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第二章 襲来、王者の剣!
〈4〉遭遇
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「「「「すみませんでした……」」」」
正座の姿勢から、湯面に顔が浸るのも構わずに頭を下げる四人の前で厳かに頷いた姫芽香は、ようやく怒気を鎮めてくれる。
「まったくもう……それにしても、こうしてまた剣道部として行動する日が来るとは思わなかったわ」
細い腕にかけ湯をしながら、姫芽香が噛みしめるように呟いた。言葉にこそしないが、優しく李桃に向けた視線には、感謝の意が込められているようにも見える。
「でも、みんなはよく剣道に手を出そうと思ったわね」
「ん、李桃の勘違いのおかげ」
「それは言わないで!?」
慌てて飛びかかるが、水中だというのに華麗に躱してみせた咲の口から「剣道三倍段」という言葉が紡がれてしまう。それだけで大筋を把握したらしい姫芽香は、満面の半笑いだった。
「まったく、モモちゃんらしいわね。では問題よ、『遠山の目付』とは?」
「ふっふっふ、いくら何でもそれはバカにしすぎだよ。ずばりっ、遠くの山から見下ろすように、首を引いて、相手の全体を見ることっ!」
「……逆よ」
姫芽香の嘆息に、初心者たち三人からも頷きが返される。
「『遠くの山を見るように』全体を観察すること。……何でかしら、剣道歴が長いのに」
「だっ、大体は合ってたもん!」
「いやいやモモっち、全然違うって」
「そうですね。俯瞰から一つのものを見ても、結局注視してしまっていることになりますし」
「視野が、違う」
遠山の目付とは、剣道や居合でよく教えられる言葉で、似たようなものに『観の目』というものがある。しかし、直接的な言葉がないだけで、他のみんなにも心得はあるのだろう。
たたみ掛けられるような追撃でズタボロにされた李桃は、蹲ってしゃくり上げていた。
「ううっ……そ、それよりもみんながみんなの武術を始めた理由の方を聞こうよっ!」
「そうね、私も気になるわ。特に瑠璃と翡翠は、どうして姉妹で毛色の違う武術を?」
問われ、瑠璃が照れくさそうにはにかむ。翡翠も同様に、柄にもなく膝を擦り合わせていた。
「わたしたちは茨城から山形に越してきましたが、その前――幼稚園の頃までは北海道にいたんです。向こうでは寒い時に『しばれっかいね』なんて方言を使ったりするのですが、それが茨城に越してから、笑われる原因となってしまって」
「自分たちだって方言使ってるクセにねー」
頬を膨らませた翡翠に、瑠璃が窘めるような困ったような、姉の視線を向けた。
「相手は男の子の集団だってので、どうしよう、お姉ちゃんが守らなきゃ……と。棒を拾ってきて対抗したのが始まりなんです」
そう言ってちろっと舌を出す。内に秘めたアグレッシブさは、妹と似ているのかもしれない。
「それで今度は、瑠璃姉がいない時にしかけてくるようになったんだー。瑠璃姉とずっと一緒に行動することはできたけど、何か負けた気がしてさ。
もちろん今は、そこらの男子に負ける気しないよ? でもあの時は、ウチ、もう悔しくって。瑠璃姉と標準語の勉強もしたけど、あっちはほじくり返してくるし。パパに泣きついたんだ。自衛隊なんだよ、ウチのパパ」
「おおっ、もしかして、神町駐屯地?」
「そーだけど、モモっち知ってんの?」
「うん、あたしのお父さんも自衛隊なんだ。今は宮城の船岡にお母さんと住んでる」
「転勤でしたか。官舎は家族で住める前提の広さがありますけど、異動が多いと大変ですよね」
意外な共通点に笑いあいながら、翡翠が「どこまでいったっけ?」と折れた話の腰を戻す。
「あ、そーだ。そん時さ、パパが格闘映画を見てたの。『マッハ』っていうタイの映画なんだけど、トニー・ジャーがすっごくてさー。ドグシャッ、バキッ、って。そんでウチ、ちょーびびってたんだけど、パパがね。『ムエタイの試合はジャッジの判定で決まることが多いんだ。自分は負けてない、こんなのダメージに入らないとアピールするために、常に笑顔を浮かべていないといけないんだよ』って、教えてくれたの」
からっと笑って見せた彼女の笑顔は、確かに太陽のようだった。姫芽香や瑠璃が浮かべるような華やかさとは違い、周囲を元気づけるように天を衝く、黄金色の向日葵。
「やってみたらすっごいよー。やられてもやられても笑いながら立ちあがってたら、本当に男子たちが何もしてこなくなって。もうこれは絶対にムエタイやんなきゃ! って思ったんだー」
誰も、何も言わなかった。驚きに言葉を失ったからではない。むしろ微笑ましかった。
人格は顔に出るものである。例えば野球部と柔道部を並べた時、そのどちらがどちらか、年月かけて形成された顔立ちや雰囲気で判断できるだろうし、通常の人付き合いにおいても、相手が明るい人か暗い人か顔つきで推察してから声をかけたりすることがあるだろう。
まれに美醜の好みや偏見によって観察眼が曇っている者もいるが、彼女たち姉妹はそれを超越してきたと言っていい。朗らかな笑顔には、幼いなりの苦労が裏打ちされていた。
「ヒメっちは、何で居合をやってんのー?」
「始めたきっかけ自体は、家が近かったからという単純な理由ね。けれど今では、居合の『仮想敵を見据えて斬る』という概念を通して、より高度なイメージトレーニングに繋げたいと考えているわ」
「えっ、ヒメちゃん。汗臭くならないからやってたんじゃないの!?」
「も、もう。その話はやめてちょうだい!」
真っ赤になった目元までをタオルで隠し、結んだ髪がほどける勢いで後ずさる。期待に応えようとする原動力が、褒められたいという乙女心によるものだとバレてしまった以上、周囲のニヤニヤとした笑顔から言い逃れはできないようだ。
「つ、次に行きましょう。そう、咲はどうしてシステマを?」
「ん、最強だから」
「あっうん、そうね……なんだか納得できてしまうわ」
自分を落ち着けるように、姫芽香は息を吐いた。咲にボケる気は全くないのだろうが、それでいいような気がして。ついにたまらず、誰からともなく笑い出した。
そんな、和やかに揺蕩う湯煙が、剣呑な調子の一声に横から切り裂かれた。
「へぇ、あんたら武術をやるんだ?」
李桃たちは怪訝な顔で振り返る。
全員が武を修めているとはいえ、気配で察知するなどという芸当ができるはずもない。しかし、声の主は一メートル程度まで接近しているのに、誰も気づかなかったのは異様だった。
それも、自分たちと年齢もそう変わらない二人の少女に。
「ということは、そちらも?」
努めて冷静に、姫芽香が声を絞り出す。
やたらと気の強そうな吊り目の少女が「まぁね」と歯を剥いて嗤った。もう一人のおさげ髪の少女は口元こそ冷笑を浮かべていたが、眼鏡の奥の暗澹たる瞳は全く歪んでいない。
「それにしてもあんた、居合だっけ。あんなもの、実際に人を斬ったこともないくせに、妄想相手に刀振り回して満足するお遊戯っしょ?」
「くっ……。揚げ足をとるようで悪いけれど、あなたは人を斬ったことがあるのかしら」
「あるよ。何人も」
吊り目の少女は何の気なしに言ってのけた。態度は凄まじく飄々としているが、隙がない。
姫芽香は一歩も退がることができない緊張感に心臓を掴まれていた。
「お前もじゃ、ちんまいの。ちぃと齧った程度で最強とは片腹痛いのぅ。真に強き者ならば誇りを持ちこそすれ、自ら最強と口にすることはないと思わぬかえ?」
「む、失敬」
老成したような視線で、おさげ髪の少女が咲を値踏みしてくる。身長もボディラインも大して変わらない二人だが、おさげの彼女の声色には張り合うようなものはなく、絶対な自信を疑わない風格さえ感じる。
「あっ、あなたたちは一体なんなんですか……っ!」
唯一、気に呑まれずにいることができた李桃が声を上げる。それでも言葉を発した後には唇を噛みしめずにいられないくらいだ。
弱者の吠えるような問いに、吊目の少女は胸に手を当て、慇懃な礼を返して見せた。
「あぁ、これは失礼。あたいは榊原凪。大江実業医学部、剣道部所属さ」
「ワシは栄花聖じゃ。大江実業情報学部、部活は右に同じ」
「大江実業剣道部ですって!?」
姫芽香が顔色を変えた。彼女が驚いた理由を理解している李桃は、逃げるように目を伏せる。
「……ねぇヒメっち。大江実業ってそんなに強いの?」
「強いなんてものじゃないわ。山形女子剣道のトップ、インターハイ上位の常連よ。現在の大将は中総体で個人戦三連覇、高校総体でも二連覇中。『生ける伝説』と呼ばれているの」
絶対王者というものが存在しない世界において、タイトルを欲しいままにしている学校。それが大江実業高校である。ここは男子の部員をとらないことで有名で、徹底した女子剣道の英才教育により、その地位を築いてきた。
苦い顔をしている姫芽香に、瑠璃が小首を傾げる。
「ですが大江町といえば、ここから車でも三十分以上はありますよ。どうして天童に……」
「や、うちの顧問が何やら面白いものを見つけたって言うから来てみたんだけどねぇ」
「収穫なしでの。湯浴みでもして帰らねばやってられなかったんじゃ」
二人は退屈そうに立ち上がった。湯面で跳ねる雫へ追い縋るように、李桃も立ち上がる。
「あのっ! 千葉さんは来てるんですか……っ!?」
「うんにゃ。御大将は顧問と一緒にいじけて帰っちまったよ。よっぽど気になってたんかねぇ」
「で、では千葉さんによろしく伝えてください、あたしは村山――」
「別に自己紹介はいらないって。あたいらが勝手に名乗っただけっしょ?」
「ワシもじゃ。雑兵の名前を覚える気はないでのう」
ぴしゃりと拒絶して出て行く榊原と栄花の背中に、李桃は悄然と膝をついた。
正座の姿勢から、湯面に顔が浸るのも構わずに頭を下げる四人の前で厳かに頷いた姫芽香は、ようやく怒気を鎮めてくれる。
「まったくもう……それにしても、こうしてまた剣道部として行動する日が来るとは思わなかったわ」
細い腕にかけ湯をしながら、姫芽香が噛みしめるように呟いた。言葉にこそしないが、優しく李桃に向けた視線には、感謝の意が込められているようにも見える。
「でも、みんなはよく剣道に手を出そうと思ったわね」
「ん、李桃の勘違いのおかげ」
「それは言わないで!?」
慌てて飛びかかるが、水中だというのに華麗に躱してみせた咲の口から「剣道三倍段」という言葉が紡がれてしまう。それだけで大筋を把握したらしい姫芽香は、満面の半笑いだった。
「まったく、モモちゃんらしいわね。では問題よ、『遠山の目付』とは?」
「ふっふっふ、いくら何でもそれはバカにしすぎだよ。ずばりっ、遠くの山から見下ろすように、首を引いて、相手の全体を見ることっ!」
「……逆よ」
姫芽香の嘆息に、初心者たち三人からも頷きが返される。
「『遠くの山を見るように』全体を観察すること。……何でかしら、剣道歴が長いのに」
「だっ、大体は合ってたもん!」
「いやいやモモっち、全然違うって」
「そうですね。俯瞰から一つのものを見ても、結局注視してしまっていることになりますし」
「視野が、違う」
遠山の目付とは、剣道や居合でよく教えられる言葉で、似たようなものに『観の目』というものがある。しかし、直接的な言葉がないだけで、他のみんなにも心得はあるのだろう。
たたみ掛けられるような追撃でズタボロにされた李桃は、蹲ってしゃくり上げていた。
「ううっ……そ、それよりもみんながみんなの武術を始めた理由の方を聞こうよっ!」
「そうね、私も気になるわ。特に瑠璃と翡翠は、どうして姉妹で毛色の違う武術を?」
問われ、瑠璃が照れくさそうにはにかむ。翡翠も同様に、柄にもなく膝を擦り合わせていた。
「わたしたちは茨城から山形に越してきましたが、その前――幼稚園の頃までは北海道にいたんです。向こうでは寒い時に『しばれっかいね』なんて方言を使ったりするのですが、それが茨城に越してから、笑われる原因となってしまって」
「自分たちだって方言使ってるクセにねー」
頬を膨らませた翡翠に、瑠璃が窘めるような困ったような、姉の視線を向けた。
「相手は男の子の集団だってので、どうしよう、お姉ちゃんが守らなきゃ……と。棒を拾ってきて対抗したのが始まりなんです」
そう言ってちろっと舌を出す。内に秘めたアグレッシブさは、妹と似ているのかもしれない。
「それで今度は、瑠璃姉がいない時にしかけてくるようになったんだー。瑠璃姉とずっと一緒に行動することはできたけど、何か負けた気がしてさ。
もちろん今は、そこらの男子に負ける気しないよ? でもあの時は、ウチ、もう悔しくって。瑠璃姉と標準語の勉強もしたけど、あっちはほじくり返してくるし。パパに泣きついたんだ。自衛隊なんだよ、ウチのパパ」
「おおっ、もしかして、神町駐屯地?」
「そーだけど、モモっち知ってんの?」
「うん、あたしのお父さんも自衛隊なんだ。今は宮城の船岡にお母さんと住んでる」
「転勤でしたか。官舎は家族で住める前提の広さがありますけど、異動が多いと大変ですよね」
意外な共通点に笑いあいながら、翡翠が「どこまでいったっけ?」と折れた話の腰を戻す。
「あ、そーだ。そん時さ、パパが格闘映画を見てたの。『マッハ』っていうタイの映画なんだけど、トニー・ジャーがすっごくてさー。ドグシャッ、バキッ、って。そんでウチ、ちょーびびってたんだけど、パパがね。『ムエタイの試合はジャッジの判定で決まることが多いんだ。自分は負けてない、こんなのダメージに入らないとアピールするために、常に笑顔を浮かべていないといけないんだよ』って、教えてくれたの」
からっと笑って見せた彼女の笑顔は、確かに太陽のようだった。姫芽香や瑠璃が浮かべるような華やかさとは違い、周囲を元気づけるように天を衝く、黄金色の向日葵。
「やってみたらすっごいよー。やられてもやられても笑いながら立ちあがってたら、本当に男子たちが何もしてこなくなって。もうこれは絶対にムエタイやんなきゃ! って思ったんだー」
誰も、何も言わなかった。驚きに言葉を失ったからではない。むしろ微笑ましかった。
人格は顔に出るものである。例えば野球部と柔道部を並べた時、そのどちらがどちらか、年月かけて形成された顔立ちや雰囲気で判断できるだろうし、通常の人付き合いにおいても、相手が明るい人か暗い人か顔つきで推察してから声をかけたりすることがあるだろう。
まれに美醜の好みや偏見によって観察眼が曇っている者もいるが、彼女たち姉妹はそれを超越してきたと言っていい。朗らかな笑顔には、幼いなりの苦労が裏打ちされていた。
「ヒメっちは、何で居合をやってんのー?」
「始めたきっかけ自体は、家が近かったからという単純な理由ね。けれど今では、居合の『仮想敵を見据えて斬る』という概念を通して、より高度なイメージトレーニングに繋げたいと考えているわ」
「えっ、ヒメちゃん。汗臭くならないからやってたんじゃないの!?」
「も、もう。その話はやめてちょうだい!」
真っ赤になった目元までをタオルで隠し、結んだ髪がほどける勢いで後ずさる。期待に応えようとする原動力が、褒められたいという乙女心によるものだとバレてしまった以上、周囲のニヤニヤとした笑顔から言い逃れはできないようだ。
「つ、次に行きましょう。そう、咲はどうしてシステマを?」
「ん、最強だから」
「あっうん、そうね……なんだか納得できてしまうわ」
自分を落ち着けるように、姫芽香は息を吐いた。咲にボケる気は全くないのだろうが、それでいいような気がして。ついにたまらず、誰からともなく笑い出した。
そんな、和やかに揺蕩う湯煙が、剣呑な調子の一声に横から切り裂かれた。
「へぇ、あんたら武術をやるんだ?」
李桃たちは怪訝な顔で振り返る。
全員が武を修めているとはいえ、気配で察知するなどという芸当ができるはずもない。しかし、声の主は一メートル程度まで接近しているのに、誰も気づかなかったのは異様だった。
それも、自分たちと年齢もそう変わらない二人の少女に。
「ということは、そちらも?」
努めて冷静に、姫芽香が声を絞り出す。
やたらと気の強そうな吊り目の少女が「まぁね」と歯を剥いて嗤った。もう一人のおさげ髪の少女は口元こそ冷笑を浮かべていたが、眼鏡の奥の暗澹たる瞳は全く歪んでいない。
「それにしてもあんた、居合だっけ。あんなもの、実際に人を斬ったこともないくせに、妄想相手に刀振り回して満足するお遊戯っしょ?」
「くっ……。揚げ足をとるようで悪いけれど、あなたは人を斬ったことがあるのかしら」
「あるよ。何人も」
吊り目の少女は何の気なしに言ってのけた。態度は凄まじく飄々としているが、隙がない。
姫芽香は一歩も退がることができない緊張感に心臓を掴まれていた。
「お前もじゃ、ちんまいの。ちぃと齧った程度で最強とは片腹痛いのぅ。真に強き者ならば誇りを持ちこそすれ、自ら最強と口にすることはないと思わぬかえ?」
「む、失敬」
老成したような視線で、おさげ髪の少女が咲を値踏みしてくる。身長もボディラインも大して変わらない二人だが、おさげの彼女の声色には張り合うようなものはなく、絶対な自信を疑わない風格さえ感じる。
「あっ、あなたたちは一体なんなんですか……っ!」
唯一、気に呑まれずにいることができた李桃が声を上げる。それでも言葉を発した後には唇を噛みしめずにいられないくらいだ。
弱者の吠えるような問いに、吊目の少女は胸に手を当て、慇懃な礼を返して見せた。
「あぁ、これは失礼。あたいは榊原凪。大江実業医学部、剣道部所属さ」
「ワシは栄花聖じゃ。大江実業情報学部、部活は右に同じ」
「大江実業剣道部ですって!?」
姫芽香が顔色を変えた。彼女が驚いた理由を理解している李桃は、逃げるように目を伏せる。
「……ねぇヒメっち。大江実業ってそんなに強いの?」
「強いなんてものじゃないわ。山形女子剣道のトップ、インターハイ上位の常連よ。現在の大将は中総体で個人戦三連覇、高校総体でも二連覇中。『生ける伝説』と呼ばれているの」
絶対王者というものが存在しない世界において、タイトルを欲しいままにしている学校。それが大江実業高校である。ここは男子の部員をとらないことで有名で、徹底した女子剣道の英才教育により、その地位を築いてきた。
苦い顔をしている姫芽香に、瑠璃が小首を傾げる。
「ですが大江町といえば、ここから車でも三十分以上はありますよ。どうして天童に……」
「や、うちの顧問が何やら面白いものを見つけたって言うから来てみたんだけどねぇ」
「収穫なしでの。湯浴みでもして帰らねばやってられなかったんじゃ」
二人は退屈そうに立ち上がった。湯面で跳ねる雫へ追い縋るように、李桃も立ち上がる。
「あのっ! 千葉さんは来てるんですか……っ!?」
「うんにゃ。御大将は顧問と一緒にいじけて帰っちまったよ。よっぽど気になってたんかねぇ」
「で、では千葉さんによろしく伝えてください、あたしは村山――」
「別に自己紹介はいらないって。あたいらが勝手に名乗っただけっしょ?」
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