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(わざわざ手紙で呼び出すって、ダレイオス殿下も変わったことをされるのね)

公爵令嬢フィオナは婚約者のダレイオス王子からの手紙だと言われ、王子の取り巻きから手紙を手渡された。
その内容は日時と場所を指定して待っていろというもので、フィオナは今、書かれていた通りに空き教室へ向かっていた。

婚約者同士なのだから会う機会も多ければ話すことも多かったが、それらはフィオナにとって義務のようなものであり、ダレイオス王子と一緒にいても楽しいと感じることはなかった。
そのような関係なのに、わざわざ呼び出される理由がフィオナには思いつかなかった。

手紙について疑問を抱いた点があるとすれば筆跡がダレイオス王子のものではなかったことだが、手紙を手渡したのがダレイオス王子の取り巻きの一人であったため、面倒臭がったとか何らかの理由で自筆ではなかったのだとフィオナは考えた。
後に改めて考えてみて、正式な書類や手紙でもないのだから誰かに書かせたのだろうと判断し、それならわざわざ自筆で署名することもない、と都合良く解釈したのだ。

気になるとはいえ行ってみればわかることであり、それ以上考えることもなく指定された教室に着いてしまった。

(時間通りだけど殿下はいらっしゃるのかしら?)

教室の中から物音や話し声は聞こえず、ダレイオス王子を待たせることにならずに良かったとフィオナは胸を撫で下ろした。

(殿下のことだから遅刻してくるのかも。いつも通りならそうよね)

そして扉を開けると、そこには見知った男性が一人たたずんでいた。

「ノーマン様?」
「フィオナ様?」

そこにいた男性はストラウド侯爵家の嫡男であるノーマンだった。
ストラウド侯爵はフィオナの父親であるアシュフォード公爵とも親しくしており、その子供たちもまた親しくしている。

より正しくは親しくしていたが、フィオナがダレイオス王子と婚約したことでノーマンはあらぬ疑いをかけられないよう、親しいと思われるような振る舞いを避けていた。

二人とも知っている間柄とはいえ予想外の人物であり、扉が開け放たれたまま二人揃って驚きの表情を浮かべ固まった。

フィオナは手紙に書かれていた時間と場所を間違えていないはずだと考え、ではどうしてノーマンがいるのかと疑問を抱いたが、訊いてみれば解決する疑問だった。
詳しいことを伏せても余計なことは訊かれないだろうという信頼感もあり、事情を話すことは問題ないと判断した。

「どうしてこのような場所にいらしたのですか?」
「それは僕のほうからも訊きたいところですけど……僕の事情は呼び出されたから、としか言えません」
「そうだったのですね。実はわたくしもです」
「場所は合っていますか?」
「はい、確認しましたが間違えてはいませんでした」

言っていることに嘘がなければ同じ時間に同じ場所に呼び出されたことになる。
そもそもお互いに嘘を言うとは考えることすらない信頼関係があり、必然的にそれ以外の理由になる。
偶然と考えるには無理があり、それよりも誰かによって仕組まれたと考えるほうが道理にかなっている。

「僕たちが同じタイミングで呼び出されたなら何らかの意図があってのことだと思われます。意図といっても悪意や害意でしょう。こういった場合は碌なことにならないのが相場ですけど……」
「わたくしはダレイオス殿下の側近から手紙を手渡されたので怪しくはありませんが」
「それも不思議な話ですよね。僕は差出人不明でしたけどフィオナ様は信用できる相手が関わっています。それなのに内容は同じ意図によるものだと考えられますし」
「そうですね、偶然とは思えません」

考え込む二人。
そして扉が閉まる音を聴いたフィオナが何事かと思い振り返ると扉が閉まった直後であり、次の瞬間、扉が勢いよく開かれた。
そこには婚約者のダレイオス王子と取り巻きたちがいた。

「フィオナ! こんなところで密会していたとはな! 浮気の事実は明らかだ! 言い逃れできないぞ!」
「落ち着いてください、殿下。わたくしは殿下からの手紙に書かれていた通りにこの場にやってきたのです。殿下からの呼び出しではなかったのですか?」
「呼び出し? 何のことだ? 俺は知らないな」

浮気を疑われないよう、あえて開け放しておいた扉をわざわざ閉めたのは密室を作り出すため。
ニヤニヤとしたダレイオス王子の表情から知っていることは明らかだとフィオナは理解し、浮気だと言いがかりをつけるために仕組まれたのだと理解した。

そう考えればダレイオス王子が白を切るのも当然であり、取り巻きを追及したところで手紙を渡した事実はないと否定するに決まっている。
無駄な追及をしたところでダレイオス王子を調子付かせるだけになると判断し、フィオナは冷静にどうすべきか考える。

フィオナがどうするか答えを出すよりも早くノーマンが動いた。

「ではダレイオス殿下はどうしてこの場に? 呼び出しを知らずにどうしてこの場に来たのですか?」

ノーマンの冷静な問いにダレイオス王子は返答に困ることになった。

(まさかそんなことを訊かれるなんて考えていなかったぞ。上手く言い訳しないと……)

自分が断罪する立場のはずだったのに、早くもダレイオス王子はピンチを迎えてしまった。
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