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第3章 ゆるやかな流れの中で
天使の真実(7)
しおりを挟む学院の中で選ばれる天使は、その身も心も穢れを知らず、男でも女でもない中性的な顔立ちの者が選ばれた。
いくら美しくても男性的要素が強い者は除外される。
そうでなくてはならないのは、天使は同じ学院で共に過ごして行く者たちの、精神的支えとなる要素が強く求められるからだった。
天使は慈愛のこもった励ましと笑顔一つで、彼ら同学年の者たちの心を掴みやる気を起こさせ、その者たちの心に癒しと生きる力を与えてくれる存在でなければならない。
毎年春になると新入生達が入って来る。
そしてその子達が入って来た時からその学年の天使と守護者を決める選挙のようなものが始まるのだった。
それは半年間吟味されて秋に全校生徒の投票によって決められる。
自分達の学年には関係の無い事だとしてもイベントごとが少なく、またそんなお祭りが大好きな子供達にとっては毎年楽しい慣例行事となっていた。
そして選ばれし者は各学年代表の天使と守護者からそれぞれの伝統と役割を教えられる。
そうやって子供達の学院生活は、強く深い縦横の繋がりによって円滑に進められていくのだった。
やがてそこを出てからも独自の深い想いで結び付き、いざという時はお互いを支え助け合ったりもすれば、制裁を加える事もあるコミュニティーというものを築きあげていた。
堂島は天使を守る事を司る守護者だった。
天使は卒業するまで誰のものになってはいけない、純潔でなければならない事が絶対であった。
それを守る守護者も学院内で過ごす間は恋愛ごとはご法度だった。
勿論、天使に心惹かれようと、告白も、その身体に性的な欲望を押し付ける事も禁止事項の一つだった。
天使と守護者には他の生徒達の指標となる為に厳しい戒律のようなルールがたくさん課せられる事になる。
だがそれでも彼らはその役を甘んじて受け入れていた。
それはこの半年学院で過ごした彼らの幼い心と目には天使と守護者の関係がとても素敵で美しいものに見えてしまったからだった。
この時まだ六歳か七歳の彼らにとって性的な事だの恋愛だのが禁止だと言われても理解なんて出来る訳がない。
だから綺麗で素敵な天使とそれを取り巻くカッコいい守護者の姿に自分を重ねて憧れてしまってもおかしな事ではなかった。
そしていざ自分がその役に選ばれたとしてもそこには喜びしかなかった。
やがて成長し、その戒律の厳しさを理解するようになったとしても、長い時間をかけてすり込まれた彼らの身も心にもその伝統が染み込んでいた。
自分達の代でその伝統を傷を付けてはなるものかと卒業するまでは彼らはその与えられた役をストイックにこなしていく。
そんな彼らが学院を卒業して、晴れてその役を解かれて自由を満喫しようと、誰も咎める事は出来なかった。
守護者達だって自分達が守り抜いて来た天使が、学院を出た途端に一般の女性と恋に落ち、子供まで出来てしまったとしても咎める事は出来なかったのである。
まだ付き合うだけなら守護者達のショックは少なくて済んだかもしれなかったが、子供が出来たのは決定的だった。
彼らの天使はあまりにも早くその役目に終止符を打ってしまったのである。
子供が出来ればさすがにもう天使とは呼べなくなる。
学院を卒業する時に天使も守護者もその役目は終わるが、そう簡単に十年以上一緒に過ごして来た絆が薄まる事はない。
例え結婚して子供が出来ようがそれは同じだった。
だが瞬の父親は卒業して女性と付き合うようになり、子供が出来てからはぷっつりと堂島達との繋がりを断ち切ってしまったのだった。
外の世界に出れば電話だろうと手紙だろうと今は許されるようになった携帯電話でやり取りする事も許されていたが、瞬の父親はそれ以降学院との繋がりをいっさい絶ってしまった。
守護者にとって天使はいかなる場合にあろうと守るべき存在であった。
それは長年の天使を崇拝して来た彼らにはショックな出来事だったに違いない。
だが瞬の父親だって学院の中ではいくら天使であろうと、所詮はただの人間の若者なのだった。
ようやくお役御免になり誰かと恋に堕ちようと、それは仕方がない事だと守護者達も次第に諦めはついた。
そして堂島も有栖川も他の守護者達も天使の動向を遠く見守る事に決めた。
向こうがこちらから離れたいと思うのならそれも仕方がない事だと思い、自分達は自分達の今やらねばならない事に向き合う。
学院を出た守護者達にはもう天使を守るという役目は無かった。
そこで天使が事故に巻き込まれようと求められない助けの手を勝手に手を差し出す事は出来ない。
ましてやお腹の中にいる天使の子供を勝手に堕胎させる事など出来なかった。
多分そうされない為に天使は一時家族からも友人達からも連絡を絶ったのだろうと思う。
だが結局はその女は天使もその子供も捨ててしまったのだった。
そしてそこから十年はあっという間に過ぎ去り、自分達は大学を出てそれぞれの職業に就き、中には落ち着いて家庭を築いた者もたくさんいた。
だが堂島も有栖川も変わらず一人を貫いていた。
堂島は天使の堕天以降すっかり女性では勃たなくなってしまった。
元々学院にいる時からその対象は少年にある事を自分でも自覚していた。
堂島には幸い兄が居て自分は跡取りではなかったから、強く結婚を勧められる事は無かったが、その話が出るとのらりくらりとかわして生きてきた。
そして有栖川は紆余曲折あってやはり結婚はせず、コミュニティーが運営するこの青少年支援施設を任されていた。
ここの施設は表向きは才能があるのに貧しさの為に進学できない子供や、普通の児童施設では手に余る子供を訓練しながら社会に適合させる為の支援施設という事になっていた。
国からの援助金などもらわず、学院のOB達の資金で運営されている施設だったが、ここを出た少年達は皆外での実績を上げていて、ここを出てから大学を受験してもだいたいその目的通りに合格を果たし、その後は成りたい職にもついていた。
それはコミュニティーの支援があってこその結果であり、子供達の努力の賜物でもあったが、その影で主人に対する絶対的な服従は子供達に課せられた使命だった。
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