優しい時間

ときのはるか

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■エピローグ

エピローグ(1)

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こちらは4章の続きのエピローグです。
榊に大人にしてもらった後のお話です。
『優しい時間』の紙の本はフロマージュさん又はコミコミスタジオさんにて委託してあります。よろしかったら紙本をお手にとってくださいm(_ _)m
では、エピローグお楽しみいただけると嬉しいです!


■優しい時間・エピローグ■
 
 
「あの…これって」
「まだ新品だから、とりあえずそれでも穿いていなさい」

 風呂上りに榊に手渡されたのは男物の下着だった。
 ブランド名は瞬でも知っている有名なもので確かに新品らしくパッケージは封が切られた形跡はない。
 サイズは平均的な男性向けのMサイズ。
普通の成人男性ならキツイ事はあってもまさかずり落ちるようなことなど無いはずだった。
 だが、瞬が臍まで引き上げたはずのそれが手を離した瞬間、スルリと脚の付け根付近まで一気にずり落ちた。
 かろうじて股間の大事なところで引っ掛かっているような体裁のトランクスは、瞬にとっては下着というより落ちかけのハーフパンツのように大きかった。

 さすがの榊もその姿にプッと息を漏らす。
笑われたと悟った瞬は口を引き結び、頬をプッとを膨らませた。
 恥ずかしいのか、怒っているのか、そのどちらとも取れる表情で顔を赤らめた。

「悪い。瞬にはやはり子供用じゃないと合わないようだね。まあネットで注文すれば明日には着くだろうし、今晩は何も穿かなくてもいい」
「え?」
「今の瞬が可愛かったから、またここが反応してしまった」
「もう一回抱いてくれるのですか?」
「一回とは言わず朝まで抱いてあげますよ」
 
 榊の誘い文句に瞬の股間もまたツンと膨らみが増したようで、落ちかけたトランクスが僅かに上へと押しあげられてしまう。

「それに今晩は眠れそうにないんじゃないですか?」

 榊の言葉に、蜜月から現実へと一気に引き戻された気持ちになる瞬だった。
 
 明日は堂島の本葬の日だった。

 養子の瞬は堂島家の人間から本葬には出なくてもいい、後の事はこちらでやるからお前は家でじっとしていろ、そして葬儀が終ったら弁護士を通じて然るべき処置をとると言われたのだった。
 養子縁組はきちんと法的にも認められている。だから戸籍を無理矢理抜かれる事は無いとしても、瞬が堂島の所有していた財産を息子として相続する事は難しいだろうと思った。
 堂島は瞬に自分が亡くなっても何不自由なく暮らせるだけの財産は残すと約束してくれてはいたが、堂島家とは血の繋がりの無い瞬は、もし堂島の血縁の者から異議を唱えられたら、すべてを受け取る事はしないつもりでいた。
 かといって今更瞬は生家に戻ることも出来ない。

 瞬の実家は堂島から事業の立て直しの資金を援助してもらう代わりに瞬を養子に差し出したのだった。
 かろうじて実家の事業は再建されたようではあるが、後妻との間には跡取りとなる異母弟が存在していたし、継母にとって瞬は目障りな存在に他ならない。もうあそこに瞬の居場所がない事は分りきっていた。
 
 だからこれから生活していく為の必要最低限の資金さえもらえれば、あとはなんとか一人で生きて行く、それでいいと思っていたのだった。
 堂島と暮らしたマンションでさえ別にもらおうとは思ってはいなかった。
 それにあそこは蜜月というにはあまりに辛い思い出しかない。
 だったら心機一転小さなアパートでも借りて何か仕事に結びつく資格が取れる学校にでも通おうかと考えていた。

 ただ今日は、これから通夜が始まるというところで堂島の親族達からお前は必要ないと追い出されてしまい、あまりにもいたたまれなくなって、フラフラと街を彷徨い歩き、挙げ句に雨まで降って来て、気が付くと堂島からここに行けば瞬を大人にしてもらえると言われていたある診療所の前に辿り着いていた。
 その診療所は既に閉まっていたが、中から明かりが見えたので、時間外と札が掛かった扉をじっと見詰めていた。
『大人になる』という意味は分ってはいたが、その相手が誰でもいいとは思えなかった。どうせ大人にしてもらうなら堂島にして欲しかったのに、それは叶わなかった。

 だが本当は、もっと他にそうして欲しかった人物がいる。
 それこそ所詮叶う事がない夢みたいなものだった。
 別に一生このままでもよかったし、他の誰かにそれをして欲しいとも思わないが、それが堂島が最後に瞬に課した躾だからしょうがない。
『その診療所に行って大人にしてもらいなさい』そう言われて、思わずここに来てしまったものの、何と言ってそこに入ればいいのかもわからなかった。
 診療時間も終わっているようで、瞬はなす術もなくそこで雨に打たれたままじっと立ち尽していた。
 するとその扉が開き、中から榊が顔を出したのだから、瞬は一瞬にして心臓が張り裂けそうになった。
 だが同時に堂島はあらかじめそれを分っていて、瞬にそこへ行くように仕向けた事を理解した。

 堂島は病から自分では瞬を大人にする事は叶わない事をずっと悔やんでいた。そんな主人の気持ちを気遣い、瞬は今まで通り射精しないよう自分の性器をきつく縛り貞操帯で固めることを選んだ。
 だがきっと堂島は瞬の本当の気持ちを見抜いていたのだと思う。
 それをひた隠し、懸命に主人である堂島に尽そうとする瞬の気持ちを酌んでくれて、最後にその許しをくれたのだった。
 ただし、ただ再会しただけなら瞬が自分からは言い出せない事も、そして榊もコミュニティに関りがある者として勝手にその秩序を乱す事はしない事も堂島は察していた。
 だからあえて『最後の躾』としてそれを正式に榊に依頼したのだった。

 それが堂島からの二人への最後の手向けなのだった。
 
 主人が亡くなった子供のアフターフォローはコミュニティがしてくれる。
 施設の子供達は相続の際、血縁者に難癖を付けられて揉めることも多く、コミュニティに子供を預ける主人にはあらかじめ財産の一部をコミュニティに預けるか、生命保険に入る事が義務付けられていた。生命保険の受取人はもちろん妻でも親でもなく、その躾を受ける子供だった。
 そのお金があれば血縁者達から相続放棄をさせられようと、その後の生活は保障されるという仕組みだった。
 そして主人亡きあとの子供の自由も当然保障されていた。

 それは榊自身も経験した事でもあるが、主人に先立たれた場合、その後の生き方は子供自身が自分で決めていいのだった。
 もし進学したければコミュニティがサポートしてくれるし、働き口を探したければそれもコミュニティが紹介してくれる。
 外の世界が馴染めないなら施設の中で一生何不自由なく暮らすことも可能だし、自分の経験を活かし躾士となる事も可能だった。
 榊のように才覚を見込まれてコミュニティから要請を受けて躾士となる者もいる。

 だが例えそれを熱望されようと瞬が躾士になる事は万が一にもあり得ないと榊は思った。
 もしも瞬が子供の躾役になったら、躾けるつもりが逆に躾けられていそうで、榊はその姿を思い浮かべただけで思わず目を覆ってしまいそうになる。

 それくらい目の前に居る瞬は、あの頃と何も変わらず成人しているとは思えないほど幼く見えた。

 多分瞬は、コミュニティと主人が取り交わす子供に託した財産の存在を知らない。
 生命保険や榊の主人のようにコミュニティに管理を委託した診療所などの不動産の存在は、子供達には生前知らせない事が前提だった。
 それは主人が亡くなる前にその確約された財産を知ってしまったら、不貞を働く輩が現れないとも限らないからだった。
 後日瞬にも堂島の訃報を知ったコミュニティから然るべき知らせがある事を榊は知っていた。

 瞬が主人からの正当な財産を受け取り、その後の人生をどう選択するかは、瞬の自由だった。

 榊は瞬には遺産の相続などまだ不確かなものは今知らせ無くとも、とりあえず瞬の身体が自由になった事だけは伝えたいと思った。
その証として、瞬の股間を厳格に戒めていたそれはもう必要ないと、瞬の目の前でいかつい革の貞操帯を取り上げ、あっさりとダストボックスに投げ捨ててしまった。

 それを瞬は何も言わずただ茫然と見詰めていたのだった。

(つづく)


あと少し続きます!
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