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08-01 疲れを癒したい
しおりを挟む「すごいじゃないかノイナくん……!」
なんとも既視感のある称賛に、ノイナは弱々しく返事をした。
約束通りゲブラーは要人暗殺の仕事を請け負わなかったらしい。その依頼は別の殺し屋に委任されたらしいが、命を狙われているのなら対策は容易、無事に難を逃れ殺し屋は撃退できたとか。
情報を漏らした形になったゲブラーに、その後大丈夫だったのかとノイナが聞けば。
「は? 刺客なんて返り討ちにしたけど?」
天下無双の暗殺者に仕返しなど無意味。そう嘲笑うかのように、彼はあっさりと刺客を処理してしまったらしい。ノイナは依頼主がちょっと可哀想になった。
ここに来て、どうして国々がゲブラーを懐柔しようとしているのか、それがよく分かる。
もしも今回ゲブラーの懐柔に失敗し、ノイナが暗殺計画のことを機関に伝えていたとしても、狙われた要人は死んでいたことだろう。
それほどまでにゲブラーの暗殺技術は別格なのだ。
「暗殺者ゲブラーの懐柔……スタールくんほどの諜報員でも達成困難な任務を、君は果たしたんだ。もっと誇ってくれたまえ」
「まぁ、お褒めいただき光栄でございます、けど……別に今回はたまたまです」
そう、たまたま。ノイナ自身、今回ゲブラーが手を引いてくれたのは偶然だと思っていた。
彼女はただ、ゲブラーの要求通り身体を張って、けれど失敗した。その様があまりにも憐れで、運よく彼の同情を誘えた、というだけのこと。
「次も同じことができる保証はないですよ。ゲブラーはすごい気まぐれですから」
「だがまだ可能性はある。君が生きている時間全てがチャンスだと思ってくれ。今後も期待してるよ」
「はーい……」
上司の激励を軽くかわして、ノイナは自分のデスクに戻った。
今日も書類仕事、昨日も書類仕事、その前はゲブラーに丸一日遊ばれたため仕事が滞った。こんな大事な任務をやっているのだから、書類仕事くらい免除してほしいものだ。そうノイナは思った。
「はぁ……最近、仕事終わりのケーキも食べられてないし……」
スタールからの土産も最近は来ていない。上司の話によれば、今が最も難しい長期任務の最中だろう、とのことだ。
「今日こそ、今日こそは早く仕事を切り上げて……この調子ならおやつどきにはカフェに行ける……!」
癒しを求めて、ノイナは馬車馬の如く働いた。いいかげん、仕事に追われゲブラーに遊ばれる日々の疲れを癒したかった。
そのためには甘味だ、甘いものだ、美味しいスイーツだ。そう夢見心地でゴールを目指した。
そして無事に仕事は予定通りの時間に終わり、おやつどき。彼女はルンルンと軽い足取りで大好きなカフェに向かっていた。
「普段機関外のお店使わないけど、やっぱり美味しいものだけは別! はぁ~私のケーキちゃん、待っててねー!」
極度の疲労状態のせいか、言動に異常をきたしたノイナは無鉄砲に突っ走った。
そんなことをしていたら、当然人にぶつかってしまうもので。
「あっ、ごめんなさい!」
「あ?」
「おいおいねーちゃん、どこ見て歩いてんだよ」
運悪くノイナはガラの悪いお兄さんたちに絡まれてしまった。
だがゴロツキ程度でよかったな、なんてノイナは思ってしまう。中にはぶつかっただけで死亡確定のような歩く爆弾が本当にいる、特に夜間には。
ノイナも一応護身術くらいは使えるのだが、相手は四人組のようで、多勢に無勢というやつだ。さすがにこの人数は捌ききれない。
「これ絶対骨折れたわ。慰謝料払ってくれない? どうせ街で働いてる高給取りなんだろ」
「払えないなら特別に身体で払ってもいいんだぜー? それとも内臓がいいか?」
(相変わらず治安悪いな……)
逃げ足には自信があるノイナは落ち着いていた。これまでの生活の中で絡まれることなど腐るほどあったが、今まで逃げ損ねたことはない。こんな環境で生活していたらもはや必須スキルだ。
しかし、確実に逃げ切るためには隙が欲しい。そのために彼女は思考を巡らせた。
(仕方ない、汚職が多くて信頼薄いから効きが悪いんだけど、ここは後ろにお巡りさん作戦で……)
「骨折だって? 大丈夫?」
そこでひょっこりと見慣れた赤い頭が現れる。それを見たノイナは絶句して、思わずその長身の男を指差した。
「あ? 誰だ兄ちゃん」
「関係ねぇ奴は引っ込んでな!」
「ええ? 心配してあげてるのに、酷いなぁ」
傷付いたような表情を浮かべて、ゲブラーは骨が折れたと主張する男の肩に触れた。そしてすぐに、ごきんという嫌な音がする。
「うっぐぅう……」
「わぁ大変! 肩が脱臼してるよ! 早く病院に行ってきな!」
「て、てめぇ、何しやがる……!」
「おおっと、危ない」
すぐさま拳を振るってくる男から距離をとり、ゲブラーは両手をポケットに突っ込んだままふらふらと躱して回る。ふざけたその態度が余計に彼らの不興を煽ったのか、三人が一気に距離を詰めて襲い掛かる。
ごちんとコメディのように三人の男はお互い衝突し、地面に崩れ落ちる。いつの間にかゲブラーはノイナの隣にいて、無様に転がっている男たちを憐れみの目で見つめていた。
「だから危ないって言ったのに……ほら」
肩を抑えて疼くまる男の足元に彼は何かを放り投げた。それは札束だった。
「このお金で病院行きな? これくらいあれば十分でしょ」
「てめぇ、このっ、ただで済むと……!」
「せっかく貸し借りナシにしてあげようとしたのに……仕返ししたいなら、気をつけてね?」
男の前にしゃがみ込んだかと思えば、ゲブラーの手にはいつの間にかナイフがあった。
「俺、けっこう簡単に人殺しちゃうから。あの三人も……もしかしたら一人くらい打ちどころ悪くて死んじゃってるかもね」
その薄気味悪い笑みに、直感的に男はゲブラーの危険な雰囲気を察知したのだろう。彼は札束を掴むと、床に転がっている仲間を叩いて起こし、走って逃げ去っていく。
「あれ、誰も死んでなかったかぁ。悪運の強い奴らめ」
「……は!」
まるで漫画のよくあるワンシーンのように、ゲブラーはゴロツキを一蹴した。それをぼうっと見てしまっていたノイナは慌てて踵を返す。もちろん、ゲブラーから逃げるために。
運良く彼の視線が自分に向く前に彼女は駆け出す。数歩で最高速に乗り、障害物の多い路地裏を俊敏に通り抜けて、大通りの人混みに紛れようとした。
だが。
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