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「ここがお家だよ」
「男爵ということだけあって、家は流石に大きいですね」
この家の大きさというのは大使館と良い勝負ができるほどだろうか。貴族であるからにしてしっかりとした佇まいである。
「おお、公爵様」
子どもは扉をノックもせずにズカズカと入っていく。自分の家であるから別に構わないのだが、後ろにいた二人にとって急に入られると困ってしまう。案の定、扉を開けたすぐ近くには思いの外若い男爵がいた。走ってきた子どもをすぐに抱きかかけて扉の方に視線をやると公爵と付き添いがいることにはさぞかし驚いたことであろう。
「どうしてこちらに?」
「公務でこの地区に来たついでに挨拶をしておこうと思ってな」
「あぁ、そうですか。まぁ、入ってください」
降ろしてーと叫ぶ子どもを無視して、二人を入れた男爵。アデリーナは彼とは面識がなかった。貴族が集まるパーティーでも見たことがない。彼女は記憶力がいいほうであり、忘れることはないのだが、何か参加できなかった理由でもあるのだろうか。
「随分と懐いているようですが、あなたは?」
「私はアデリーナと申します。この子とは公園であって遊ばせてもらったので、仲良くなりました」
「そうなんですか」
アレックスに降ろしてもらった子はどこかに行き、そのすぐにまた戻ってくるとアデリーナの横に座って彼女の手をいじり始めた。
それに彼はアデリーナという名を聞いてあまりピンと来ていない様子だった。聖女の名前はかなり遠い国でも名を馳せる。しかし、それを知らないのは少し妙であった。
「あなたは男爵になってから日が浅いのですか?」
「そうです。ただ、どうしてそれを?」
「私はあなたのことを知りませんでしたし、あなたも私のことを知らないようでしたので」
「えっと、あなたは一体」
「私はシライアという国で元々聖女をしていた者です。今はこの国で聖女をしています」
「なんと」
男爵は驚きのあまりそれしか口に出せなかった。
「あなたのことについても聞かせてもらっていいですか?」
「ええ、いいでしょう。実は私が男爵になったのはここ半年前のことで、その前までは父が男爵をしておりました。それに住んでいるところもここではなく、カーサ地区でした。しかし、ある日、父親は何者かによって暗殺され、私が男爵になると公爵がカーサ地区にいるのは危険だと言って、この地区に住まわせたのです」
「そうだったのですね。それはお気の毒に」
彼女にとって予想していなかったことだが、これも廃れてしまった国の末路であるのだろう。それでも公爵の判断は正しいと思う。でなければ、彼ですら殺されていたかもしれない。
「もうお帰りになるのですか?」
「いや、一週間はここにいるつもりだ」
「でしたら、客人用の部屋があるのでそこに泊まっていってください」
「そんな。悪いだろ」
「いえ、ただの恩返しだと思ってください」
二人にとってそれはいい提案だった。今日もまた宿を取ってそこで過ごすよりもふかふかのベッドで自由が許されているこの家で泊まるのはいいものである。しかし、彼は一旦は断る。ここは宿ではなく、男爵の家である。そんなこと出来ないと思った。男爵にも妻がいて子どももいるわけで、水入らず過ごしたいことだろうと思ったからだ。しかし、彼はこれを恩返しだと言った。あの時、すぐに引っ越すように判断した公爵には恩尽きない。今平穏無事に暮らしているのも彼のおかげなのだと思っている。
「では、その厚意を受け取ろう。ただ、邪魔はしない。いつも通り過ごしてくれ」
「ええ。今、部屋に案内します」
クロスはその厚意を甘んじて受けて早速部屋に案内させてもらう。客人用の部屋であるが、思っていたよりも部屋は広く、肝心のベッドはダブルベッドであった。
「もしかして、二人で泊まるのですか?」
「ええ。客人用の部屋はこれしかないので」
「なるほど」
彼女としてはそこをあまり問題視するというわけではないが、二人で寝るということがあまり考えられなかった。いつもどちらかが机で突っ伏して寝ている。それはベッドが小さいからであり、その言い訳は今通用しなそうになかった。
「ありがとう。一週間よろしく頼む」
「ええ。こちらこそ」
こうして、宿を確保してこの地区のために奔走する毎日が始まった。
「男爵ということだけあって、家は流石に大きいですね」
この家の大きさというのは大使館と良い勝負ができるほどだろうか。貴族であるからにしてしっかりとした佇まいである。
「おお、公爵様」
子どもは扉をノックもせずにズカズカと入っていく。自分の家であるから別に構わないのだが、後ろにいた二人にとって急に入られると困ってしまう。案の定、扉を開けたすぐ近くには思いの外若い男爵がいた。走ってきた子どもをすぐに抱きかかけて扉の方に視線をやると公爵と付き添いがいることにはさぞかし驚いたことであろう。
「どうしてこちらに?」
「公務でこの地区に来たついでに挨拶をしておこうと思ってな」
「あぁ、そうですか。まぁ、入ってください」
降ろしてーと叫ぶ子どもを無視して、二人を入れた男爵。アデリーナは彼とは面識がなかった。貴族が集まるパーティーでも見たことがない。彼女は記憶力がいいほうであり、忘れることはないのだが、何か参加できなかった理由でもあるのだろうか。
「随分と懐いているようですが、あなたは?」
「私はアデリーナと申します。この子とは公園であって遊ばせてもらったので、仲良くなりました」
「そうなんですか」
アレックスに降ろしてもらった子はどこかに行き、そのすぐにまた戻ってくるとアデリーナの横に座って彼女の手をいじり始めた。
それに彼はアデリーナという名を聞いてあまりピンと来ていない様子だった。聖女の名前はかなり遠い国でも名を馳せる。しかし、それを知らないのは少し妙であった。
「あなたは男爵になってから日が浅いのですか?」
「そうです。ただ、どうしてそれを?」
「私はあなたのことを知りませんでしたし、あなたも私のことを知らないようでしたので」
「えっと、あなたは一体」
「私はシライアという国で元々聖女をしていた者です。今はこの国で聖女をしています」
「なんと」
男爵は驚きのあまりそれしか口に出せなかった。
「あなたのことについても聞かせてもらっていいですか?」
「ええ、いいでしょう。実は私が男爵になったのはここ半年前のことで、その前までは父が男爵をしておりました。それに住んでいるところもここではなく、カーサ地区でした。しかし、ある日、父親は何者かによって暗殺され、私が男爵になると公爵がカーサ地区にいるのは危険だと言って、この地区に住まわせたのです」
「そうだったのですね。それはお気の毒に」
彼女にとって予想していなかったことだが、これも廃れてしまった国の末路であるのだろう。それでも公爵の判断は正しいと思う。でなければ、彼ですら殺されていたかもしれない。
「もうお帰りになるのですか?」
「いや、一週間はここにいるつもりだ」
「でしたら、客人用の部屋があるのでそこに泊まっていってください」
「そんな。悪いだろ」
「いえ、ただの恩返しだと思ってください」
二人にとってそれはいい提案だった。今日もまた宿を取ってそこで過ごすよりもふかふかのベッドで自由が許されているこの家で泊まるのはいいものである。しかし、彼は一旦は断る。ここは宿ではなく、男爵の家である。そんなこと出来ないと思った。男爵にも妻がいて子どももいるわけで、水入らず過ごしたいことだろうと思ったからだ。しかし、彼はこれを恩返しだと言った。あの時、すぐに引っ越すように判断した公爵には恩尽きない。今平穏無事に暮らしているのも彼のおかげなのだと思っている。
「では、その厚意を受け取ろう。ただ、邪魔はしない。いつも通り過ごしてくれ」
「ええ。今、部屋に案内します」
クロスはその厚意を甘んじて受けて早速部屋に案内させてもらう。客人用の部屋であるが、思っていたよりも部屋は広く、肝心のベッドはダブルベッドであった。
「もしかして、二人で泊まるのですか?」
「ええ。客人用の部屋はこれしかないので」
「なるほど」
彼女としてはそこをあまり問題視するというわけではないが、二人で寝るということがあまり考えられなかった。いつもどちらかが机で突っ伏して寝ている。それはベッドが小さいからであり、その言い訳は今通用しなそうになかった。
「ありがとう。一週間よろしく頼む」
「ええ。こちらこそ」
こうして、宿を確保してこの地区のために奔走する毎日が始まった。
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