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愛の印

赤ちゃんの卵・本編(3)ボディピアス

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 大学とはいえいつも自由な時間で昼飯が食べられる訳ではない。
 特に医学部の雫はそれが切実な問題だった。
 今を逃せば次の授業は2コマ通しの解剖実習だった。

 解剖は大嫌いだ!

 血が苦手なのは相変わらずだったが、今はなんとかその場だけは思考にフィルターを掛けられるようにもなっていて、実験中は倒れない程度に気を引き締めて耐えていた。

 だが絶対にそんな実習の後では食欲など湧くはずも無いから、今のうちになんとしてでも何か胃に入れておかなければならなかった。

 それが一番混み合う昼時だというのも鬼かとも思われたが、とにかく空いている席を見つける事に必死だった。

 食べる事に夢中で先に席を取らずに食事を買ってしまった事も敗因だった。
 見渡すとやはりほぼめぼしい席が埋まっていて、相席だったら空いていない訳では無かったが、見ず知らずの人達のそこに入りこむのは最終手段だと思っていた。

 だがしかし、奇跡的に空いている二名掛け席を見つけたのだった。

 そこならまず相席になる事も無い。

 そう思った雫は、食事を乗せたトレーを手に一目散に空いた席を確保する為にと、そこへと急いだのだった。

 そしてよく周りを確認せずにトレーを置こうとして頭に強い衝撃覚えたのだが、とにかく手にしたトレーを落としてなるものかと必死に踏み留まり、トレーを机に置き、痛みを堪えつつ我に返って謝ろうと頭を上げたその時だった。

 その相手も同じ感じで『ごめんなさい!』とほぼ同時に声を発し、お互いに見つめ合ってしまった。

 そしてそのまま互いの時間がしばらく止まってしまったのだった…。

 相手の美貌に目を奪われたと言えばそれもそうだったが、勿論そんな生易しいものばかりでは無かった。

 雫の目の前に居る彼は男にしておくには確かに惜しい美人だった。

 だがそれは雫だってよくそう言われる事でもあった。

 しかし彼のそれは、その自分が言うのもなんだが、目の前の彼からは昼間だというのに今さっきまで彼と致していましたと言わんばかりの、色っぽさや艶っぽさが半端なく漂っていたのだった。

 思わずそれには雫でさえ、ズキンと股間が疼いてしまうくらいに感じてしまう。

 雫は悠を受け入れてるとはいえ、十分タチの資質も持ち合わせているらしいと、それを教えたのも悠なのだった。

 タチといっても、悠が雫に挿れていいと言ったからで、好き好んで挿れる側に回った訳ではない。
 何事も経験だからと、そういうところは悠は心が広いというか、変わっていた。
 変化の無い付き合いを続けていたらそのうち飽きてしまうだろうと、時々雫に変わった趣向をさせるのだった。


 そんな事はさて置き、その色っぽい彼の首から下がっているブツに目が行ってしまい、そこから視線が離せなくなってしまった雫だった。

 頭がぶつかりあった衝撃で首から下げていたネックレスが胸元からポロリと零れ出てしまった。
 周りにはただそれだけの事だと誰の気にも止まらないような些細な事件だった。

 だが二人にとってそれは今世紀最大の大きな事件だったかもしれない。

 勿論そんなおっちょこちょいな彼らが頭を縫うような大怪我でもすれば話は別だろうが、大丈夫らしい彼らに注視している者は今は誰も居なかった。

 こんな昼時にランチをしている学生は次の授業が詰まっていて時間が無いからこそ、そこに居るのだった。
 暇な学生なら時間をずらすか、もっとお洒落な店に行っているだろう。

 だが雫もその彼もそんな事で互いに見詰め合っていた訳じゃない。

 それはその当事者だけにしかわからないものだった。

 お互いに長めのチェーンのネックレスを身に付けていた。
 だがそれがただ単にオシャレだから身に付けている訳じゃない事を知っているのも二人だけだった。

 別に今時の大学生の男子がオシャレでクロムハーツを身に付けたり、ネックレスをしていようと怪しまれるような事は何もない

 普通ならお互いにそれをスルーしたところだっただろうが、お互いにその零れ出たネックレスのヘッドの方に目が行ってしまいそれの方が問題なのだった!

 そのヘッドだって別にはたで見てればただの大き目のリングだった。

 雫のそれはいぶし銀のように光り輝くプラチナ製、そして向かい側の彼のそれは可愛らしいピンクゴールドに光り輝くK18製の物だった。

 素材こそ違うが互いにそのリングがお揃いの物だと直ぐに気付いてしまったのだった。

 それに気付いてしまうと二人は慌ててそれを胸元にしまい込み、観察しあうようにジッと相手を見詰め合う。

 そしてよく見ればかお互いに相通じ合うものを感じてしまったのだった。

 お互いに付き合っている者がいる。

 それも相手は嫉妬深い男性で、男同士で付き合っているなら、そのポジションにはどちらかが女性役であるはずで、雫もその彼も自分達のセックスにおけるポジションが受けだということを容易に察する事が出来てしまったのだった。

 何故ならそのリングは、セックスの時に女性役である受けが使うものであり、いわゆる受けのペニスに嵌めさせ、そこをギリギリ逝けない程度に締め上げるコックリングという大人の性玩具だったからだった。

 その為にリングの端にサイズ調整するポッチが付いていた。
 そのポッチを押すとリングが緩み、サイズを合わせていく時カチリと金具が嵌る音がする。
 その音がした後は、雫にとって長い快感沼の始まりなのだった。
 それを身体が覚えてしまい、今ではその音を聞いただけでパブロフの犬の如く涎の代わりにカウパーが流れ落ちる始末だった。

『ヤバイ…。そんなリングをこの世で本当に身に付けている人物に出会えるとは…奇跡だ…』とお互いに思った事は言うまでもない。

 しかもその玩具こそ元は軽井沢で拉致監禁され他人のお手付きになった雫の性的な記憶を上書きする為に、悠が新たな刺激を与えてやるとアダルトショップに依頼して特注させた代物だった。

 その出来があまりに良かったからと、今は一般的にもセミオーダー出来るようにもなっていた。
 その高級な大人の玩具はそのアダルトショップの影のヒット商品ともなっていたのだが、雫もその彼もそんな事は勿論知らない事なのだった。

 まさか攻めに贈られた最高級な素材を使ったリングとはいえ、真の目的は受けを適度に逝かせない為の隠微なコックリングを、後生大事そうに普段から身に付けているのは…この世界広しといえども、自分くらいの者だろうと思っていた二人だった。

 その滅多に見られる筈もないそれを身に着けた人間が、今この目の前にいると思うと、一気にその親近感さえ湧いて来た事は言うまでもない。

 お互いに恋人からして欲しいと頼まれるとなんでも断れない体質なのだという事も容易に想像が出来る。

 そんな事くらいで好きな人が喜んでくれるならお安い御用なのだった。

 それと…今まで誰にも言うことは出来なかったのだが、その別の使い道があるソレを日常の世界で常に身に着けているのはどこか背徳心にかられるだけじゃない、実際それを身に着けていると、最中の事すら生々しく思い起こされて来る。

 雫は現実に居ながら、性的なトリップするのも自由自在になってしまっていた。
 その隠微なリングに想いを馳せれば、身体中にゾクゾクと生々しい快感が走る事さえ可能なのだった。

 そんな変態じみた感覚に陥る事は無いかと、目の目の彼に聞こうと思って、意を決して彼を見詰めたら、雫の前だというのに、もう既にその彼は半分以上はそれにトリップしているかのようなトロンとした表情を浮かべて座っていたのだった。

 さすがにそんな顔を見せられたらノン気の人間だって絶対堕ちると思った。

 彼の危うい美貌に気付いた雫はすかさず彼を現実へと引き戻した。

 そんな事あえて聞かなくても今のでなんとなくは察しが付いてしまった。

 彼も雫と同じなのだった。

 彼の事を思い出し、そのリングが首から下がっていると思えば、セックスをしていなくともその愛しい人に抱かれている事を容易に思い出させられ、離れていても終始相手に抱かれているような錯覚に陥る。

 そんな隠微なリングを後生大事そうに首から下げているこの男は、よほど相手の事を愛しているという事だった。

 そしてそのリングを受けの首に着けさるような攻めの彼氏が束縛系だという事も言われなくともよく理解が出来た。

 そんな怪しいリングを首から下げている男に出会う奇跡が、どれ程の奇跡を繰り返したとしても、それが今これを逃したら多分もう二度と無かっただろう事も、お互いにそれだけは確信できた。

 だから二人は言葉を交わさずとも互い観察し合うだけで分かり合えてしまったのだった。

 それはまさに千載一遇であり、奇跡の出会いだった。

 そして雫もその彼も周りに気付かれないように遠慮がちに牽制しあいながらもお互いの事を話して聞かせた。

 そして短い昼休みはあっという間に終わってしまい、別れ難くなった二人はいつかまた再会を誓い合い、互いに背を抱きしめ合うくらいには心が通じ合っていた。

 そしてその彼との再会が…

 まさかピアスの穴を開けられる為に連れて行かれた歯科医院だった事も、奇跡といえば奇跡中の奇跡だった。


 しかもその彼の束縛系の恋人こそが、腕のいい歯科医と評判のいいという悠の懇意にしていた歯科医師だった事も幾重にも折り重なった奇跡だった。

 それだけ奇跡が重なり合えば、それは運命めいたものも、深い因縁めいたものも感じずにはいられなかった。

 だが雫はそれに何か一抹の不安も抱いていた。

 その予感は悪い事に的中してしまうのだった。



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