上 下
2 / 7

2.

しおりを挟む
クローディアは正妃であり自由に動くにも限界がある。
そこで実家のマクファーレン公爵家に連絡を取り、誰か寄越すようにした。

「お兄様」
「やあ、クローディア。あまり幸せそうではなさそうだな。噂では知っているが、やはり陛下やメラニー殿下が原因か?」

やってきたのは兄のクライドだった。
クローディアを安心させるように微笑んでいるが、その目の奥に怒りの火が宿っていることをクローディアは見て取った。
今さら隠し立てするようなことでもなく、クローディアは素直に全部打ち明けることにした。

「はい、そうです。それで今後について話し合いをしたいと思って連絡したのです。でもお兄様が来てくださったので助かりました」
「まあな。任せておけ。それでどうしたいんだ?」
「陛下のメラニーへの扱いは力のないトランブル子爵を優遇するようで他の貴族家が不満を抱くでしょう。このままでは国内が荒れてしまうかもしれません。そこで先手を打ちたいと考えています」
「具体的な考えはあるのか?」
「はい。トランブル子爵の力を削ぎたいと思います」

言うのは簡単だが実現は容易でないとクライドは考えた。

トランブル子爵領は辺境とは言えないが隣国と接しているほど遠くにあり、マクファーレン公爵領からも遠い。
多くの人を動かすと目立つことは間違いない。

「方法は考えてあるのか?」
「はい。隣国に秘かに協力を求めようかと考えています」
「……それは危ういだろう。戦争にでもなれば民に被害が及ぶ。国内も荒れるだろう」
「もちろんです。ですがトランブル子爵領だけを狙い、迅速に軍を派遣すればどうでしょう? 対処も間に合わないと思います」
「それはそうだが……。工作ではなく戦争なのだな? 国が荒れる問題はどうする?」
「手緩いことは言っていられません。それにその後のこともあるので戦争です。トランブル子爵領を占領してから休戦すれば混乱も最小限で済ませられるでしょう」
「そうかもしれないが……」

妹がこのような過激なことを口にしたことでクライドも困惑し、同時にそこまで追い詰められていることを理解した。
それにまだ話の途中であり全貌を明かされてはいない。

「この次が本命です。休戦の条件としてわたくしを人質として差し出すよう要求させるのです。あの国王陛下なら喜んで私を差し出すでしょうね」
「……そうだろうが、クローディアはそれでいいのか? 人質ともなれば二度と帰ってくることもできないかもしれないぞ?」
「この国で正妃という立場でいるほうが恥辱ではありませんか?」

クローディアの状況を鑑みれば反対できるはずがなかった。
だがそれだけの理由でクローディアが人質となることを望むとは思えず、別の何かしらの理由、あるいは狙いがあるのではとクライドは考えた。

そして思い当たった一つの可能性。

「……まさか」
「お兄様が来てくださって助かりました。隣国への使者になっていただけませんか?」

マクファーレン公爵家は外交に携わることもあり、クライドも外交使節団の一員として他国へ派遣されることもある。
裏では諜報員を派遣することもあり、クライドが隣国と接触しようとも不審に思われないかもしれない。

もっとも国王がキングズリーなのだからそこまで気にしないというのがクローディアとクライドの共通認識だった。

「構わないが……本当の狙いは何だ?」
「それはですね――」

他に誰もいないが事が事だけにクローディアもクライドだけに聞こえるよう耳元で囁いた。
聞かされた内容はクライドにとって予想していたものだったが、実際に口にされると驚かないわけがなかった。

「そうではないかと予想はしていたが……。わかった、親の説得も含めて任せておけ。だが時間がかかるぞ?」
「ありがとうございます、お兄様。時間がかかることは承知しています。それでも希望があれば我慢できます」
「……できるだけ早く実現できるよう、全力を尽くす」

こうして秘密の打ち合わせは終わった。





クライドによりクローディアの現状や企みを聞かされたマクファーレン公爵夫妻は同情や憤慨の末に国王であるキングズリーに見切りをつけることになった。
クローディアの望む未来が手にできるようマクファーレン公爵家は全力を尽くすことになる。

とはいえ現状で怪しまれるわけにはいかず、将来的にも裏切り者扱いされることは避けたい。
真実と嘘が混ざり合った報告を国王であるキングズリーに挙げたが予想通り軽視され、真意に気付かれることもなく水面下で事態は進んでいった。

キングズリーはメラニーに夢中であり、自分たちに迫る危機に全く気づいていなかった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

君を愛する事は無いと言われて私もですと返した結果、逆ギレされて即離婚に至りました

富士山のぼり
恋愛
侯爵家に嫁いだ男爵令嬢リリアーヌは早々に夫から「君を愛する事は無い」と言われてしまった。 結婚は両家の父が取り決めたもので愛情は無い婚姻だったからだ。 お互い様なのでリリアーヌは自分も同じだと返した。 その結果……。

前世で処刑された聖女、今は黒薬師と呼ばれています

矢野りと
恋愛
旧題:前世で処刑された聖女はひっそりと生きていくと決めました〜今世では黒き薬師と呼ばれています〜 ――『偽聖女を処刑しろっ!』 民衆がそう叫ぶなか、私の目の前で大切な人達の命が奪われていく。必死で神に祈ったけれど奇跡は起きなかった。……聖女ではない私は無力だった。 何がいけなかったのだろうか。ただ困っている人達を救いたい一心だっただけなのに……。 人々の歓声に包まれながら私は処刑された。 そして、私は前世の記憶を持ったまま、親の顔も知らない孤児として生まれ変わった。周囲から見れば恵まれているとは言い難いその境遇に私はほっとした。大切なものを持つことがなによりも怖かったから。 ――持たなければ、失うこともない。 だから森の奥深くでひっそりと暮らしていたのに、ある日二人の騎士が訪ねてきて……。 『黒き薬師と呼ばれている薬師はあなたでしょうか?』 基本はほのぼのですが、シリアスと切なさありのお話です。 ※この作品の設定は架空のものです。 ※一話目だけ残酷な描写がありますので苦手な方はご自衛くださいませ。 ※感想欄のネタバレ配慮はありません(._.)

別れ話をしましょうか。

ふまさ
恋愛
 大好きな婚約者であるアールとのデート。けれど、デージーは楽しめない。そんな心の余裕などない。今日、アールから別れを告げられることを、知っていたから。  お芝居を見て、昼食もすませた。でも、アールはまだ別れ話を口にしない。  ──あなたは優しい。だからきっと、言えないのですね。わたしを哀しませてしまうから。わたしがあなたを愛していることを、知っているから。  でも。その優しさが、いまは辛い。  だからいっそ、わたしから告げてしまおう。 「お別れしましょう、アール様」  デージーの声は、少しだけ、震えていた。  この作品は、小説家になろう様にも掲載しています。

婚約破棄が、実はドッキリだった? わかりました。それなら、今からそれを本当にしましょう。

木山楽斗
恋愛
侯爵令嬢であるエルフィリナは、自己中心的なルグファドという侯爵令息と婚約していた。 ある日、彼女は彼から婚約破棄を告げられる。突然のことに驚くエルフィリナだったが、その日は急用ができたため帰らざるを得ず、結局まともにそのことについて議論することはできなかった。 婚約破棄されて家に戻ったエルフィリナは、幼馴染の公爵令息ソルガードと出会った。 彼女は、とある事情から婚約破棄されたことを彼に告げることになった。すると、ソルガードはエルフィリナに婚約して欲しいと言ってきた。なんでも、彼は幼少期から彼女に思いを寄せていたらしいのだ。 突然のことに驚くエルフィリナだったが、彼の誠実な人となりはよく知っていたため、快くその婚約を受け入れることにした。 しかし、そんなエルフィリナの元にルグファドがやって来た。 そこで、彼は自分が言った婚約破棄が実はドッキリであると言い出した。そのため、自分とエルフィリナの婚約はまだ続いていると主張したのだ。 当然、エルフィリナもソルガードもそんな彼の言葉を素直に受け止められなかった。 エルフィリナは、ドッキリだった婚約破棄を本当のことにするのだった。

無能と罵られた私だけど、どうやら聖女だったらしい。

冬吹せいら
恋愛
魔法学園に通っているケイト・ブロッサムは、最高学年になっても低級魔法しか使うことができず、いじめを受け、退学を決意した。 村に帰ったケイトは、両親の畑仕事を手伝うことになる。 幼いころから魔法学園の寮暮らしだったケイトは、これまで畑仕事をしたことがなく、畑に祈りを込め、豊作を願った経験もなかった。 人生で初めての祈り――。そこで彼女は、聖女として目覚めるのだった。

今さら、私に構わないでください

ましゅぺちーの
恋愛
愛する夫が恋をした。 彼を愛していたから、彼女を側妃に迎えるように進言した。 愛し合う二人の前では私は悪役。 幸せそうに微笑み合う二人を見て、私は彼への愛を捨てた。 しかし、夫からの愛を完全に諦めるようになると、彼の態度が少しずつ変化していって……? タイトル変更しました。

茶番には付き合っていられません

わらびもち
恋愛
私の婚約者の隣には何故かいつも同じ女性がいる。 婚約者の交流茶会にも彼女を同席させ仲睦まじく過ごす。 これではまるで私の方が邪魔者だ。 苦言を呈しようものなら彼は目を吊り上げて罵倒する。 どうして婚約者同士の交流にわざわざ部外者を連れてくるのか。 彼が何をしたいのかさっぱり分からない。 もうこんな茶番に付き合っていられない。 そんなにその女性を傍に置きたいのなら好きにすればいいわ。

完】異端の治癒能力を持つ令嬢は婚約破棄をされ、王宮の侍女として静かに暮らす事を望んだ。なのに!王子、私は侍女ですよ!言い寄られたら困ります!

業 藍衣
恋愛
マリアはエネローワ王国のライオネル伯爵の長女である。 ある日、婚約者のハルト=リッチに呼び出され、婚約破棄を告げられる。 理由はマリアの義理の妹、ソフィアに心変わりしたからだそうだ。 ハルトとソフィアは互いに惹かれ、『真実の愛』に気付いたとのこと…。 マリアは色々な物を継母の連れ子である、ソフィアに奪われてきたが、今度は婚約者か…と、気落ちをして、実家に帰る。 自室にて、過去の母の言葉を思い出す。 マリアには、王国において、異端とされるドルイダスの異能があり、強力な治癒能力で、人を癒すことが出来る事を… しかしそれは、この国では迫害される恐れがあるため、内緒にするようにと強く言われていた。 そんな母が亡くなり、継母がソフィアを連れて屋敷に入ると、マリアの生活は一変した。 ハルトという婚約者を得て、家を折角出たのに、この始末……。 マリアは父親に願い出る。 家族に邪魔されず、一人で静かに王宮の侍女として働いて生きるため、再び家を出るのだが……… この話はフィクションです。 名前等は実際のものとなんら関係はありません。

処理中です...