興奮ぶりに苦笑を浮かべている。だがそんな彼の様子も気にせず、ノイナは楽しみにしていたタルトを一欠片、口に放り込んだ。


「んん~!」


 満面の笑みを浮かべて咀嚼するノイナを、ぼうっとゲブラーは眺める。邪魔をしないという約束を守るように、ただ彼は黙々と幸せを噛み締める様を見守り続けた。


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