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第3章 ゆるやかな流れの中で
言ってしまってごめんなさい
しおりを挟む瞬は榊の首に腕を回し榊の耳にだけ聞こえるように小さな声で呟く。
「まだここで言った事は全部無かった事にしてくれますか?」
榊は瞬を抱き締めている手が一瞬硬直してしまう。
「何ですか?事と次第によりますが」
「じゃあ、お仕置きされても構いませんから、絶対にお父様には言わないと約束してくれますか?」
「分かりました。
約束しましょう」
榊もドキドキと鼓動が早まるのを感じていた。
そしてギュッと何かに胸の奥を掴まれているように苦しかった。
だが自分からは言えない言葉を瞬から言ってくれるのだろうかと期待する気持ちが無いかと言ったら嘘になる。
自分から言えば躾士としては失格だが、相手に言われる分には事故のようなものだった。
それは狡い大人のやり方だろうが、それを聞いて収めるのも大人の役目だった。
瞬にはこれからずっと自由な若者がするような恋愛はまず許されないだろう。
それに身体も後ろの孔が疼き、女性に性的な興奮を覚える事もまず無い。
瞬の身体は男に慣らされる事に慣れてしまっているはずで、自分を逝かせてくれる存在は主人だけだと擦り込んである。
だが堂島が愛してくれる限りそれは不幸な事では無いはずだった。
だからそれを聞いても何を今更それが不安なんだと言ってやればいいだけの事でもある。
天使の秘密も、魔法の言葉も教えてやった。
堂島がグズグズしている気持ちだって勘のいい瞬なら多分理解していると思う。
それなのに今ここで無ければ言えない事と言ったらもう他にはアレしか無いと思うのだった。
榊がさっきうっかり口付けてしまいそうになったのと同じで、瞬もきっとうっかり言ってしまいそうな言葉があるのだろう。
言えるものなら言ってみろと思う。
それが言えたなら榊もさっき我慢したアレをしてやらんでも無い。
お互い今ここであった事は全て自分の胸の中に秘め、墓場まで持って行けばいい事だった。
この期に及んで何を言い出そうと言うのかという瞬の言葉を榊は期待を込めて待ち望んでいた。
瞬は榊の顔をしっかりと見えるように首を伸ばした。
同じ目線の位置に榊の落ち着いた面持ちの顔があり、その瞳はじっと自分を見詰めてくれているのを確認するとその小さな赤い唇は僅かに開いた。
また強い風が吹いたら掻き消されるような小さな声だった。
「…好きです」
その言葉に榊の冷えた身体にザッと血が流れ始めるのを感じていた。
確実に体温が二度とくらい上昇したんじゃないかとも思う。
抱えている瞬の体温も一気に上がっていくようにも感じられたのだった。
やはりこの子は危険だと思う。
「本当にそれを言ったらお仕置きせずにはいられませんね。
何回鞭で打てばいいでしょうか?明日また歩けなくなったらお父様が迎えに来ても大変でしょうね」
そう言われても瞬は続けた。
「多分これが僕の初恋でした」
もうそれ以上は言わなくてもいい。
それだけで十分だと思った。
これだけ聞けば自分の今までの人生もすべて報われたと思えた。
たとえこれからの人生がどんなに孤独で味気ないものでも、瞬に言って貰えたこの言葉があれば一人でだって生きていける。
榊の心は今、温かいもので満たされていた。
「言ってしまって本当にごめんなさい。
そんな事を言われたらチューターを困らせる事になるのはわかっています。
でも、安心してください。
僕はあなたに躾けて貰ったように、きちんと天使になります。
僕はあなたに躾けられたから今まで頑張って来られました。
正直、この先一人できちんとやれるかどうか不安しかありません。僕が天使になれるかどうかだって、本当は不安で不安で仕方ありません!
だって!僕は本当に誰にも愛された事が無いんですから。
でも、そんな僕だからこそ堂島様の天使になるにはぴったりですよね。これから一から愛して貰えばいいんですから。
だから心配しないでも、僕はあなたに教えられた通りに天使になります。
お父様が望む天使にこれからなって、お父様に愛されたいと思います。
でも一人の人間として僕が初めて愛して欲しいと思ったのはあなたが初めてでした。
それだけは伝えたかったんです。
初恋は叶わないものだって言うのが相場だって知っています。
だからこうして想いを聞いて貰えただけで十分です。
ありがとうございました」
「まだ子供のくせに生意気ですね。
瞬がこんな子だとは思いませんでした。
ずっと猫を被っていたのですか?」
「ふふふ。
さあ、どうでしょう。
お部屋に帰ったらまたお仕置きですか?」
「そうですね…考えておきます」
「僕もお父様にどうやったら迎えに来て貰えるか、考えてみます。
今すぐにてもむかえに来たくなるように、鏡の前で勉強してみますよ」
そう言うと瞬は今まで見たこともない少し大人びた目をして笑った。
それは今まで掴みたくても掴めなかった真実を知って何か吹っ切れたようにも見える。
そして榊から目を逸らし天を仰ぎ見た瞬の顔はもう迷いが無くなっていた。
瞬ならきっと間違う事なく堂島から愛されるだろうと思った。
そしてやがてはここの事も忘れる。
そう思うと榊の胸がまた痛んだ。
今まで躾けを終えた子と別れる日が来ようとこんな気持ちになった事は無かった。
仕事だと割り切り、その子の人生が主人に愛され幸せであって欲しい事だけを願って毎回送り出して来たのに、瞬だけは…どうもそうはいかなさそうだった。
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