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道中、これといった危険もなくロックウッド辺境伯領の領都まで着けたパトリシア一行。
そのまま領主の館まで向かい、身なりの良い若い男性の出迎えを受けた。

「道中、大変だったでしょう。王都のような華やかさもありませんが、このロックウッド辺境伯領にはロックウッド辺境伯領ならではの良さがあります。どうかこの地での日々を楽しんでいただけたらと思います」
「わざわざ丁寧にありがとうございます。ここでの生活が楽しみです」

柔らかな物腰で対応されたので、パトリシアもまた微笑んで対応した。
そして周囲を見渡し、他に人がいないのかと確認する。

「申し遅れました。ヴィンセント・ロックウッドと申します。よろしくお願いします、パトリシア様」
「失礼しました。パトリシア・フランシスです。貴方が婚約者なのですね。そうとは知らずに失礼しました」
「いえ、こちらこそ名乗るのが遅くなってしまい申し訳ありませんでした。ですがパトリシア様のことが少しわかったように思えます」
「私もヴィンセント様のことが少しだけわかったように思えます」
「それはお互いにとって良いことですね」
「ええ」

パトリシアは自然と微笑んでいた。
ヴィンセントはちょっとした悪戯心があったのかもしれないが、相手の身分や立場を知らない場合の対応でその人の本質的な部分を見ることもできる。
それはお互い様であり、身分に笠を着て横暴な態度をするような人物ではないとお互いを理解することになった。

この程度のことなら問題にもならずに相手の為人を知ることができる、スマートなやり方だとパトリシアは考えた。
そして辺境伯領とはいえ野蛮ではないのだと、噂と事実は違うことを確認した。





それからはロックウッド辺境伯との挨拶や領地に滞在する上での注意事項の説明、当面の生活のための屋敷への案内等、新しい生活のために忙しく過ごすこととなった。

その夜は歓迎パーティーが開かれた。

「素敵なドレスですね。パトリシア様のような方と婚約できることを嬉しく思います」
「ありがとうございます。ヴィンセント様のような方と婚約できることを私も嬉しく思います」

正式にはまだ婚約者ではない二人だが、婚約者に準じる扱いになっている。

婚約したくなければ帰っていいと父親に言われていたパトリシアだったが、少なくとも現時点ではその意思はない。
ヴィンセントが想像以上に良さそうな人だったということが一番の理由だが、このようにロックウッド辺境伯に歓迎されたのだから悪い印象はない。





こうして始まったロックウッド辺境伯領での新生活。
王都のような煌びやかさとは無縁だったが、人々の逞しさや活気は王都ではないものであり、違いを好ましいものだとパトリシアは感じていた。
本音を隠すような王都の貴族たちとは違い、ロックウッド辺境伯の家族は表裏のない言葉と性格だった。
だがそれは考えなしや無配慮という意味ではなく、当然気を遣えれば礼儀作法だって問題ない。

「思っていたよりも心地いいわね、この生活」
「それは良かったです」

穏やかな日々によりパトリシアは王都での生活が自分らしさを失わせる一因だったのではないかと思うようになった。
ここでの生活、あるいはヴィンセントの存在が自分を自分らしくしているのではないかと考えた。

(ヴィンセント様と婚約するしかないわ。他に良い相手なんているとも思えない。それに結婚すれば王都から離れてここで暮らせるだろうし、私にとっては良いことばかりね)

元々余程の理由でもなければ婚約を解消することはできない。
順当にこのままヴィンセントと婚約するのだとパトリシアは考えていた。

(となると早めに正式に婚約したほうがいいのかも。そのほうが失礼にならないし。でも一度ヴィンセント様と本音で話し合うべきよね)

ヴィンセントのことだからきっと大丈夫、とパトリシアは考えていたが、実際に訊いてみなければわからないことだってある。
ヴィンセントに時間の都合をつけてもらって話し合おうとパトリシアは考えたが、自分が焦っているのではないかという客観的な考えも持ち合わせていた。

(私だけ勝手に盛り上がってもヴィンセント様に迷惑よね。今度一緒に出掛けてみるのもいいかも。そうやって距離を詰めていったほうがヴィンセント様も心の準備ができるだろうし)

まずは誘って一緒に街を歩いてみようとパトリシアは決めた。
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