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夜の帳と秘する月
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しおりを挟む「灼架《しゃっか》、そろそろ行こう」
主人である安倍 晴明は大内裏から帰宅して幾ばくもしないうちに、そう言って声をかけてきた。帰って来ていたのは知っていたが、出迎えなどしようものなら、そう言われるのは目に見えていたから、あえて素知らぬふりをしていたと言うのに結果は同じだった。
仕方なく振り返り、晴明を見遣れば、いつの間にやら墨染の狩衣に着替え、髷を解き、艶のある黒髪を襟足でゆるく結い直している。すっかりと夜警に出る格好だ。
「今日もなのか? いい加減、身体を壊すぞ」
人と言う生き物は、寝なければ死ぬのだろう? それほどに人の身体は脆い。
まだ、目に見えてわかるほどの疲労が滲み出ている訳ではないが、連日の夜警で、睡眠時間は殆ど取れていないはずだ。
「心配せずとも、私は長生きをすると師匠の占いにも出ていたよ。多少無理をしても、死にはしないさ」
晴明はあたかも俺の言葉の真意を読み取ったかの様な返しをしてくる。実際、あの者の占いにそう出たのならば、そうなのだろう。
だが、死ななければいいと言う問題ではない。根本的な間違いをわかっていながら、あえて堂々と言ってくる晴明は相当にタチが悪い。
「そうむくれるでないよ、灼架。今宵は新月だ。どうしたって行かねばならんのは、お前だってわかっているだろう?」
俺の不満は眉間の皺として現れていた様で、晴明はその皺を皺を伸ばすかの如く、トントンと指で突つきながらそう言った。
そして、これ以上の反論は聞かないとばかりに晴明が踵を返し、玄関へ向かって行くのを、俺はため息を吐いてから後を追う。
確かに新月は妖達が活発になる。だからこその夜警だとも理解している。俺自身、晴明に初めて会ったのは新月だったのだから――
大した目的があった訳ではない。ただ、それまでいた場所に飽きたから、京を訪れた。
そして、新月であったから俺から漏れ出た妖気が、普段よりも多かった。端的に言ってしまえばそれだけだ。他の妖を喰らいはしたが、京を訪れてから人に手を出していなかったにも関わらず、晴明は俺の前に現れた。
今も変わらずにある気配ではあるが、その時の俺は、少年の晴明からうっすらと漂う妖の気配に興味を惹かれ、晴明もまた、攻撃する隙を伺うでも、逃げる機会を伺うでもない俺に興味を持ったのだろう。対峙したまま、俺達は言葉を交わした。
それは決して、陰陽師と妖の交わすものではなかったが。
『やはり調伏するには惜しいな。私の式にならないか?』
聞かれるがままに俺が昔話の様な事を話していて、時間はあっという間に過ぎ、そろそろ夜が明けようかと言う頃、何を血迷ったか、そう宣った晴明に頷いた俺もまた、血迷っていたのだろう。
その日、俺は晴明の式に下った。それと共にこの灼架と言う名も貰った。灼熱の炎を操る術を持ちながら、その力に溺れる事も驕る事もなく、己を律している者――と言う意味で付けたと言う名を。晴明が言うには名前とは、この世で一番短い呪いなんだそうだ。
それまでの俺には通り名の様なものしかなかったと言うのに、いきなり随分と大層な名前を授かってしまった。
そうして俺は、まんまとその呪とやらに縛られてしまった。名前の意味にも、そこに掛けられた晴明の願いにも。
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