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愛の印

赤ちゃんの卵・本編(4)ボディピアス

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 雫はやはり血が苦手だった。
 それと同じくらい歯医者も苦手だと思う。

 この一抹の不安も、その苦手意識が勝手に作り出している妄想だと思った。

 何とか気を紛らわそうとするが、その腕の良いと言われている歯科医師のマスク越しにも分かる男らしい風貌の下に晒されると、更に緊張感が高まってしまう。
 この人があの悠のリングを自分の恋人に着けさせて、あんな事もこんな事もしているのかと思うと、違う緊張感も高まってしまいそうだった。

 それは治療台である椅子が倒れて行き、ベッドのようにフラットになると余計だった。

 そんな自分がガクガクと震えていようとは、自分と同じリングを首から下げている美人の歯科助手の彼にそっと手を握られるまで気付かなかった。

『だ、大丈夫だから…頑張って』と彼に励まされ雫もこんな事で怖じ気付いている場合ではないと気持ちを奮い立たせる。

 その彼のおかげで苦手な歯が削られている振動や音にも耐えられた。
 歯石除去も初期虫歯の治療も終わってしまえば、たいした事は無かった。
 それは何をそんなにビビっていたのかと思い返すと恥ずかしいくらいだった。

 だがこれでようやくこの寝心地の悪い椅子から解放されると思ってホッとするも、しかしこれで処置が終わった訳ではないらしい。

『もう少しこのまま待っててください』と言われて雫はその倒れた椅子の上でしばらく放置される事になり、しかも医者も助手も悠までもがこぞって姿を消してしまった。

 医者がいいと言うまでは動いてはいけないと思ってしまうのが患者というものなのだった。
 その待てと言われている放置の時間が患者にとって多大な不安と緊張感に苛まれて行くものなのだと、今雫は身をもって感じていた。

 おかげで、自分が医者になれたあかつきには、もっと患者さんに不安を与えないように、せめて自分が治療中に席を外す時は、きちんと理由を話してから離れるようにしよう!と…そんなまだずっと先の事を無駄にも考えてしまった。

 そしてようやく彼らが戻って来ると、手には何やら新しく銀のトレーを持っていた。

 そのトレーを見ればやっぱり何かあるんじゃないかと疑問が湧いて来る。

 椅子が倒れた状態ではその中身を確認する事も叶わないのだから、説明が無いのならこっちから聞くまでだった。
 だから雫はこれから何か始まるのかとその医師に質問を投げ掛けた。

 すると腕の良い歯科医師はマスクから覗く剥き出しになっている目が一瞬にして鋭くなり『動かないで!動くと危険だから』と言ったのだった。

 動くなと言うならその訳を聞きたかったのに、彼の鋭い眼光で見据えられてしまうと雫はヒクリと凍りついてしまった。
 その目付きの鋭さはとても一介の歯科医師のものとは思えなかった。その筋の者に勝るとも劣らない、その眼光だけで相手を怯ませられる迫力が十分にあった。

 ここでいつもの悠なら何か言って来ても良さそうなものなのに、今日に限って何もチャチャも入れて来る気配も無く、それに不安を覚えた雫は、思わず動くなと言われていたのにも関わらず身を捩り、自ら気配を消して壁際に佇みジッと雫の処置を眺めている悠にと訴え掛けた。

「悠!これどうゆう事?」

 すると悠はシレッとして言ってのけたのだった。

「雫の身体にピアスの穴を開けてもらう事にしたんだ」

 雫は我が耳を疑った。

「ピアスの穴?…歯医者さんで?」

「そうだよ。ここの先生はピアスの穴を開けられる歯医者さんだから」

「へえ、そうなんだ…」

 今、雫の頭の中では悠の表情と今の会話の内容から様々な角度で彼の考えている事を計算し始めていた。

ーピアスごときの穴を開ける為に、何でわざわざ歯医者を予約したのだろう?
普通ピアスの穴を開ける為に病院を予約するなら、耳鼻科や外科だと思う。
それに今時わざわざ医者に行かなくても悠なら自分でその開け方くらい調べてやってしまいそうなのに、何故わざわざここに連れて来たのだろう?ー

 まずその疑問を整理する。

 そして雫の中ではその答がいくつかに絞られていった。

 雫だってもういい加減悠の考えそうな事はある程度予想が出来る。

 高校生の時の自分とは違うと思っていたし、違うと思わなければ悠と付き合ってなどいられなかった。

 そして、はじき出されたその答は…

 一つは、わざわざ医者でピアスホールを開けてもらうのは絶対に失敗したくない場所に穴を開けてもらう場合

 もう一つは、素人が絶対やっちゃいけない危険なところに穴を開ける場合

 悠が考えているとしたら、そのどちらかだと直感的に思った。

 そして悠ならその後者である『素人が絶対やっちゃいけない危険な場所』に穴を開けてもらおうとしている事が分かるのだった。




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