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少しの静寂は皇居に近づくにつれて薄れ、会話とこの国のことについて話しているとすぐに皇居へと着いた。
皇居が見えるほどに近くなると皇居の前で騒がしくしている人も見える。グシャグシャになった何かを囲むように騒ぐ民衆にアデリーナは若干の恐怖を覚えた。
「あれは何をしてるのですか?」
「あそこにあるのはデコイの馬車だった。そこに私がいると勘違いした人がその馬車を壊したのだろう」
「あの人たちは何に怒っているのでしょうか」
「私が辞めないことに怒っているのだろうな」
「後継者はいるのですか?」
「まだいないな。子を授かった私の元妻もいつの間にか亡命してしまった」
「では、あの人たちはあなたが辞めた後の穴埋めを誰に任せるのでしょうか」
彼女にはまだ理性があり、感情で動いてはいない。後継者のいない公爵が去ると次に国を仕切るのは誰になるのか。少し考えてみれば分かるはずだが、現状が終わってしまっている彼らにその考えを持つ余地はないようだ。
「裏庭から行こう。そこはあまり人目がつかないので」
「はい、分かりました」
彼女と彼は慎重に正門ではなく、裏庭の方を通り、皇居の中へと入った。灯りを節約しているのか、皇居の中は暗く、人がいる気配は微塵も感じなかった。まさか、彼女も自身がこれから住まう家に入るため、慎重に行かなくてはいけないとは思いもしなかった。
「では、早速対策を考えましょう。この国の地図を広げてください」
「あぁ、分かった」
公爵の部屋で二人っきりの作戦会議が今始まった。クロスはアデリーナに言われた通りに、テーブルを埋めてしまうほど大きいこの国の全体図が分かる地図を広げる。
「とりあえず、分かりやすいように地区ごとに分けましょうか」
「そうだな」
公爵は操り人形の如く彼女の言うことに従順に従い、この国にある四つの地区の境界を分かりやすくするように色をつけた。
「次は各地区の問題点をまとめていきましょうか。このクラベンと言う地区の問題点とはなんでしょうか?」
「ここは地区の中で唯一湖がない。だから、農業で食料を確保することは難しいと言うところだろう。聖女が先程までいた地区もここだから、その現状はきっと分かると思う」
彼女はその言葉を聞いて、確かにあの場所というのは乾いた土地であったことを思い出す。
「私がいた村限定の話になるかもしれませんが、一部川が流れているところがありました。そこから濾過して飲み水に変えることは出来ましたが、その川はどこから流れているのでしょうか」
「隣のハース地区とクラベン地区にまたがる鉱山からだったはずだ。しかし、その水には鉱石の有害な成分や毒があったはずだ。一般的には飲み水や農業用の水としては使えない」
「聖女の力は万能です。その飲むことが出来ないような水ですら飲み水に変えてしまう」
「ここまできたらその聖女の力とやらが魔法と言わざるを得ないな」
「私自身も聖女の力というのに詳しくはありませんが、人を助けるために使うだけというのは分かります。私が聖女になったのだから、人々を助けないといけないというわけです」
何でも意のままにしてしまう謂わば魔法のような聖女の力。この力があれば悪用さえ出来るし、国を乗っ取ることだって容易い。しかし、聖女の不祥事を聞かないのは類稀なる自己犠牲の精神によるものである。聖女の力を持った人は皆、この力を使って人を助けたいと真っ先に思う。それが先天性のものなのか聖女になったからなのかは分からないが、少なくともそれを悪用するという考えは毛頭ない。
「初めにクラベン地区の問題を解決しに行きましょう。使える水を増やせばいいのですよね?それと他に隠れている問題があるかもしれません。現地に行って確かめたほうがいいでしょうね」
「あぁ、明日にでも行ってみよう」
「私もそれに同行します。自分の目で確かめておきたいので」
「そうしてくれると助かる」
「それでは会議のほどはこれでいいでしょう。明日またクラベン地区に行くこと。それと地区の問題点をこの目でしっかりと見ること。それが明日の目標でしょうか」
「あぁ、そうだな。ところで、ここに来てまだ部屋を紹介していなかったな。空き部屋がいくつかあったはずだ。ひとまず、そこに案内しよう」
「そうでしたね。では、お願いします」
クロスに連れられ、延々と続くような暗い廊下を歩き、公爵の部屋から大体真反対の部屋に案内される。部屋の明かりのスイッチを押すと少しばかり時間をかけてから部屋の明かりがついた。
空き部屋は空き部屋でもそこはただ単純に使われていないだけで掃除は行き渡っていた。
「ありがとうございます。ただ、電気はつけなくても構いません。ろうそくがあれば私は生活出来ますので」
「客人にそんなことをするのは気が引ける」
「私の要望が聞けないのなら、『何でも屋』としての依頼は白紙になりますけどいいんですか?」
「それを引き合いに出すとは。分かった。後で持ってくる」
前の国では薄暗い部屋に引きこもっていた彼女にとって電気の灯りは少々明るすぎる。手元を照らすほどの光さえあれば問題ない。
公爵がろうそくを持ってくるために一度外を出ると彼女は窓際にある机に持ってきた荷物を置いた。彼女の荷物というのは極端に少ない。何冊かの本と紙とペン。そして、クロスからもらった地図だけである。それをバッグの中から取り出し、机に広げる。クラベン地区が書かれた地図を指先で確かめるようにゆっくりとなぞる。
「今日から私がこの国の聖女です」
なぞられた部分が淡い光を発する。彼女はこの国の聖女となることを認めた瞬間であった。
「ん?どうしたのですか?」
「すまない。見惚れていた」
「そんな直接的に言わなくても。ただ、これが仕事なだけですから気にしないでください。それよりもろうそくありがとうございます」
「あぁ。後で侍女に食事を運ばせる。それまで、ゆっくりしていてくれ」
「はい、そうします」
皇居が見えるほどに近くなると皇居の前で騒がしくしている人も見える。グシャグシャになった何かを囲むように騒ぐ民衆にアデリーナは若干の恐怖を覚えた。
「あれは何をしてるのですか?」
「あそこにあるのはデコイの馬車だった。そこに私がいると勘違いした人がその馬車を壊したのだろう」
「あの人たちは何に怒っているのでしょうか」
「私が辞めないことに怒っているのだろうな」
「後継者はいるのですか?」
「まだいないな。子を授かった私の元妻もいつの間にか亡命してしまった」
「では、あの人たちはあなたが辞めた後の穴埋めを誰に任せるのでしょうか」
彼女にはまだ理性があり、感情で動いてはいない。後継者のいない公爵が去ると次に国を仕切るのは誰になるのか。少し考えてみれば分かるはずだが、現状が終わってしまっている彼らにその考えを持つ余地はないようだ。
「裏庭から行こう。そこはあまり人目がつかないので」
「はい、分かりました」
彼女と彼は慎重に正門ではなく、裏庭の方を通り、皇居の中へと入った。灯りを節約しているのか、皇居の中は暗く、人がいる気配は微塵も感じなかった。まさか、彼女も自身がこれから住まう家に入るため、慎重に行かなくてはいけないとは思いもしなかった。
「では、早速対策を考えましょう。この国の地図を広げてください」
「あぁ、分かった」
公爵の部屋で二人っきりの作戦会議が今始まった。クロスはアデリーナに言われた通りに、テーブルを埋めてしまうほど大きいこの国の全体図が分かる地図を広げる。
「とりあえず、分かりやすいように地区ごとに分けましょうか」
「そうだな」
公爵は操り人形の如く彼女の言うことに従順に従い、この国にある四つの地区の境界を分かりやすくするように色をつけた。
「次は各地区の問題点をまとめていきましょうか。このクラベンと言う地区の問題点とはなんでしょうか?」
「ここは地区の中で唯一湖がない。だから、農業で食料を確保することは難しいと言うところだろう。聖女が先程までいた地区もここだから、その現状はきっと分かると思う」
彼女はその言葉を聞いて、確かにあの場所というのは乾いた土地であったことを思い出す。
「私がいた村限定の話になるかもしれませんが、一部川が流れているところがありました。そこから濾過して飲み水に変えることは出来ましたが、その川はどこから流れているのでしょうか」
「隣のハース地区とクラベン地区にまたがる鉱山からだったはずだ。しかし、その水には鉱石の有害な成分や毒があったはずだ。一般的には飲み水や農業用の水としては使えない」
「聖女の力は万能です。その飲むことが出来ないような水ですら飲み水に変えてしまう」
「ここまできたらその聖女の力とやらが魔法と言わざるを得ないな」
「私自身も聖女の力というのに詳しくはありませんが、人を助けるために使うだけというのは分かります。私が聖女になったのだから、人々を助けないといけないというわけです」
何でも意のままにしてしまう謂わば魔法のような聖女の力。この力があれば悪用さえ出来るし、国を乗っ取ることだって容易い。しかし、聖女の不祥事を聞かないのは類稀なる自己犠牲の精神によるものである。聖女の力を持った人は皆、この力を使って人を助けたいと真っ先に思う。それが先天性のものなのか聖女になったからなのかは分からないが、少なくともそれを悪用するという考えは毛頭ない。
「初めにクラベン地区の問題を解決しに行きましょう。使える水を増やせばいいのですよね?それと他に隠れている問題があるかもしれません。現地に行って確かめたほうがいいでしょうね」
「あぁ、明日にでも行ってみよう」
「私もそれに同行します。自分の目で確かめておきたいので」
「そうしてくれると助かる」
「それでは会議のほどはこれでいいでしょう。明日またクラベン地区に行くこと。それと地区の問題点をこの目でしっかりと見ること。それが明日の目標でしょうか」
「あぁ、そうだな。ところで、ここに来てまだ部屋を紹介していなかったな。空き部屋がいくつかあったはずだ。ひとまず、そこに案内しよう」
「そうでしたね。では、お願いします」
クロスに連れられ、延々と続くような暗い廊下を歩き、公爵の部屋から大体真反対の部屋に案内される。部屋の明かりのスイッチを押すと少しばかり時間をかけてから部屋の明かりがついた。
空き部屋は空き部屋でもそこはただ単純に使われていないだけで掃除は行き渡っていた。
「ありがとうございます。ただ、電気はつけなくても構いません。ろうそくがあれば私は生活出来ますので」
「客人にそんなことをするのは気が引ける」
「私の要望が聞けないのなら、『何でも屋』としての依頼は白紙になりますけどいいんですか?」
「それを引き合いに出すとは。分かった。後で持ってくる」
前の国では薄暗い部屋に引きこもっていた彼女にとって電気の灯りは少々明るすぎる。手元を照らすほどの光さえあれば問題ない。
公爵がろうそくを持ってくるために一度外を出ると彼女は窓際にある机に持ってきた荷物を置いた。彼女の荷物というのは極端に少ない。何冊かの本と紙とペン。そして、クロスからもらった地図だけである。それをバッグの中から取り出し、机に広げる。クラベン地区が書かれた地図を指先で確かめるようにゆっくりとなぞる。
「今日から私がこの国の聖女です」
なぞられた部分が淡い光を発する。彼女はこの国の聖女となることを認めた瞬間であった。
「ん?どうしたのですか?」
「すまない。見惚れていた」
「そんな直接的に言わなくても。ただ、これが仕事なだけですから気にしないでください。それよりもろうそくありがとうございます」
「あぁ。後で侍女に食事を運ばせる。それまで、ゆっくりしていてくれ」
「はい、そうします」
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