優しい時間

第3章 ゆるやかな流れの中で

魔法の言葉

　榊は瞬に気付かれないように空を仰ぎ静かに息を吐くと天使とはきっとそういうものなのだろうと自分で自分を慰めるしかなかった。

　瞬は今の話しですっかり謎が解けたと納得してくれたのはよかったとは思う。
　堂島への想いもかなり深まり、今すぐにでも会いたい気持ちが高まっているようだった。
　それは榊の思惑通りでもあり、ここへ連れて来た甲斐もあったという事だった。

　これで全てが丸く収まるだろうと榊もホッとしていた。
　だがその反面、榊はらしくもなく少し寂しさも感じていた。
　そして同時に、堂島に対して同情の念も湧いてくる。

　榊はたった三年で守護者である事の厳しさを痛感していた。

　十二年間も目の前で天使が成長していく様をただ見守るだけの役目だなんて、正直気が狂うと思った。

　有栖川のように悟りを開いた出来た人間ならまだしも、邪な気持ちを抱く者にとっては毎日が針のむしろに座らされているようなものだっただろうと思う。

　そこまでして守って来た天使があっさり女に堕ちたら…

　いや…

　瞬が堕ちたとしたら、自分なら直ちに捕まえて再躾けをするかもしれなかった。

　ただ堂島に同情するのは学院では天使を躾ける事など出来なかった事だった。

　守護者はただ守るだけの存在で天使を裁く者ではない。

　そして学院を出た後のことまではその限りではないのだった。

　本当に自分の気持ちがそうであるならば、きちんと堂島も告げるべきだったと思わなくもない。

　だが、時はこうして確実に刻まれていく。

　もう過去に拘っていても仕方ないのである。

　今この手を伸ばせば目の前に可愛いい天使がいるのだった。

　その天使は自分の時を止めて主人が迎えに来てくれる日を楽しみに待っているのだった。

　その時だって永遠に止めていられる訳ではない！
　緩やかにだが確実に時は流れて行ってしまう！

　だからその一時一時を大切にして天使を愛し幸せにしてやって欲しいとせつに思う。

　堂島がしないのなら、榊は自分が今すぐここで瞬を大人にしてやりたいくらいだった。

　それくらい今の瞬は少年と大人のギリギリのところに立たされていた。

　ここを過ぎればいくら瞬でも子供のままではいられなくなる。

　だから榊は堂島には同情もするが、迎えに来るなら早く来いと、思う事はただそれだけだった。

　
＊＊＊


　榊は気付いていた。

　瞬は周りの少年達を見て自分もやがてはそうして主人に愛される日が来るだろう事も悟っている。
　そして瞬にはその躾けは必要無いと榊に言われるたびに、瞬は少し寂しそうな顔をするのだった。

　それは普通なら辞めて欲しいと泣いて哀願する躾けであるはずなのに、瞬はどこかそれを期待しているふしがあるのだった。

　瞬はそれくらい誰かに愛される事に飢えているのかもしれない。

　だから堂島はその瞬の期待に応えてやればいい、ただそれだけなのである。

　自分の性癖を天使である瞬に押し付けるわけにはいかないと堂島は思っているらしいが、ここで我慢させられて生活して来た瞬はその戒めを解いてくれる人を待ち望んでいるのである。

　だから一言でいいのだった。

　堂島の重い腰を上げさせるには、魔法の言葉があるはずだった。

　自分や有栖川がいくら言っても効き目は無いが、瞬が言えばきっと一発だろうと思う。

　榊はその魔法の言葉を瞬に教えてやるべきかどうか思案していた。