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プロローグ

赤ちゃんの卵(プロローグ・5)

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 悠のメール以来三枝さんからの連絡はいっさい無くなり、ようやく諦めてくれたものと思っていた僕は、まさか父と三枝さんとが繋がっている事に気付いてはいなかった。

 姉さんは僕と三枝さんの事は両親には黙っていてくれた。
 父はその事実を何も知らないのだからそれも当然と言ったら当然だった。
 うちと同じ病院経営をしている三枝家と繋がりを持ちたかった父は、露姉さんと三枝さんを見合いさせたのもその為だった。
 見合い自体は流れてしまったけれど、三枝さんの方から僕の血液恐怖症を直してあげたいと言われたら、何も断る理由もない。
 むしろ鴨がネギ背負って現れたというか、チャンスがまた向こうからやって来てくれたと思ったに違いない。
 それを額面通りに受け止めた父は三枝さんの言う通り夏休みの間、僕が三枝さんの別荘で過ごすように手配させ、彼の別荘に軟禁させてしまったのだった。

 僕の方もメールや電話は警戒していたものの、まさか本人が現れる事までは気が回らなかったのもいけなかったと思う。
 でもこの頃三枝さんは医者としてアメリカに修行に行っていると聞かされていて、日本に居ないという先入観が僕を余計迂闊にさせてしまったのだった。

 確かにこの時の僕はセックスのトラウマに関しては悠に上書きされていたけれど、医者の家に生まれた長男としては最悪の致命症である血液恐怖症の方はまだすこぶる健在だった。 

 三枝さんは悠との事は勿論知っていて、パソコンにウィルスを送ったのも悠だというのはバレていた。
 そして悠との事をネットに流されたくなかったら言うことを聞き、ひと夏自分の恋人になれと脅して来た。

 せっかく悠に上書きされたセックスのトラウマもまた初めからになってしまうだろうと僕の中には絶望しかなかったけれど、一度セックスの快感を覚えてしまった身体は、その快感を忘れる事はなかった。
 三枝さんに抱かれているのに僕の身体はそれを受け入れ感じててしまったのだった。

 気持ちは嫌なのに優しく愛撫されると快感は快感だと身体が勝手に感じてしまう。
 三枝さんに陵辱を受けている事より、感じてしまった事実の方がショックだった。

 そんな自分の淫乱な身体が心底恨めしかったし、そして悠には申し訳ないという罪悪感に苛まれていく。

 落ち込み食欲の無い僕に三枝さんは急に掌を返したように優しくなった。

 三枝さんには『抱かれてみればわかる事もある』って言われたけれど、僕は何度か三枝さんに抱かれ、確かに幾つか気付いた事があった。
 それによく観察していると三枝さんの人柄も見えて来た。

 そして分かった事は、三枝さんは僕が思っていたほどは悪い人ではないという事だった。

 ちゃんと僕の血液恐怖症の事を治すつもりでここへ連れて来た事も、それが僕に血液恐怖症を植え付けてしまった吉澤さからのお願いだった事も分かった。

 それに辿り着くまでは色々山あり谷ありだったけれど、抱かれてみたら三枝さんの戸惑いが伝わって来た。

 僕を手に入れてそれで満足して好き放題するかと思えば、吉澤さんへの想いに気付いてしまってからの三枝さんは僕に全く手を出して来なくなり、むしろ僕を遠ざけるようになってしまった。

 さすがに普段周りから鈍感だ天然だと言われる僕だって三枝さんの変化には気が付いてしまった。それくらいあからさまな変わりようだった。

 それでおかしいと思って逆にカマをかけたらようやく三枝さんは、僕の目の前に落ちて来た少年は三枝さんの幼馴染で親友の吉澤さんだった事を話してくれた。

 吉澤さんとは幼稚園からの仲だと言う、その彼に相談事があると言われた三枝さんは部活が終わったら話を聞くからと吉澤さんの話を後回しにしてしまい、その間に彼は思い詰めて僕たちが通っていた私立の学校校舎の屋上から飛び降り自殺をはかったのだった。

 その時、運悪く僕はその校舎の下を歩いていて中庭の樹々をかき分けるように落ちて来た吉澤さんの身体が微かに当たって地面に叩きつけられた。
 でも幸い当たった角度が良かったのと樹々がクッションになったお陰で直撃ではなかったから僕は打ち身程度で済んだ。
 だけどそれでもその時は痛くて動けなくて、でも意識だけははっきりあって、目を開いたらすぐそばまで吉澤さんから流れ出た血液が迫っていた。

 吉澤さんは目を見開きじっと僕の事を見ていた気がする。
 僕は必死に声を出そうとしたけれど迫って来る赤黒い液体にパニックになりそのまま意識を失ってしまった。

 血液恐怖症になったのもそれからだった。

 それだけじゃない、その付属の大学まである私立の学園には行けなくなってしまった。

 吉澤さんも三枝さんもその事が気になっていてずっと僕の力になりたかったらしい。

 そして吉澤さんも三枝さんも勘違いしていたのだった。

 確かに三枝さんが僕の事を好きだった事は事実らしいけれど、ずっと昔の事で僕がまだ幼い頃軽井沢のどこかの別荘でサロンパーティがあってその時出会って可愛い子がいるなって思ったその程度の事だった。
 ずっと見守って大きくなったらって思ったらしいけど、僕が吉澤さんの事故に巻き込まれて白鳥家の社交場からは遠のいてしまったからずっと会う事も無くて、露姉さんとのお見合いで焼け木杭に火が着いたらしい。

 でも、三枝さんの…本当の想い人は僕ではない事が彼も僕を抱いて分かったらしかった。



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