秘密の多い私達。

堂島うり子

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番外編

4:とあるセミナーにて

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 うちの会社は社員育成にだいぶお金を使っている。
 新人の頃はよく参加していた社内外のセミナー。

 基礎的な社会マナーからプレゼン力を鍛える実技講習、
チームでどう効率アップするかのグループ講座など。
 眠気が勝ってしまう私は何かと理由をつけて今は行ってない。


「ごめんね。病欠が出て人員が足りなくなって」
「大丈夫です。がんばります」

 前日の夜に先輩からの電話で招集された。手当も出るし悪くない。
セミナーの会場であるビルで1時間前に集合して机のセッティング。
 他作業も開始20分前には終了。講師の人も来る頃。

「はぁ…」
「どうしたんですか」

 情報通の先輩が深刻な顔でため息なんて。

「今日のビジネス講師。グラビア活動もしてたらしいけど。
今は経済学を教えてる東大卒のインテリ美女…」
「タレントさんみたいですね」
「私が何でこんな旨味の無い裏方引き受けたと思う?」
「……慈善活動?」

 な、わけないか。

「こっそり一瀬さんも来るって情報を耳にしたから」
「でも参加者リストには無かったですよ?」
「男からは出世争いのライバル、女からは黄色い視線…彼の行動は
何かと波風がたつから。秘密裏にしてるのよ」
「忍者みたい」
「はあ。普通OLとエリート社員の恋なんて夢?
才色兼備のいい女と同じくいい男がマッチングしてしまう」

 落ち込む先輩。もしそれが社長だったら私は。

「私アシストします」
「ありがと」
「でも普通に迷惑じゃないですか。リストに無いのに参加って」
「ギリギリに申し込んだだけで迷惑扱いか?
リスト作成者が更新を怠っただけで参加人数は合ってるだろ」
「一瀬さ…あ時間!私受付行くね!」
「先輩はやっ」

 話すのに夢中で周囲に人の気配がし始めたことに今気づいた。
 先輩はバツが悪そうに部屋を飛び出ていく。私も行かないと。

「誰が忍者だ」
「そんな前から来てたんですね」
「……、君が居るって知ってたらもうちょっとキメて来たのに」
「貴方は何時でもキマってます。さ、席へついてください。
チェックは私がしてきますから」

 講習会が始まって件の美人講師さんが入ると男性の視線が集中する。
けど、そんなものには慣れているのか堂々として彼女は講座を始めた。

 私はその時間ちょっとだけ席を外し。

『すまない。昼に間に合いそうにない』
「創真さんからすまないとか聞きたくないです」

 一緒にお昼ごはんを食べるって言ったのに反故にする彼氏と電話。
 唯一の楽しみだったのに。

『そんな泣きそうな声を出さないで』
「来なかったら泣きます」
『何とか間に合わせる』

 今日は私もツイてない。そっと講座に戻り午前の部を終える。
 何でも奢ってくれる先輩に乗っかればよかった。

「あのエロ講師め。一瀬さんとランチなんて」
「2人で出ていったんですか」
「そう。腕なんか組んじゃってニコニコしてさ…。
やっぱり男ってああいうプロ女のが良いんだろうか」
「……、ちょっと外出てきます」

 一瀬さんあの手の美人に弱いとは。苦手だと思ったから意外。

 お昼は本来は近場のカフェだった。でも連絡は来ない。
店の前で来ない人をずっと待つほど辛いものはないから。
 大人しくコンビニで何か買おう。

「あいたっ」
「痛っ」

 ぼんやり向かう途中の角で向かってきた人とぶつかる。
 女性だということは香水の香りと柔らかい感触で分かった。
 
「すみません。お怪我はなかったですか」
「痛いじゃない!…貴方ってセミナーに居た」
「はい。裏方のスタッフです。丘崎と」
「私もう帰るから。リーダーに伝えておいて頂戴」
「は?え、で、でも午後の部があるので困ります」

 怒ってる?さっきまでのニコニコした顔と全然違うキツイ表情。
 ぶつかったから仕事を放棄するなんてありえる?

「適当に教材DVDでも流しておけばいい。とにかく。こんな不愉快な
気分で仕事は出来ないから帰らせてもらう」
「不注意でした申し訳ありません、ご機嫌を直して頂くにはどうしたら」
「ムリムリ。貴方みたいな下っ端に100回土下座されても無理!」
「何か問題でもありましたか?」
「高御堂社長!いらっしゃったんですね!」

 さっきまでの低い声が恐らく地声なんだろうけど社長が現れた途端
先程の講座とも違う何処から出ているのか甘ったるい声色へ。

「今土下座…と」
「はは、何ですかそれ?聞き間違いです。うっかり私にぶつかってしまって、
それで焦っていたから落ち着かせてあげてた所なんです。ね?」

 そして物凄いストーリーを展開させる。
 
「そうなのか丘崎君」
「は、はい。…そうです」
「気にしないで。何度も言ってるように怒ってないですから」

 ここで否定したら彼女は午後から出てくれないだろうから。
この場を収める為に頷く。
 彼女はご機嫌そうに笑って社長に名刺を渡して戻っていった。
 

「俺にセクハラして拒絶されて丘崎さんに八つ当たりしただけです」

 コンビニの袋を持って歩いてきた一瀬さん。

「なるほど。事情は把握した。大丈夫か?」
「聞く相手が違うでしょう」

 そう言ってさっさと歩いてビルへと戻っていった。

「創真さん間に合ってよかった」
「そうでもない。コンビニで買い物をしておいで」
「えぇ」
「彼女とはきちんと話をつけておかないと気がすまないから」
「あ。あの。お手柔らかに」

 目が怒っている。あの人に何かやる気だってピンと来た。

 九條さんが出動するようなケースにはなりませんように。
コンビニでパンを適当に買って社長と一緒にビルへ向かう。
 彼は講師さんと2人で「話し合い」をして先に帰った。

 その後の彼女は怖いくらい良い人で無事セミナーは終了。


「俺が助けに行こうとしたのに何で居たんだ社長」
「片付け手伝ってくれないならとっととお帰りください。
近くでお仕事だったんでしょう。スーツだったし」
「社長は有能で尊敬できる男だけど、時々不気味な違和感がある。
あまり深く関わらないほうがいい気がする。君も気をつ」
「はいこれ。捨ててきてください」

 お詫びの夕飯は豪華。さっさと片付けをして脱出しなければ。

「丘崎さんてあの一瀬さんとも普通に話せるの凄い度胸ね」
「え?そうですか?」
「その無自覚の力ほしいわ」


終わり
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