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■エピローグ
エピローグ(4)
しおりを挟む瞬を本葬に連れて行ったのは、例え親族席には座らせてもらえなくても、最後の別れくらいは、瞬にしっかりとさせてやらなければならない、それが人としてのけじめだと榊は思ったからだった。
瞬は榊に伴われ一般参列者として、堂島の遺影の前に立ち合掌をした。
その下には棺に入った堂島が花々に囲まれ安らかに眠っていた。
その間もずっと榊は瞬の横に寄り添ってやっていた。
そうでもしなければ瞬の股関節はガクガクで一人で歩かせるには足元がおぼつかなかった、ただそれだけだった。
しかし周りの人間からしてみれば、それくらい瞬が憔悴しきったようにも見えたのだろう。
昨日は散々な事をして瞬を追い出した親族でさえ、一般席で並ぶ瞬を追い出す事まではしなかった。
瞬は恨み言も悲痛な声もあげず、堂島と無言の別れを交わしていた。
最後に静かに手を合わせると閉じた目蓋の隙間から一筋の涙が零れ落ちた。
だがそれ以上大きく乱れる事も無く、無事最後の別れを済ます事が出来た。
親族席からの冷たい視線が瞬に集中しているのを隣に居る榊も感じていた。
彼らが瞬を、突如親族の許しも得ず堂島が惚れ込んで養子に迎えた者だという好奇な目で見ている事くらいは想像が付く。
所詮、彼らが辿り着く男同士が養子を迎え家族になる事へ対する想像の限界は、この美少年の瞬が稚児趣味のある堂島に夜となく昼となく、淫らに抱かれている姿に他ならなかった。
確かに、今の瞬からはその趣味のある者からしたら庇護欲をそそる頼りなさと、それと同時に色気が漂っていた。
今朝まで榊に抱かれ続けた瞬からは、その事後の気怠さの雰囲気も僅かに入り混じっていたから仕方がない。
それでも分かるものには分かるのだろう。
パトロンが居なくなった瞬を、いいように言い含め、堂島の後釜に座りたい輩もこの中には居るようだった。
ねちっこく舐め回すように瞬に視線を絡ませて来る男達の視線を幾つか榊は感じていた。
だが幸いな事に、その視線の種類の違いに気付くだけの余裕は今の瞬には無かった。
想像させたい奴にはさせておけばいいと、榊は足元がおぼつかず、何とか精神力だけで立って歩いている瞬の腰を支えるように寄り添って歩き続けた。
***
斎場から出て来た瞬たちを有栖川が待ち構えていて、そのまま榊の家でコミュニティの取り決めの話を聞く事になった。
瞬は改めて自分の今後の事を決めなければならなくなったものの、その顔はどこか落ち着いて見えた。
「今はまだ気持ちも混乱しているでしょうし、すぐ決めなくてもいいです。でも、もし住むところを今後探さなければならないならこちらで協力は致します。コミュニティが管理しているマンションも幾つかありますからそこなら安心して暮らす事も可能ですから」
有栖川の説明に瞬も納得したようで
「はい。いつまでも榊さんにお世話になるのもご迷惑でしょうし、そうして欲しいです」とあっさり答えていた。
「なんならしばらく私のところにでも来ますか?うちなら誰の目も気にせず今後の事もじっくりと考えられると思いますけど…」
そう有栖川が瞬に持ちかけたその時、榊は黙って聞いていられなくなてしまった。
この無表情を売りにしたような男が、今必死になって足掻こうとしている。
その姿に有栖川が心の奥底でほくそ笑んだ事を誰も知る由もなかった。
「その事なら瞬が独り立ちできるまでここに居てもらって構いません。ただその代わり瞬にはこの診療所の夜間の助手をしてもらえると助かります。時間外の『特別な顧客』ですが、瞬のようにあの子達の事をきちんと理解してやれる優秀な助手がちょうど必要だと思っていたところでした。だから瞬、ここに残って私の仕事を手伝ってはもらえませんか?」
自分が必要とされている事に瞬が弱い事をここに居る人間はみんな知っていた。
そう言われれば瞬が断る事はまずない。
それにその依頼は、瞬が一番必要とされたい人からの提案なのだから尚更だった。
有栖川は瞬の瞳の動きをずっと見ていた。
ここを出て行くと言いつつもその視線はチラチラと榊の表情をずっと追っていた。
そんな瞬の為にも榊が何か言い出さなければ、有栖川の方から助け船を出してやるつもりでも居たのだったが、その必要は無かった事に少しホッとして肩の力が抜けた有栖川だった。
「助手ですか?医療の資格が無くてもお手伝いは出来ますか?」
榊の提案に瞬の目の色が即座に変わっていった。
生きる希望が湧いてきたのだろう、活き活きとした表情を浮かべ、瞬は頬を紅く染め上げる。
「その気があるなら資格が取れる学校に昼間は通えばいい」
「ありがとうございます。出来る限り榊さんのお役に立てるよう頑張ります!」
話は簡単についてしまった。
有栖川は榊の提案を退ける事もなく、何か意味ありげに微笑んで榊の肩をポンポンと叩いて帰っていった。
それに瞬には気付かれないよう僅かに動揺していた榊だが、それは躾ける側と躾けられる側の特別な感情であった。
有栖川にとって榊は自分が躾けた可愛い子供である。
その子供だった榊が自分から誰かを育てたいと望む姿が、有栖川にはいじらしく思えた。
だが同時に、もう自分の子供では無くなってしまった寂しさとが入り混じる。
その想いが榊にも伝わっていたのだった。
自分が躾けた子供が一人前になる事は嬉しい事でもあり、寂しい事でもある。
有栖川には今まで本当に良く心をかけてもらって来た事を榊も忘れてはいない。
例えコミュニティの依頼とはいえ、想い入れのある子供というのはいるものだった。
瞬という子供を躾けた榊には、その気持ちが今痛いほど伝わり、感じていた。
榊は有栖川に深々と頭を下げると瞬もそれに習うように頭を下げた。
そして二人は有栖川の車が見えなくなるまでずっとそこに佇み見送ったのだった。
(つづく)
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