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「クロスさん、おはようございます」
「ああ、おはよう」
「今日は一段とスッキリと起きれました」
「そうか?なら、良かった」

 ローランが訪れ、そして正式に別れを告げたアデリーナは今日は一段と目覚めのいい朝であった。彼女にとって彼が来ることはずっと前から分かっていた。いつ来るのか分からないし、強引に連れられたらと思うと少しの恐怖がずっとあった。しかし、その恐怖が完全に終わりを迎えるずっと背中に背負っていた感情がふっと消え、清々しい気持ちになったのだった。

「今日からまた公務だ。今度はイラスに行く」
「承知しました」
「イラスは裁縫で有名な場所である。現に今私が着ている服もイラス地区にある工房で仕立ててもらった」
「そうなのですか」
「ああ。ただ、近頃家畜を襲う獣が大量に発生していると聞く。なんでも元々森にいた獣たちが街に降りてくるようになったらしい」
「なるほど。それは大変ですね。では、早速行きましょうか」

 いつもの日常を取り戻し、早速イラス地区に行くことにした。クラベン地区とハース地区に比べて、イラス地区は近くにある地区でもある。朝に移動しても昼前には着くだろう。

「クロスさん」
「どうしたんだ?」
「あなたは私を信じてくれますか?」
「当たり前だろう。ここまでこの国に貢献してくれたのだ。信じないわけがない」
「そうですか。それならいいのです」

 彼女はローラン公爵に信じた自分が馬鹿であったと言われた。あの時まで彼はアデリーナを信じていたわけだが、あのようにあっさりと裏切れてしまう。クロスもまた聖女を必要としなくなり代役が現れたのなら、裏切るのかもしれないと過去の経験からそういう考えに至ってしまった。

「それに最初に契約を結んだはずだ」
「確かにそうでしたね。『何でも屋』としての仕事を今しているのでした」
「忘れては困るな。以前はそれをチラつかせて私のことを脅していたくせに」
「今はそんなことしませんよ」
「君が不利な立場になったら、またしてきそうだな」
「しませんって。そんなに疑うのでしたら、いいですよ。もうその契約書はなかったことにしても」
「そう言って逃げる気か?」
「そういうわけではないです。あなたも分かっているでしょう?」
「正式に聖女として迎えるということだろう。そんなこと知っている」

 彼は知っていてもなお、彼女に恥を欠かせたかった。

「そろそろ着く。準備しておけ」
「分かりました」

 シライアに戻らないと決めたアデリーナはデラートに居残り続けるだろう。そうなると、アデリーナを正式に聖女として迎えるべきだというのは至極当然である。しかし、それがどういう意味を持つか二人は知っている。だから、答えを急がずに時間が過ぎるのを待っていた。

「これが終わったらゆっくり話せばいい」

 イラス地区。その地区の街の面影が見えた時、クロスはそう小さく呟いたのだった。
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