秘密の多い私達。

堂島うり子

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番外編

8:とある葛藤の記録

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「珍しいですね。社長がここに来るなんて。何処か」
「不調があって来た訳じゃない。君の勤務状況を査定しに来た訳でもない」
「それではどういうお話でしょう?」

 会社内に設置されている医務室。唐突にやってきたのは社長。
少し落ち着きがない様子で視線がウロウロしている。
 一瞬驚いた顔をするも医師はニッコリと微笑んで対応する。

「心のケアも相談を受けるだろう。それで誰か良いカウンセラーを
知らないかと思って」
「社長がカウンセリングを?……す、すみません」

 そんな印象が一切ない相手だったので思わず素の顔になった。

「最近少し状況が変わったもので。それに対処する方法を知りたい」
「はあ」
「どうかな」
「あ。はい。何人か心当たりはあります。確かパンフレットも」
「貰っていい?」
「持ってきます」

 医務室から出るとパンフレットをポケットに隠すように入れて。
 何もなかったように社長室へと戻った。

「カウンセリングを受けるべきか。いや、何を相談する。何が出来る?
馬鹿にされるだけだからずっと誰にも言わず秘めて来たのに…」

 席について貰ったパンフレットを眺めては悩んで悩んで。
秘書も声をかけ辛いくらいに真剣な顔で1時間は悩んでいた。
結局申し訳無さそうに部屋に入ってきた彼女の存在で我に返り
 いつものように仕事をこなしていたけれど。


『食事行きたいけど今日は残業になりそうなので。すみません』
「そうか。……君の部署の人間全員?それともチーム?君1人?」

 定時を過ぎたのを確認してから咲子にメールをする。
が、こんな日に限って彼女からの返事はNO。気にしたのか
 少ししてから彼女から電話がかかってきた。

『私含めて3人ほど。提出書類にちょっと修正が入ったのでそれで…
そんな遅くはならないと思うんですけど』
「わかった。差し入れは何が良い」
『良いんですか?社員を甘やかして』
「その分完璧な仕事をしてくれるのだから安いものだ」
『…はは。えっと。じゃあおにぎり』
「おにぎり」
『お腹すいて元気でない』
「……そう。うん。わかったよ」

 コーヒーくらいを想像していたがまさかのおにぎり。
ビル内に入っているコンビニに有るだろうか。差し入れるのは
 彼女だけでなく他にも居るから。とにかく行ってみよう。


「社長がおにぎりのコーナーを見て絶望している」
「凄くお腹が空いてたのかな」
「サンドイッチとか食べてそうなイメージだったのに」
「何その偏ったイメージ」

 まさかおにぎりが1個もないとは。
 
「社長。そんなに腹減ってるんですか」
「一瀬君。いや、腹は減ってないんだ……が」

 パンに変更するか思案しているとひょっこり顔を出す一瀬。
他の社員は声をかけたり近づいてもこないのに。彼は気にせず社長の
 隣にやってきた。それほど仲が好い訳でもないが。
 
「おにぎり今俺が買い占めたんで在庫無いですよ。
よほど食べたかったのかと思ったんですけど」
「君こそよほど空腹なんだな」

 その手にはおにぎりがこんもり入ったコンビニの袋。

「差し入れですよ。残業してる連中に」
「そうか」
「と。いうか…口説きたい人に」
「……」
「なので社長にお譲りしたい所だけどスイマセンね」
「気にしないよ。持っていくといい」
「失礼します」

 特に嫌味なかおもせず至って若く爽やかな印象のまま去っていく。
悪意などはなく恐らくは普通に様子をうかがいに来ただけだと思われる。
 咲子が欲しがっているものを聞いた訳でもないのに差し入れに選ぶなんて。

 若手ではそれが普通なのか。
 或いは一緒に仕事することで彼女の好みを知ったのか。

 どちらにしろ差し入れは持っていかないほうがいい。


「創真さん」
「待ちきれないくらいお腹が空いてたんだね。でも、私じゃなくて一瀬君が」
「そ、そんなワンパクな事しないです」

 コンビニを出て彼女にメールで知らせようと隅に移動した所。
 丁度こっちに向かってきた咲子と会う。

「じゃあ」
「私も一緒に選ぼうと思って。創真さんが来てくれるの分かってるのに
待ってるとか嫌だなぁって」
「待ってないでさっさと仕事してほしいね」
「気になって」
「買い物くらい出来るけど?…今回は、一瀬君に先を越されてしまったけどね。
だから差し入れができなくなった。今メールで知らせる所だったんだ」
「そうだったんですか」
「やっぱりカウンセリング受けたほうがいいかな」
「え。何処か悪いんですか?」
「……何時か制御域を超えて悪い事をしそうでね」

 今も。あの瞬間を堪えられたのが奇跡かも。

「私頑張って仕事して来ます。早く帰れるように」
「君は元気な分空回りも多いから。慎重にね」
「はい社長」

 小走りで去っていく咲子を眺めつつ、自分も家路につく。
あの調子なら少しの残業で帰ってくるだろうか。あの男が
 差し入れたおにぎりを食べて。

 あのやろう

「っ……しまった」



 その頃。

「うわっ」
「え?なに」
「いえ。なんでも無いです……創真サンっ」
「え!?丘崎さんのおにぎりさっきより大きくない?」
「そ、そうですか?一緒じゃないですかね」
「いや。何か…2倍くらい大きくなったよ?なにそれどういう仕組???」
「当たりおにぎりだったんですかね?アハハハ!」


終わり
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