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家族とは

家族だから(5)

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「後でもう一品くらい作ってやるから…っていうか、最近雫にやらせてばかりだから、今日は俺が後の事はやってやる。だからその間、雫は炬燵で勉強でもしてろよ…。もう何だかんだ言って、ちょっとずつ追い込んでいかなきゃならないんだろ?」

 それは雫の医師国家試験の事を指しているのは明白だった。
 そう言われると思い出したくもないこの後待っている勉強三昧な日常が重くのし掛かってくるが、あえて明るく切り返す雫は、もうピアスの事で悠をとっちめてやると意気込んでいた事さえ忘れてしまっていた。

「なんか昔みたいだね…その俺様口調」
「そうだな…最初雫がここにはじめて来たのは、俺に勉強見てもらいたかったからだもんな。だけど俺はどうにかして雫を手に入れたかった。涼しい顔しながらずっとそればっか考えてたな、あの頃…。多少時間が掛かったけど、そのまま俺に食われちゃったな、雫は…」
「うん、骨に髄までしゃぶられちゃったよね…。だけど、僕は幸せだよ。悠の事を愛せて…」
「なんだよ、急にそんなこと言いだして。今日の雫は、ずいぶん殊勝な事を言ってくれるじゃないか。俺も幸せだよ…、雫が傍にいてくれるだけで…」

『「愛してる!」』と二人の声が重なってしまい、クスッと二人して笑い合う。

「お互いに愛し合ってるんだよね?僕たちは…」
「ああ、そうだな…」 

 その言葉は所詮挨拶代わりのようなものになって来ている。

 日本人はあまりそういった事は軽々しく口にしないものだが、この二人はどこかそれが普通に口をついて出てしまうバカップルだった。

 雫は悠の『愛してる』の言葉が聞けただけで、胸の奥がジ――ンと熱くなって来て股間に熱が灯ってしまうし、悠はそんな雫の期待につい応えてしまう。

 ここが壁の薄い安アパートなら上下左右の家から苦情が出るのは必至だった。

 だがその心配は無い。

 十分な壁厚も床の防音もバッチリだし、上には誰も住む部屋なんてない、ここがこのマンションの最上階なのだからだった。


 悠はアメリカ生活が長かったからせいでそんな愛してると言う言葉が出るのだと雫は思っていたが、そんな訳がある筈がない。

 悠だっていくらアメリカで育ったといっても中身は生粋の日本人だった。

 それにそんなものはテレビの中だけの話で、施設では誰も恋愛なんかに夢中になる者なんかは居なかった。

 しいてあげるなら彼らにとって恋愛や恋人を作る事よりも、自分がしている学問の方が、ずっとずっと自分の期待に応えてくれる愛しい存在だった。

 それは血を分けた親よりも親密で信頼に値する、悠にとっては大切なものだった。

 少なくとも雫に出会うまでの自分は人間になど興味を抱いた事はない。

 正直なところ、悠が唯一嫌う学問があるとしたら、それは生物学だった。

 動物は嫌いじゃない、だがそれを極めようとするとどうしてもその問題にブチ当たる。

 だから、悠に生物学は鬼門に当たる。

 それでも生物学も一通りやってはいるが、遺伝というところになると頭がそれを拒否してしまう。

 自分は両親のどちらの遺伝子を強く受け継いでいるのかと興味を持ち遺伝を探るというのは、生物学では一番誰もが親しみやすい楽しいところの筈だった。

 だがそれが一番悠には知りたくも無い事だった。

 自分の血液を採取して試薬でそれが示す型が出るのを嬉しそうに待っている周りの人間を見ているだけでもイラついたのに、その結果がやはり思った通りであった事にもムカついてしまった悠は、思わずその結果を示すプレパレートを床に叩き落として割ってしまった事さえあった。

 誰にでもある身近な遺伝を簡単に示す事が出来る血液型すら、悠には知りたくもない忌々しい親との繋がりを示すものだった。

  いっその事自分が赤の他人の遺伝の型を示す結果だったら親に捨てられた事も納得出来たのに、その期待も虚しく両親と同じ血液型を示した…それが堪らなく嫌だったのだった。

 悠にとって自分が誰に似ていようと関係ない、自分は自分だと思いたかった。

 だが血液型や耳の形、髪や目の色…どれを取っても遺伝というのはその自分の親から受け継いだものが色濃く出てしまう。

 まだ先祖返りしたとかで、三代前くらいの先祖の遺伝子でも飛び出したとかなら親を恨まずに済んだのかもしれないのにとも思う。

 だが親に似ていたからこそ、自分では育てられないと施設に預けられたのだった。

 施設に預けた方が正しい教育を受けられるからだと言われたが、そんなものは言い訳だと思っていた。

 自分の子供なのに、育てるのを放棄したのも一緒だとずっとそう思って親を憎んでいた。

 だが今はそれも間違っていなかったのかもしれないと、悠の心は思うようにもなって来ていた。

 確かに自分のような異質なものが周りにいたら小さいうちは混乱する。

 それに集団でかかって来られたらいくら強い人間でも心で負けてしまっただろう。

 したい事を出来ずに潰されていた。

 それがだいぶ大人になった悠にも分かるようになって来ていた。

 それもそう思わせてくれたのは雫のお陰だと思う。
 雫がどんな自分でも受け入れてくれ家族にしてくれたからこそ、そんな風に思う余裕さえ生まれたのだった。

 たった二人きりの家族でも、相手を思う無償の愛はどんな血の繋がりよりも深く濃いものにしようと誓ってくれた。

 だから少しだけ心にも余裕が出来た悠は、自分の事を客観的に見詰め直す事が出来たのだった。

 そして自分という者を産んでくれた存在に対しても、多少の感謝は出来るようにもなった。

 彼らがどんな気紛れであり自分の遺伝子を遺したいと思ってくれたからこそ、自分がこの世に存在し、雫という人間を愛す事が出来るのだと気付いた。 

 それもまさに絶妙なタイミングであった。ここで出来なければ母は一生子供なんて産むつもりも無かっただろうことも分かる。

 NASAに呼ばれ自分の研究をしたかった彼女が悠を産みたいと思ったのは、今でも気紛れだったと思わなくはない。

 だがその気紛れが無ければ、自分が雫に出会う事はなかった。
 
 その気紛れと奇跡に、今は少しだけ感謝していた。


 だから前ほど両親を憎いとは思わなくなってはいたが、やはりそれは遺伝学上の親であり、親の為に命を投げ出そうとは思わない。

 悠が命を懸ける相手はこの世で白鳥雫、ただ一人だけだった。

 

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