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第四章 そして天使はまい降りた

特別な顧客(4)

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 その後、何度も彼は榊の元に足を運んでくれて、彼が普通の養子縁組を望んではいない事もきちんと榊に説明してくれた。

 彼は同性愛者であり、彼が求めているのは息子でありつつも、時に自分と対等に愛し合える恋人だった。

 まだ彼に比べたら十分に子供だった榊を騙して養子に迎える事は容易く出来たはずなのに、彼は榊をきちんと自分でパートナーになるかどうかを選ばせてくれた。

 理由を教えてくれた主人の気持ちに榊は応えたいと思った。

 だから、それを受け入れる事にした。

 コミュニティの施設で躾を受けることは今後主人と対等に生活していく為の代償だった。

 彼が一から教えてくれたとしてもそこには感情が含まれれば上手く伝わらない事もある。

 だから躾はプロに任せるのが正解とも言えた。

 榊の躾を担当した有栖川はパートナーと愛し合う方法を一からきちんと教えてくれた。

 そして榊の進学の手助けをしてくれたのも有栖川だった。

 コミュニティの施設に移ったと同時に榊は通信制の高校への編入の手続きをしてもらい、施設に居る間に高校卒業の資格も取らせてもらえた。

 今まで居た大勢の集団生活とは異なり、ここでは他の少年同士との接触は一切なかった。
 例え他の少年と顔を合わせたとしても口をきくことは許されず、ここでは友人を作る必要はなかった。

 すべてが自室での生活となり、朝から晩までチューターと呼ばれる有栖川と一対一の時間を過ごしていく。

 性的な調教を受けようと、有栖川は榊の勉強する時間を十分に取ってくれた。そしてその教え方は榊が今まで習ってきた教師の誰よりもわかりやすかった。

 そのおかげで榊は主人の望むパートナーとなり、念願の看護師の資格がとれる医療系の大学に合格できたようなものだった。

 今まで具体的な夢を描いた事が無かった榊にも小さな夢が出来ていた。

 それは榊の主人と一緒に働く夢だった。

 主人は小さな診療所を営んでいた。だからそれの手助けが出来る看護師になろうと思ったのだった。
 医者になる事も考えたが、医者になるにはもっと知識も必要だったし、お金もかかる、だからその案は自分の中に押し留めた。

 だが、主人の手助けをするその夢は叶わなかった。

 榊がまだ看護大学に通っている時、主人は不慮の事故であっけなくこの世を旅立ってしまったのだった。


  愛し愛される主人に先立たれる孤独を味わった榊だからこそ、そんな彼らの不安や孤独も理解出来る。

 その想いが、今の榊を突き動かしていた。

 そしていつか自分が躾た子供たちが困っていたら、彼らの為に手を差し伸べられる存在で居てやりたかった。
 
 自分はもう愛してもらえる主人は居ない。
せめて愛し愛される存在が居るその子達には、出来る限り長く主人から愛されて欲しいと願っていた。

 それだって永遠ではない。

 いつかは別れる時が来る。

 そしてもし主人を失った時、その子達が路頭に迷わない為にもアフターケアは肝心だと考えていた。
 

***


 今晩の榊は少しだけ感傷的になっていたようだった。

 ここへ訪れる特別な顧客たちには自分の感情を出さないように気を付けていたのだが、今晩ここに来た青年を見ているとついそれが出来なくなりそうだった。

 特別な顧客たちの主従関係に水を差すつもりは無かったが、主人の為に身体を戒める事を強いられているその青年を見ると、ある自分が躾た少年の事を思い出してしまった。

 二人がそれをよしとして主従関係を結んでいる事は、コミュニティの資料からも本人達の面談からも、嘘偽りの無い事だと明らかに伝わって来た。

 だが彼の少し恥じらいながらの受け答えや、実際施術が終り、頬を紅色に染めあげながら自分の下半身に取り付けられたピアスを鏡に写し、満足気に魅入る姿が、榊の記憶にフラッシュバックするある姿を映し出していた。
 
―『瞬』ー

 そう口に出して呼んでしまいそうだった。
 
 今でもその少年の姿は榊の脳裏に鮮明に焼き付いている。

 瞬も順調に歳を重ねていればちょうど今日来た青年と同じくらいの歳のはずだった。

 瞬は榊が施設で最後に躾を担当した少年であり、生涯忘れることは無いだろう最高の出来栄えで躾を終え、主人の元へと送り出した天使だった。
 
 瞬は主人の希望により排泄も射精も、全て自由には行えないように管理する事が義務付けられていたが、二次性徴を控え、身体の成長と心の成長とに葛藤しながらも、瞬は最後まで必死に躾に耐えて頑張ってみせた。

 瞬は榊が知りうる中でも群を抜いて聡明な少年だった。

 だからその主人が望む『天使』というものの真実を悟り、榊を疑わず、最後まで貞淑さと恥じらいを忘れずに躾を受け入れてくれた。

 普通ならその理不尽な躾に、精神を病んでしまってもおかしくはなかった。

 だが瞬は己の心を折らず躾に耐え抜いてくれた。

 そして主人に迎えてもらえた時の天使の微笑みは、今でも榊の心を捕えて放さなかった。

 瞬の幸せを願わない日は無い。

 堂島からきちんと愛してもらえているのだろうかと、その後の瞬の事を知りたい気持ちでいっぱいだった。
 
 自分が躾を担当した少年だからといって、現状のコミュニティでは、彼らのその後を勝手に詮索してはならない決まりになっていた。お互いに秘密は守る義務がある。
 その為に彼等はコミュニティに出資していたし、高い金を払って少年たちを躾てもらったのだった。
 だから施設を出た瞬のその後の事は、榊にも分らない。
 
 知ろうと思えば出来ない訳では無いだろうとは思う。
 瞬の主人である堂島は施設長を任されている有栖川の友人だった。
 その有栖川なら瞬のその後を知っていてもおかしくは無かった。

 だが榊はそれをあえて知ろうとはしなかった。
 
 瞬が幸せであれ、不幸であれ、その現実を知るのが怖かったのかもしれない。

 それに知ったところで自分がどうこうできる立場ではない事は分っていた。

 そんな榊が町医者をしながらコミュニティからの特別な顧客を受け入れているのにはもう一つ理由があった。

 それはここで自分が開業している事をコミュニティにオープンにしていれば、いつかそれを知った瞬がここにやって来る日が来るかもしれないという想いがあるからだった。

 榊からは動くことは出来なくても、瞬が自ら選んでここに来てくれたら話は別だった。

 それに瞬がここへ来る時はきっと瞬が自分を頼り、その力を必要としてくれている時だと思う。

 瞬に躾を行った自分にはそれに応えてやる責任がある。

 だから瞬が訪れるその日まで、榊はこうしてここでじっと待つしかないとそう思っていたのだった。
 

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