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第4章
そこが難しい所
しおりを挟む夕食を済ませると新しいお茶を淹れてきて社長に渡すついで
といっては悪いけど彼の隣に座った。密着しすぎない距離感で。
「いや。古い知り合いが所有している山のログハウスを借りるんだ」
「ホテルステイより豪華だ」
すっかり忘れていたけど週末私はこの部屋に戻らない。
「デートで使うのかと冷やかされたから1人で過ごすと返事をした。
だったらバーベキューをしようって話になってね」
「もしかして若くて可愛い女子も呼んで侍らせるとか?」
山奥の豪華な別荘。集まるお金持ち。始まるバーベキュー。
大量のアルコールと、あとはぷりっぷりのセクシー美女とお戯れ。
この前ここで観た映画もそんな展開だった。ホラーだけど。
「だったら見栄えが良かったんだけど。彼はその類に興味がない」
「まさか創真さん狙って」
「愛妻家だから他の女に興味がないだけ」
「びっくりした」
「彼ともう1人知り合いを誘って3人で行ってくるよ」
「1日離れるの久しぶりだけど夜電話しちゃうんだろうな」
持っていたカップをテーブルに置いてチラチラっとお隣を見る。
「せっかくの休暇だからスマホは置いて行こう」
「なんでっ」
「冗談だよ」
不安とか心配とか寂しさとか少しは感じているのかと思ったのに。
思わず声が上ずる反応をする私に笑っていた。何時ものちょっとした
冗談だと分かってるのに落ち着きがなくて、子どものようで。
私が一方通行の恋してるような気がして不安になる。
昼間女性の話を聞いたりしたから?そんなの山程聞くのに。
「……わ」
うつむき加減で視線を落とすと温かい手が頬に添えられて、
視線を彼に向けるように動かされると親指が私の唇に優しく触れて、
そっとなぞってるだけなのに何故か心地良い。
「私が居なくても不摂生はしないできちんと寝るんだよ」
「夜電話出てくれます?スマホ置いて行かないで」
「話そう」
「良かった」
見つめられてばかりで恥ずかしくなってきたから視線だけ外す。
「今日は疲れたね。ゆっくりお休み咲子」
「おやす」
先は言わせて貰えなかった。キス、されたので。
それ以上は何もなく風呂に行ってしまう。一瞬の出来事で反応
できなくてちょっと悔しい。ぽーっとしてしまう自分も。
恥ずかしいやら悔しいやら。いつか逆にドキドキさせてやりたい。
「やっぱり都心でいい条件の安い物件なんてないよなぁ。
防犯もしっかりしたいし。友達も呼びたいし。創真さんだって来てほしい」
社長はお風呂中なので私は自室に戻りスマホで物件を検索しながら
ゴロゴロとベッドに寝転ぶ。今の生活に満足して完全独立へ向けての
行動を何もしてないわけじゃない。
ないけどお金もそんな無いので結局は無い無いと堂々巡り。
良いのがあったと思っても1時間の電車にゆられて。
そこから20分バスに揺られてやっと会社とか無理。
「そうだバイトしたらいいんだ。でも創真さん駄目って言うかも。
黙ってやる……あ。だめだ。黙って出来ないのか」
全てを見通す目を持つ社長がそばにいるのは厄介だ。
ケチという訳じゃないけど意味もなくお小遣いをくれる人でもない。
給料を貰ったらきちんと計算して未来に向けて積み立てたり出来ない私が
全部悪いのは理解している。
「本人に許可取ってやればいいんだ」
努力はかってくれる人だから社会経験になるとかいえば頑張れって
後押ししてくれるかも。今日はもう夜遅いから明日の朝にでも聞いてみよう。
隠さずにきちんと言って許可を得たらもうそれで怖いものは無いわけで。
私の独立は前進するということで。
「就労規則はきちんと読んでいるのかな。うちは副業禁止だよ」
「……あ」
朝。今日も頑張って早く起きて聞いてみたら一発で駄目でした。
「目の前の仕事で必死の君に何ができるんだ」
「体力仕事とか?」
「馬鹿を言ってないで優先順位を間違えないこと。
君はまず自分の足場をしっかりと持つことじゃないか」
「創真さんんんん」
流石に泣きじゃくる訳じゃないけどウワアンと大げさに抱きつく。
引き離されることは無かったが相手は特に私に構う様子はない。
「私との生活が嫌なら考える」
「違います。早く認められたいと思っただけ」
社長を密かに狙ってる人は居る。相応しいと言われる人も。
私は勝利しているはずだけど、どれにも当てはまらない。
「誰に何を言われようと焦ってはいい結果は生まれない」
「因みに通勤に1時間かかる物件ってどう思います?」
「君の場合はその物件の近所に再就職するほうが早いと思う」
「ですよね」
どうせ時間に厳しい環境では生きていけないズボラな女。
朝の準備は今日も余裕の出勤。だけど気分はあまり晴れない。
そんなつもりじゃなかったのに。ちゃんと否定もしたけど。
社長が嫌になって離れたいと思ってるって取られたかも。
ああ、うまく行かない。
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