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大切なこと
大切な話(6)
しおりを挟む翌日、僕は容易に起き上がる事はできなかった。
体は僕が気を失った後、悠が綺麗にしてくれたみたいだけど、何一つ衣服は身に付けていなかった。
腕や手首に縄で擦り切れた痕が残っていてあれが夢じゃなかった事を思い知らされる。
血が滲み出た跡をリンパ液がまだ乾ききらないでベタベタと覆っている。
俯せで寝ていても背中がズキズキと痛んだ。後ろも裂けているみたいだった。
悠にこんな風に乱暴に抱かれたのは、三枝さんと別れて後以来かもしれない。
時々マンネリ防止でSMまがいな事をしても、それはあくまでも僕達が楽しんでやっているだけで、相手の限界をきちっとはかりながらやっているのに反して、昨晩のはそんな気遣いのカケラも感じられなかった。
でもそれもしょうが無いと思う。
悠をあそこまで怒らせてしまったのはやはり、僕が判断を誤ったからだ。
きっと体中、痣だらけなんだろうな?
それで服を着させられないんだ…たぶん。
顔だけ横にずらしてナイトテーブルの上の時計を確認すると、もう朝の十時近くだった。
今日大学は自主休講するしかないかな?
せめてクラスの誰かに連絡しなきゃ…大西にメールしよ…また怒られるとは思うけど仕方ない。
確か今日は国試対策だったはずだから休んでも後追い出来ると思う。
わからなかったら大西に怒られついでに教えてもらおう。
携帯を取ろうとそろりと腕を伸ばしたら裂けた皮膚が引き連れてビリリと痛みが走った。
悠に愛想つかされた。きっと…。
悠の気持ちを知らない訳じゃない。
僕だって、悠こそがまさに体外受精で、計画的な妊娠と出産の結果この世に生まれてきた事を忘れたわけでない。
天からの授かり物というより、親のエゴで無理矢理この世に生まれて来てしまったと、悠は両親の事を恨んでいた。
悠がそんな風に両親の事を思うのも分からなくもない。
確かに悠の両親はお金以外で親らしい事をしてくれた事は少ないようだった。
悠に、少しでも家族三人で仲睦まじく暮らした記憶があれば気持ちも変わったかもしれないけれど、悠には家族団欒の記憶がいっさい無いらしかった。
悠の両親は共に研究者で、お母さんはNASAに研究者として招かれていたから、子供を育てるには余裕と時間が無かった。
だがら悠を産むだけ産むと、悠を置いて渡米してしまった。
そして悠のお父さんも同じようなものだった。
お父さんは日本には残っていたけれど、同様に自分の研究が忙しくて、赤ちゃんの悠はしばらくお父さん側のおじいさんとおばあさんに預けられて育てられたみたいだった。
でも結局、悠は物心が付いた頃にはアメリカの特別な能力を持った子供を研究する機関にひとりぼっちで預けられていたという訳だった。
そんな悠が両親に対して、何の愛情も感じられないというのも分からなくもない。
だけど僕は、今だからこそ、その真意が分かる気がした。
そうするのが最善だったとは言わないけれど、あの当時はそれが悠にとっては良策だったという場合もある。
悠は人より知能が高い。
両親がそれぞれ天才なのだからその子供の知能が高くてもなんら不思議な事ではないと思われがちだがそれは違う。
人の遺伝子というものは繊細だった。
夫婦それぞれが全く同じ遺伝子でない限り同じ天才を造り出す事は不可能だった。
そして悠は、その二人の遺伝子を取り込み、悠独自の個性を生み出していった。
その特性は限りなく二人に近いものではあるが、その度合いが違っていた。
興味のある事には貪欲に突き進む姿勢は二人に近しい。
好きなモノに対するその集中力は他の追づいを許さず、本人もそれにのめり込んでしまうと、食事も排泄も忘れるまで没頭してしまう程だった。
ただその解析力と理解力の速度は半端なく、普通の子供が通う学校の勉強などでは食事に支障をきたすような事にはならない。
だけどそんな同学年の子供の中では悠の能力は宝の持ち腐れだった。
その力を持て余してしまうんだ。
そういう子供に対して小さな子供は手厳しい制裁を加える場合もある。
優れた能力を持っていても、それがあまりに自分達の能力とかけ離れてしまうと、それは最早異質なものに変わってしまう。
そんな時、教育者がその特殊な能力を持った子供をきちんと理解してあげて、その子の能力を殺さず、そして普通の子供の知能も伸ばしてあげられれば一番いいのだけれど、一度に両方の進度に合わせた教育をするのはかなり難しい。
日本の一般教育では特出した知能を持った子供に合わせるよりも大勢の普通の子供達に照準を合わせ教育をする方が重要だと考える場合が多い。
そのままにしておけば悠の持って生まれた個性はやがて殺されてしまっていただろう。
だからきっとそれに気付いてあげられた悠のお母さんは、こんな事を言ったら悠に愛想をつかされるかもしれないけれど、正しいと思う。
日本の一般教育を受けていたら、悠は周りに溶け込めず、子供達から浮き上がり、孤立していた。
持てる才能を生殺しにされないように、悠を特別に知能の高い子供を集めて教育を施してくれるアメリカの教育機関に入れたんだと思う。
産みっぱなしの育児放棄だと悠は言うけれど、僕はそうは思わなかった。
アメリカでもきっと悠は興味のある事はきっとやり尽くしてしまったんだろう。
そんな時、今度は悠のお父さんが人との関わり合いを学ばせようと日本に呼んだんだ…と思う…きっと。
本当は高校になんか行かなくたって、あっちの大学ならどこでもフリーパスで入れる学力を習得済みなのに、興味を持て余していた悠は気紛れにお父さんからの日本に来ないかという誘いに乗った。
そんな奇跡が無かったら、僕と悠は絶対巡り会うことも無かったと思う。
だから僕は悠の両親に感謝している。
彼らが悠を望んでくれて、その時その時適切 な事をしてくれたから、今の悠があるんだ。
けして愛情が無かった訳じゃない。
その事はもう大人になった悠なら少しは分かっているとは思う。
でもそれを人に言われて気付かされるのは、悠の性格上きっと素直には受け止められない。
本当にいつまで反抗期を重ねているんだと言ってやりたいけれど、それとこれとはやはり別物だった。
自分と同じ思いをさせる子供を作りたくないという悠の気持ちは分かる。
僕だって自分が生まれてきて良かったと、親に感謝出来るようになるまでに沢山の時間が必要だった。
その十数年という一番愛情を欲しいと思った歳月を自分の血を引く子供に味合わせたくないというのは、裏を返せば悠もきっと自分の親と同じ事をしてしまうのを恐れているのだと思う。
だから悠にそれは絶対ないって僕は言ってやりたかった。
確かに生まれて来た子供が自分達のものになるわけじゃない。
だけど愛情をかけてやる事は出来る。
悠だって僕だってその子の叔父さんにはなれるのだから。
叔父さんだって親戚だし甥っ子姪っ子の面倒をみたって不自然じゃない。
だからその子に寂しい思いをさせる事は絶対ないと僕は誓う。
悠がそうして欲しかった分も悠の遺伝子を引く子供には惜しみなく愛情を注いでやりたいと、そう思っていた。
そしてきっと多少精神的に子供がえりするだろう悠にもだった…。
悠は子供にだって嫉妬するタイプだと思う。
長い事一人っ子だった子供が下に兄弟が生まれるとお母さんを取られたような気持ちになって、その愛情をまた自分に引き戻し、かまって欲しくて出来る事も出来なくなってしまう事がある。
おねしょだったり、寝付きが悪くなったり、悪夢を見てしまったり、急によそよそしくなってしまったり。
それも全部、自分に意識を集中し、愛して欲しいという子供のサインだった。
僕はそんな悠のサインを見過ごすつもりは全く無い。
悠の一人っ子的な性格は筋金入りだ。
僕はそれにとことん付き合ってやる覚悟がある。
むしろ僕は、そんな悠の事を思いきりギュッと抱き締めてやり、一緒に眠ってやりたいとそう思うのだった。
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