あやしがたり -般若姫-

華翔誠

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般若姫

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般若姫とは、炭焼長者の家に生まれた美しい女性である。
当時、朝廷の跡目争いに嫌気がさし、皇位を預け豊後国に身を寄せていた橘豊日尊(たちばなのとよひのみこと)は、般若姫の噂を聞きつけ、身分を隠し長者の家に住み込みで働くことになった。瞬く間に恋に落ちた二人は、長者夫婦にも祝福され結ばれた。
しかし、般若姫が子供を身ごもった頃に事態は急変する。
兄である敏達天皇が崩御したのだ。
橘豊日尊は、都に連れ戻されることになり、身重な般若姫は、真名野原に残る事になった。
橘豊日尊は、女の子が生まれた場合は、長者の跡取りに、男の子が生まれた場合は、共に都に来るように般若姫に伝えた。
娘の玉絵姫を無事出産した般若姫は、娘を両親に預けると千人の従者を引き連れ船で都へと向かった。
しかし、周防国田浦で暴風雨に巻き込まれ遭難。
地元の村人に介抱されるも19歳の若さで他界した。

彼女が村人に感謝し、井戸の傍に枝を指したところ、一夜にして、立派な柳の木になったという。
柳と井戸で、柳井という地名になったとの逸話が残っている。

「うさんくさいのう。」
新幹線の中、般若姫の話を聞いて日照様こと谷岡杏子が言った。
「いいお話じゃないですか。」
谷岡杏子が自問自答した。
「おぬし等、柳と井戸と聞いて何を思う?」
「幽霊ですか?」
夕禅字咲が答えた。
彼女の傍には、いつも白い毛玉がフワフワと浮かんでいた。人の顔より二回り小さいサイズだが、普通の人には見えない。
「それにの、周防の国なんぞ、般若姫の時代にありはせん。人は住んでおったろうが、普通の村人ではないな。」
「普通ではない、ですか・・・。」
「瀬戸内と聞いて何を思い浮かぶ?」
「海賊でしょうっ!」
元気よく谷岡杏子が自問自答した。
「伝説や伝承の類は、都合の良いものに書き換えらていくのが、世の常じゃからの。海賊共に嬲りものにされ、井戸に身でも投げたか、そういったことじゃろう。」
「まさか、それを恨んで幽霊に?」
「1500年前の事を今更のう。」
自問自答する谷岡杏子。
「将人は、何か知っておるのかえ?」
「いえ、何分、東京からは遠い山口県の事ですからね。」
「ほう。」
日照様こと谷岡杏子は、怪しむような目で神原将人を一瞥した。

一行はホテルに一泊し、柳井駅には翌朝早く到着した。
「本当だ、日照様の言う通り、般若姫らしきものが全然ない。」
谷岡杏子が駅周辺を見渡したが、それらしい物は何一つなかった。
「本当ですね。柳井市の由来なら、何かしらあってもよさそうですけど。」
夕禅字咲が言った。
彼女の傍には、フワフワと白い毛玉一つ浮かんでいる。
「ほれみろ、やましい事があるからに決まっておろう。」
日照様こと、谷岡杏子が自慢げに言った。
「これは手厳しいですね。」
そう言って現れたのは、今回の依頼者の市谷だった。
「どうも遠い所をわざわざすみません。地元で民俗学を研究している市谷と申します。」
市谷は一行に挨拶をした。
「やっぱり般若姫って、ここの海賊に襲われたんですか?」
谷岡杏子が、ずけずけと質問した。
「そう言った説もありますよ。何分当時のこの辺りには、海賊しか居ませんでしたし。そんな感じで、あまり般若姫で市をアピールという風潮も少ないです。」
「当時は、周防の国は無かったと聞いたんですが?」
夕禅字咲が聞いた。
「そうですね。周防の国は、用明天皇の時代に出来たと言われていますから、般若姫が没後に出来た国だと思いますよ。」
「用明天皇?」
「即位する前は、橘豊日尊という名でした。つまり、般若姫の夫ですね。」
「ほう、それは興味深いのう。」
日照様こと谷岡杏子が言った。
「それで、市谷さん。我々は何処へ?」
神原将人が市谷に聞いた。
「そうですね。まずは用明天皇が般若姫を弔うために建立した神峰山般若寺へ。」
一行は、市谷が運転する車に乗り込み般若寺へと向かった。
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