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「アデリーナ、おはよう」
「ええ、おはようございます」

 皇居で体を休ませるために数日休むことになったが、彼女はその間に庭の手入れをする趣味を増やした。皇居に帰って一日目は大人しくしていたもののやはり一日中何もしないというのは暇するもので公爵にお願いして庭の手入れをさせてもらうことになった。

 本来、この皇居が建築された当時も庭師がいて何年かは綺麗に手入れされていたわけだが情勢が厳しくなると庭師がいなくなってしまい、ずいぶんと放置されたままであった。枯れた木や花が絨毯のようになっていて見ていて心が寂しくなる。彼女は侍女と共に一日かけて庭を掃除し、庭に花を咲かせて手入れすることにした。

 今は庭本来の美しさを取り戻し、彼女は水やりをしているところだった。

「もしかして、もうそろそろ出発しますか?」
「ああ、そのつもりでいる」
「分かりました。次はハース地区でしたよね」
「ああ。と言ってもそこはすぐに終わるだろうな」
「どうしてですか?」
「その地区は他の国から支援してもらっている場所だからな。話し合いをすればいいだけだ」
「そうなんですか。他に問題がなければいいですね」

 すっかり日課となった庭の手入れを終えて、また公務に戻ることにした。

 次に行く地区はハースであるが、クロスが言うようにそこは隣国のワードという国が支援している。ただ、支援の手は止まりかけていた。クロスもそれは十分に分かっている。だから、今回の話し合いではしっかりとした成果を掴み取りたいと思っている。

 ハース地区は少々遠いところにあり、昼を過ぎたあたりで到着した。

「こちらは思いの外廃れているという感じはないですね」
「これも支援してもらっているおかげだろうな」

 ハース地区はクラベン地区よりも緑があり、視界的にはそんな廃れているほどではなかった。建物も多く、街としてちゃんとしていた。そのため、この街に深刻な問題があるようには見えなかった。

「ここが国の大使がいる家ですか?家というよりも屋敷ですね」
「国のお偉いさんだからな。これくらいのことはしないとすぐに帰ってしまう」

 彼に連れられた場所はやはり他の家よりも大きく、その大きさは屋敷と言っていいほどであった。玄関前には花が咲いており、彼女はそれを見てシライアの別荘を思い出す。行く機会の少ない別荘でも確かに彩り豊かであった。

「どうしたんだ?」
「いえ、なんでも。ただ、嫌な過去を思い出しただけです」
「あまり気を落とさないでくれ」

 あの公爵との思い出は今となっては穢れである。彩り鮮やかであったあの花も今モノクロで褪せてしまっている。

 クロスは彼女に寄り添いながら、屋敷の中へと歩んだ。

「すまない、待たせていただろうか?」
「いえ、そんなことは。ただ、お出迎えをしようと思いまして」

 扉を開けるとすぐにスーツを着込んだ男性が出迎えてくれた。髭から少し出した口は少しの笑みを浮かべているが、何かに警戒しているようで目は全く笑っていなかった。

「今日は私と彼女だけで来た。そんなに警戒する必要はない」
「そうですか。ただ、今でも思い出しますよ。この家ができてから一週間も経たない頃に地域の人がここに押し寄せてきたことを」
「あれは私の責任でもある。あの時はすまなかった」
「今ではお利口なのでいいのですけれどね」

 彼女はそのことを知らないからただ愛想笑いするしかないのだが、警戒する必要がないと分かったのか彼も自然体へと戻った。

「それでは部屋に案内したいのですが、彼女を外で待たせてもいいですか?」
「どうしてだ?」
「外交にあなた以外は不要ですので」
「ただ、彼女もかなり重要な……」
「クロスさん、私は外で待っています。私は気にせずに気が済むまで話し合ってください」

 彼女がいると言えないこともあるだろう。スムーズに話し合いを進めるために部外者の彼女はいない方がいい。彼女はそう思い、大人しく外で待つことにした。彼女自身も間近で彼の外交の敏腕ぶりを見届けたいと思っていたがこれは仕方がないことだ。部屋に入る二人を見届けて彼女は屋敷の花を見て時間を潰すことにした。

「かなり手入れされてるみたいですね」

 家前にある花を触れてはその美しさにただ感嘆するばかりである。彼女もシライアにいたことは聖女の仕事以外に本を読むことについで、花の手入れは趣味の一つであった。だから、こうして綺麗な花を見ると心地が良くなる。

「誰が手入れしているのでしょうか」

 あの大使であったら、面白いと彼女は思う。あの厳つい見た目からは想像できないが、そうであるのなら、この花のことも一つの会話のネタになると思う。

 屋敷を一周して花を見るだけではどうしても時間がかからない。まだ話し合いも終わっていないようだし、彼女は一足先に街を見て回ることにした。
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