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調印の場では隣国の代表者としてフィニアス王子が立ち会った。

キングズリーを射貫く鋭い視線は怒りの感情が込められており、視線だけでキングズリーは逃げ出したくなった。
戦場に立った者と立ったことすらない者では気概が天と地ほども違う。
だがキングズリーは王として振る舞わなければならず、持ち前の虚勢で乗り切ろうとした。

休戦協定の書面は用意されており、あとは内容の確認とサインだけだ。

キングズリーは内容を確認したように振る舞い、偉そうに言う。

「いいだろう、これで休戦に調印する」
「ならば問題ないな。お互いの調印をもって効力を発揮する。もし協定を破るようなら次はない」

脅すようにフィニアスが言ったがキングズリーも負けていられない。
だが何か言ったところで勝てそうになく、キングズリーが選んだのは沈黙だった。
言い返さなければ負けることもないという判断だ。

フィニアスはキングズリーが言い返すかと考え待っていたが、その気がないのだと判断し次の段階へと移る。

「……次は人質を差し出してもらおうか」
「おい、連れてこい」
「はっ」

キングズリーの指示によりクローディアとメラニーが連れてこられた。
キングズリーの指示を受けた部下はクローディアのみを連れてくるつもりだったが、そこでメラニーが駄々をこね、同行してしまったのだ。
予期せぬ人物だったが動揺するようなフィニアスではなく、その姿を見たキングズリーも負けじと最初からそう指示したように堂々としていた。

「後は好きにすればいい」

キングズリーの声でクローディアは自ら歩み、フィニアスの隣へと並び立つ。
メラニーはキングズリーの隣に並び立つ。

クローディアからキングズリーへの侮蔑の眼差しが向けられる。
人質として差し出されるのだからそれくらいは当然とキングズリーは考え、甘んじて受けることにした。
それが王として、かつて夫婦だった者へのせめてものはなむけとして。

勝手に酔いしれたキングズリーは気分良く次の要求を切り出すことにした。

「さて、トランブル子爵領を還してもらおうか」
「……何を勘違いしている? これは休戦協定だ。得た領土の返還は条件に含まれていない」
「騙したのか?」
「酷いわ! 最初からそれが狙いだったのね!」

てっきり領地が還ってくるとばかり思い込んでいたメラニーにとっては青天の霹靂であり、発言を許されていない立場であったが言わずにはいられなかった。
元々無作法だと知らされていたためフィニアスは罪に問うようなことはしなかったが、現実を教える必要がある。

「休戦の条件を確認して調印したのだろう? それなのに何を言う」
「だから騙したのが問題なのよ!」
「ほう? ならばさっそく協定を破り戦争を再開するか? ならば次は王都まで攻めてやってもいいぞ」
「ま、待て。落ち着け、メラニー」
「どうして止めるのよ!? キングズリー、何か言い返してよ! このままだと負け犬じゃない!」

二人のやり取りを見ていたフィニアスは嗤っていた。
クローディアは憐みの視線をメラニーに送っていた。

クローディアの視線に気付いたメラニーはターゲットをクローディアに変える。

「なによ、そんな目で。貴女の将来なんて惨めなものよ」
「トランブル子爵領を失った貴女に価値なんてあるの? あれでも一応は領地なのだし、領地を失ったら貴族でいられるのかしら?」
「貴族でいられるに決まってるじゃない! キングズリー様、トランブル子爵領を取り戻して!」
「……残念だがそれは無理だ。そういう条件の協定だからな」

ここぞとばかりにキングズリーは手のひらを反した。
梯子を外されたようなメラニーはキングズリーの態度に驚きを色を隠せなかった。

「キングズリー様、私への愛は嘘だったの!?」
「それとこの問題は別だ。メラニーも自重しろ。国の恥を晒すようではないか」
「じゃあ領地をどうにかしてよ! このままでいいの!?」
「……そうか、ならばどうにかしてやろう。メラニー、お前とは離縁する。後は好きにしろ」
「なっ!?」

この機会にキングズリーはメラニーを捨てる選択をした。
領地を取り戻せと無理難題を言われ続けることは容易に想像でき、このままでは隣国との再戦も時間の問題だと考えたのだ。

「後はメラニーが何を言おうがメラニー個人の問題だ。我が国は休戦協定を守る意思がある」
「良かろう。こんな茶番に付き合わされるほうも堪らん。調印も済んだから我々は失礼する。いくぞ、クローディア」
「はい」

当然のようにクローディアを連れていくフィニアス。
それを許すはずのないメラニーが侮辱しようとしたが、キングズリーがそれを阻止した。

「やめろ、メラニー! これ以上機嫌を損ねたら大問題になる!」
「領地を失っただけでも大問題よ! 役立たずのキングズリー! 意気地なし!」
「王である俺を侮辱したな? お前はもう妻ではない。これ以上侮辱するようならただでは済まさんぞ!」

それからも二人は口論を続けることになった。

だが二人の関係は意外なところへと落ち着いた。

「離縁すると言ってすまなかった。あの場ではそう言うしかなかったんだ」
「わかってる。でもあんなことは二度と言わないで?」
「ああ、もちろんだとも」

口論はメラニーに言いくるめられる展開となり、やはりメラニーを捨てるのは惜しいと考えたキングズリーが折れる結果となった。
争いを乗り越えた二人の関係は強固なものとなり、ますます手が付けられなくなってしまった。
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