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第二章 籠城する村への道

入浴

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 エレノアは村長宅でお風呂を借りる事になった。なんと村長宅の風呂はノーラス村で沸く温泉の湯を引いているらしい。質の良い睡眠を取り魔法力マジックパワーを回復させるには、入浴を済ませてからの方が効果が良いというのがエレノアの経験則である。

(……わあ、こういうのって山村ならではなのかも)

 風呂は石作りによる露天の立派なものだった。
 エレノアは良い香りのする石鹸を借り、外で十分に身体の汚れを落とした後、ゆっくりと湯船に浸かった。

(はあ……生き返るとはこの事だわ)

 蓄積した疲労からの解放感。村は篭城戦という大変な状態だが、今は何も考えられなかった。身体が脳を含めて休息を欲している。
 そして、その解放感は聖都エリングラードから四日半の旅に、ようやく一休止置く事が出来たと実感した。

(──それにしても立派な温泉だわ。これも土の賢者ロックが手を加えたのかしら)

 エレノアは土魔法について少し興味を覚えていた。
 聖女としての役割を果たす必要がなくなった身の上である。他の魔法についても機会があれば研究しても良いかもしれない。せっかく魔力値という絶対的な術師としての素養だけは誰よりも抜けて生まれて来たのである。理論さえ物にすれば他属性の魔法の習得の余地はあるはずだった。

「エレノアさーん、湯加減はどうですか? この温泉、少し熱いかもしれないです。桶に入った水で遠慮なく足し水して下さいね」

 お風呂の外から声がした。先程玄関で顔を合わせた亜麻色の髪の少女、ソーン村長の孫娘リリアの声である。
 
「ありがとう、リリア。丁度いいと思うわ」
「それは良かったです。……あの、エレノアさんの衣類、洗濯させて貰ってよいでしょうか。早朝までには乾かしておきます」

 ソーン村長からは何かあったら遠慮なく申し付けてとは言われたものの、下着の洗濯は自分からは言い出し辛く、とてもありがたい申し出だった。

「ありがたいわ。……でも下着はともかく上着は一張羅なのよ」
「上着の方はほつれ・・・のお直しをした後、洗濯をしたいですね。その間は、わたしの私服をお貸しします」

 どうやら荒れた山道の道中、どこかで服を引っ掛けてしまったようである。
 リリアに一作業与えてしまう事になるが、ほつれて悪化する前にお願いしたい気持ちもあった。

「いいのかしら。悪いと思うけど」
「術師様を大変尊敬しています。わたしに出来る事をさせて下さい」
「……お願いするわ。私は私の出来る事を、させてもらうわね」
「ただ、エレノアさん……わたしより結構スタイルがいいみたいなので、サイズが合わなかったらごめんなさい。先に謝っておきます」

 そう言われて、エレノアは会ったばかりであるリリアの平坦フラットなスタイルを思い起こしていた。

     ◇

 リリアから借りた私服は、小さいかもしれないではなく、これはもう、はっきりと小さかった。身長がそれなりに違うという事もあるが、胸周りも結構きつい感じである。
 
「やっぱり。……エレノアさんって、結構スタイルいいですよね。いくつなんですか?」
「それは年齢の事? 一八歳だけど」
「一八歳……私、いちおう一五歳になったばかりですけど。……まだ、成長すると思いますか?」
「え……っと……私は、一六歳まで成長したと思う。……ほんの少しね」
「一六歳でほんの少し……じゃあ、やっぱり駄目なのかなぁ」

 脱衣場でリリアが落ち込んでいた。
 エレノアは背の高さが、少しコンプレックスだったので、わからないものである。
 魔法学院時代のライバルで聖女となったカレンが、丁度リリアのように小柄で可愛らしい顔立ちをしていたのもあった。面と向かって言ったことはなかったが、容姿についてはカレンが羨ましくて仕方なかった。
 ただ、それは自分の持ってない物を求めたくなるという、よくある単純な話かもしれない。

     ◇

 エレノアは髪を乾かした後、村長の屋敷の一室にある椅子にもたれ掛かって微睡まどろんでいると、あっという間に二時間も過ぎた事に、掛け時計の鐘の数で気づいた。いつの間にか身体に掛けられた薄手の毛布が、風呂上がりの身体の冷えを防いでくれていた。
 外は既に闇。そして、この屋敷で夕餉を御馳走になる約束をエレノアは思い出していた。

「エレノアさん、少しは休めたかな」

 慌てて食堂に向かう途中、グレイに出会った。
 彼は薄手の服一枚だけの身なりになっていて、今まで隠れていた厚そうな胸元が少し見えた。入浴をしたのか銀色の髪は少し湿気を含み、妙に色気がある。エレノアは考え事をするふりをしながら、グレイから視線を少し外していた。

「お陰様で。……忘れていたけど、村に怪我人はいるのかしら。もし居るなら光魔法で治療しないと」
「今の処は心配ないよ。村の教会に一人、光術師の方が居る。御老体で無理はさせられないが、一日に数名の治療ならこなせるようだ」
「そう。それなら良かった。リリアにもお世話になっているわ。とても世話焼きで、つい甘えたくなるのよ」

 エレノアが椅子で微睡んでいる最中、薄手の毛布を掛けてくれたのはリリアのようだった。細やかな気配りが、くすぐったく感じる程である。

「それは気に入られたのだろうね。術師に憧れがある娘なんだ。仲良くしてあげて欲しい。ところで……」
「……何かしら?」
「服はリリアから借りたのかな。とても似合っていると思う。……いや、少し目に毒かもしれない」
「……毒々しいって事? 可愛い服が似合わないのは、自分が一番よく知ってるわ」

 エレノアがグレイを睨むと、案の定、彼は気恥ずかしい物をみるように視線を逸らしていた。
 借りたリリアの私服は、エレノアが生まれてこの方、一度も着たことのない、おとぎ話に出てきそうなファンシーなものだった。
 そして、サイズが合っていない。上丈はへそが見えるかギリギリといった処だが、胸周りだけはどうあっても窮屈で張ってしまうし、何よりフリルがついたスカートの丈の短さが気になって仕方がなかった。
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