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1章 |僥倖《ぎょうこう》と|邂逅《かいこう》

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-紫苑Side-

地元福岡の高校を卒業し、デザイナーになるため上京してから早二年。

今日は久しぶりに予定がなかったので、昨日たまたま観た散歩番組の影響を受けて1人ぶらり散歩することにした。

場所は十条銀座商店街。

東京三大銀座の1つに入るほど大きな商店街で、私の通う専門学校の近くにある。

クローゼットを開けて服を選ぶ。

頭の中でイメージをして、フレアスリーブのオーガンシースルーブラウスにハイウェストスカートとミニブーツにした。

専門学校の合格祝いにお母さんからもらったショルダーバッグを肩にかけて駅に向かう。

今日は快晴という感じではなかったけれど、暑くもなく寒くもない春らしいすごしやすい日。

最寄駅の東池袋からメトロに乗って池袋に乗り換える。

この辺は相変わらずの人混みで酔いそうになる。

乗り換えの駅へ向かう途中、
「すみません、ちょっとだけいいですか?」

背後にいた恰幅かっぷくの良いスーツ姿の男性から声をかけられた。

何か困っているのかなと思い、足を止めてその男性の方を向く。

目が合うと口調が変わった。

「お姉さん超美人だね。スタイルも良いし、お姉さんくらい美人だったらタレントとしてすぐ活躍できるよ。タレントに興味がなくても給料の良いバイトもたくさん紹介できるし」

胡散うさん臭い。

このパターンのスカウトは芸能界と偽ってキャバクラや風俗の世界に連れて行かれる流れだ。こんなの事前に事情聴取済み。
私は芸能人になるために上京したわけじゃない。

「急いでるんで」

冷たくあしらってイヤホンをつけて乗り換え方面へと足早に進む。

背後から「チッ」という舌打ち音が聞こえた気がしたけれど、『芸能界』や『お金』というワードだけで女子が簡単に引っかかると思わないでほしい。

埼京線に乗って十条駅北口改札で降りる。

駅前の工事が進むなか、アーケードの入り口を入ると多くのシニアの人たちや地元の人たちが歩いている。

携帯ショップや薬局を抜けた先の十字路を曲がったところの店に行列ができていた。

あれは何だろう?

見に行くと、
『チキンボール1個10円』というポップが目に止まった。

10円という安さにも驚いたけれど、チキンボールという名前を聞いたことがなかったのでネットで調べてみた。

粗挽きの鳥の挽肉と雪花菜おからが混ざったもののようだ。

「いらっしゃい」
店員さんの明るい声が私の身体を包み込む。

「すみません、チキンボールください」

「いくつ欲しいんだい?」

初見だったため控えめな数にした。

「じゃあ10個ください」

「あいよ、毎度あり」

実際に食べてみるとふわふわとしていてあっという間になくなってしまった。

並んだ甲斐があった。

そういえば朝から何も食べていなかったので、お腹の中が中途半端になってしまった。

久しぶりにラーメンを食べたい気分。

そう思っていると、ちょうど中華そば屋のショーケースに並ぶラーメンのサンプルを見つけた。

そこは関東圏では有名なチェーン店らしいのだけれど、私は行ったことがなかった。

口の中は完全にラーメンを求めていたので一切の逡巡しゅんじゅんもなく店内に入った。

店内には、野球帽を被ったお爺ちゃんがビールを飲みながら餃子を食べ、向かいには土建の人たちがラーメンとチャーハンを食べていた。

その姿を見て、とんこつラーメンと半チャーハンのセットを頼んだ。

上京してからラーメンを食べる機会が極端に減った気がする。

プライドが邪魔しているとかそういうことではなくて、大都会の刺激に興味と好奇心が追いついていないだけ。

毎週のように新しいお店の情報がやってくるから、行きたいところリストが溜まり続けていく。

久しぶりに食べたとんこつラーメンに感激しながら店を出る。

外の空気が気持ち良かったので、少し散歩することにした。

目的地は設定せず、地図も見ない完全なぶらり旅。

カフェでコーヒーをテイクアウトしてのんびり歩く。

この辺は東京とは思えないくらい長閑のどかで落ち着く。

坂を越えたあたりで日が落ちてきた。

もうこんな時間?
ずっと歩いていたのでそろそろ休憩場所を探そうと思っていた矢先、『滝沢商店』と買いてある駄菓子屋を見つけた。

自動販売機の横には使い古された様子でところどころ色落ちしているが、晴れた日の空のような鮮やかな水色のベンチが店の外に置いてある。
その横にはゲーム機のようなものも置いてあって、まさに昭和レトロって感じ。

ばりエモい。

外観を撮ってSNSにアップした。

店内を覗くと、アイスが敷き詰められたショーケースが見えたので早速入った。

私は昔からアイスが大好き。
アイスだったら毎日食べられるくらい好き。

何でそんなに好きなのか聞かれたら困っちゃうけれど、とくに理由なんてない。

私にとってアイスはなくてはならないもの。

「どれも美味しそう」

他の駄菓子には目もくれず、フロントガラス越しにアイスを選別する。

冷静になってみると、駄菓子屋に1人ガラスを見つめながらアイスを選ぶ姿は、店内の少女たちよりも少女かもしれない。

迷いに迷った結果、当たりつきのバニラ味の棒アイスを買うことにした。

レジ横に立っていた店主らしき白髪のお婆さんに商品を渡して会計を済ませる。

お婆さんは無言のままだったがやけに目つきが鋭く怖かった。

(私、何かしたかな?)

いぶかしんでいても仕方ないので外のベンチに深く腰掛ける。
ふと顔を上げると、目の前に大きな公園が見えた。

「ここは……」

地元の大濠おおほり公園を思い出した。

実際には全然似ていないけれど、なぜか既視感に近いものを感じた。

お祭りやイベントがある度によく遊びに行っていた場所。

公園をずっと眺めていると、急に不安が襲ってきた。

(私、このまま東京でやっていけるのかな……)

地元が恋しくなった。

愛犬のノアは元気かな?

アイスを食べながら軽いホームシックになっていると、お婆さんが店のシャッターを下ろす準備をしている。

もう閉店の時間?

スマホで時間を確認すると、夕方の6時を回っていた。

すると、革靴のコツコツという音がこちらに近づいてくる。

音の方を向くと、ツーブロックに黒縁のハーフリム眼鏡と顎髭あごひげを生やした男性がいた。

セットアップのグレースーツにYシャツから透けて見えるライトグリーンのインナーが強面の印象を柔和にゅうわさせている。

何よりもスタイルが良かった。

私もスタイルには気を使っている方だけれど、彼の痩躯そうくさはモデルのよう。

左手には小さめのバッグを持ち、高そうなシルバーの時計をしている。

『ミナミの帝王』のような目つきで歩く姿に少し驚いたが、よく見ると精悍せいかんな顔立ちをしている。

その彼と一瞬目が合い、店内に入っていった。

なんだろう、この気持ち。

恐怖感とかじゃない胸がざわつく感じがした。

少し経つと、彼は大きなビニール袋を持って去っていった。

地元の人かな?
もしそうならおすすめのスポットとか聞けたかも。
なんて、いきなり話しかける勇気などない。
そんなことしたらチャラい女って思われるかもしれない。

でも、この胸の高鳴りはなんだろう。

頭の中で色々考えていたらなんか疲れた。

今日は色々巡れたしもう帰ろう。

夕日を浴びた店はとてもノスタルジックだったので、外観をもう一度撮って帰宅した。
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