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竜の背に乗っての敵情視察はロマンがあるが、実際は空気抵抗ものすごい

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 昨日サシャを脅すために呼んだドラゴンは、爬虫類ながらに端正な顔をしていた。だが、俺が着地したワイバーンは良い意味でも悪い意味でも現世の爬虫類っぽい。なにを考えているのかよくわからない、無機質な目をしている。さっきの長靴をはいた猫もどきも怖かったが、こっちも結構怖い顔である。
「サモナー、あの女王様の魅了を解く方法ってあるか?」
 俺は、サモナーに尋ねる。
 おそらくは、女王は学校全体に魅了の魔術を使っている。それを何とかしない限り生徒の無事は保障できないし、教員たちはオタ芸を披露し続けることになるだろう。
「魔術を使っている人間を倒すのが一番の早道だと思いますが、戦って殺す手段は……取りたくありません」
「意見が一致してて、助かる」
 俺も女王をどうにかするとは考えていたが、殺そうとは思っていなかった。
「なら、残り道は説得なんでしょうが……私は王族と喋ったことなんてありません」
 サモナーは、不安げに言う。
 それを言うなら俺だってそうだが、ここで問題なのは「女王が魔術を停止させるほどの条件」を俺たちが持っていない事である。本来ならばそれを持って女王と交渉を行い、交換条件を提示。魅了の魔術の使用を辞めさせるのが、ベストな話し合いなのだろう。
 ここでも切り札になりそうなのはサモナーの魔力を貯蔵する方法だが、彼がそれを女王に教えたがるとは思えない。サシャ相手ですら、嫌がったのだ。それに、支配者然とした彼女にサモナーが持つアドバンテージを知られるのは後後厄介なような気もする。
「うわぁっ!」
 サモナーが驚いたように悲鳴を上げて、ワイバーンが暴れだす。彼らから遅れて、俺も体に電流が走るような痛みを感じた。
「今のは、何だ!」
「魔術です。たぶん……この場にいる人間の闘争心を煽るような魔術に切り替わったんだと思います。さっきの魅了の下地を利用してるけど、こっちのほうが魔力が強いから暗示にかからなくとも気配は伝わってくる」
 嫌な予感がした俺は、サモナーに窓に近づくように言った。
 窓から見た校舎のなかは、地獄だった。生徒たちが殴り合い、互いに互いを傷つけあっている。俺は思わず窓を割って入ろうとしたが、サモナーが俺を止めた。
「ダメです!危ない!!」
「でも、なかが……」
「魔術によって、闘争心が煽られています。なかにはいれば、それだけで敵とみなされてしまいますよ」
 これも女王の仕業かと思って、窓の外から彼女を睨んだ。
 だが、彼女は生徒たちが突然暴れだしたことに戸惑っているようだった。
「だ……誰かが妾の魔術を上書きしおったか」
「おい!こんなの死人が出るだろうが!!下手したら俺達まで、狙われる」
 カワウチ君は、戦々恐々としていた。
 目の前でいきなり顔見知りたちが殴りあいを始めたのだから、当然である。
「心配せずとも、童の魅了はまだ多少は生きておる。奴らは妾という花を奪い合うために、闘争を始めただけじゃ」
「てめぇ、自分の魅了は相手を崇拝させて言うことを聞かせやすくする程度の力しかないって言ったただろ!!」
「だから、妾の魔術が誰かに書き換えられたのじゃ!!」
 カワウチ君と女王の会話によると、また違うゴーストが現れたようだった。
「サモナー、どう思う?」
 俺は、専門家を頼ることにした。
「そもそも魅了という魔術は本人の魅力を増大させつつも、相手の理想の姿を見せる錯覚の魔術です。ただその魅了の魔術を女王は、校舎全体に行きわたるようにしていたんだと思うんです。でも、誰かがその仕掛けを利用して、別の魔術――闘争心を煽るような魔術を広めてしまったんです」
「女王が自分たちは無事だと思う根拠って、なんだ?」
 これは、俺が一番知りたかったことだ。
 自分の魔術が上書きされているのならば、普通なら自分の魔法が生きているとは思わないだろう。
「この闘争心を煽る魔術は、上手く魅了の魔力を利用してもいます。魅了の効果が喧嘩の理由になっているんです。その……今起こっているのは女王を手に入れるための、恋敵同士の喧嘩なんです」
 サモナーの言葉に、俺は頭を抱えたくなった。
「それは、なんていうか我が高校らしい喧嘩の風景だよ」
 サモナーは首をかしげるが、俺は苦笑いしかでてこない。
「あの……これからどうしましょうか?」
 サモナーは、不安げに尋ねる。
 魅了の女王の他にも、正体不明の敵が現れた。
 とりあえず、女王以上に攻撃的なやつなのは間違いない。
「闘争心を煽る魔術を使った人間を探すことはできないか?」
「とりあえず、ワイバーンで周囲を探ります。けど、あまり期待はしないでください。あと、危ないですから、絶対に魅了の時みたいに勝手に校舎に入って行かないでください」
 サモナーに念を押され、俺は頷いた。
 ワイバーンは一度校舎を離れて、高く跳躍する。校舎全体が見渡せるほど高く飛ぶと、屋上に人影が見えた。昨今では珍しくない事だが、ウチの高校も屋上に鍵をかけている。だから、普段は屋上に人影などあるわけないのだ。
「サモナー、屋上まで近づいてくれ」
「わかりました……無茶はしないでくさいね」
 サモナーはワイバーンに何か囁いて、急下降させる。
 さっきから思っていたのだが、このワイバーンはもっと乗り手に優しい跳び方は出来ないのだろうか。空気抵抗で、顔がものすごく痛い。
 そんな俺の不満を感じ取ったように、ワイバーンが急に動きを止めた。俺はワイバーンにさらに強くしがみつき、サモナーは悲鳴のような声を上げた。
「おっ、屋上の人間から攻撃されました!!」
「大丈夫か、ワイバーン!?」
 学校の屋上より高い位置から放り出されてはたまらないと、俺はワイバーンのことを一番に心配する。なにか攻撃を受けたような衝撃はなかったが、骨ばった体格は防御力に難がありそうだ。
「回避は出来ましたけど……間違いなく屋上にいるのは、敵です」
「もっと近くで姿を確認できるか?」
 危ないですよ、とサモナーは言った。
 それは、十も承知の上だ。
 だが、学校をこのままにすることはできない。
「助走をつけてから、屋上にいる人物の近くを飛んでもらいます。姿を確認するチャンスは一瞬になると思います」
 サモナーは、ワイバーンを上空で旋回させる。助走をつけて、敵を近づくのを一瞬ですませるためだろう。敵は攻撃的な奴だから、近づけば近づくほどに危険性が増す。
「行きますよ!」
 サモナーの合図と共に、ワイバーンが屋上に向かって急下降した。敵と思しき人物が、こちらに向かって炎の球体を撃つ。サモナーが使っている蛍火と違い、随分と速い攻撃であった。それに蛍火はふよふよと漂っていたが、炎の球体は弾丸のようにはじき出されている。
 ワイバーンはそれを何とか避けながら屋上にいる人物に近づき、横切った。その一瞬で、俺は屋上にいた人物を見た。
 それは、鎧姿であった。
 銀色の西洋風の鎧に赤いマント。
 いかにも騎士という風体の恰好で、剣を屋上のコンクリートに突き刺している。そして、その剣を中心に魔法陣のようなものが淡く輝いて広がっていた。
「あの騎士はっ」
 サモナーが目を見開いた。
「知り合いなのか?」
 そうであって欲しい、と俺は思った。
 サモナーは多種多様の召還の魔術を今まで使っているが、戦闘に適した魔術をあまり使いこなせていない。俺は完全な足手まといだし、ここは「実は知り合いでした」という展開のほうがありがたい。
「カズキ様が、割れた瓶で追い払った騎士です」
 サモナーの言葉に、俺は度胆を抜かれた。
 酔っぱらった俺は何考えていたんだろうか、というほど騎士は立派なガタイをしていた。甲冑を着ているせいなのかもしれないが、俺よりも一回りは大きかった。あんなの相手に一升瓶を武器に喧嘩を売るなんて、怖いもの知らずにもほどがあるだろ。
「サウエル様の使用人か……」
 騎士が呟く。
「今、なんて……」
 その名に反応を示したのは、サモナーであった。
 ワイバーンになにか命じるわけでもなく、呆然と固まってしまう。
動物は何かしらの敵意を受けられたとき、様々な反応する。そのなかで一番多いのが、体を停止させるという行動だと聞いたことがある。
その時のサモナーは、まさにそれだった。
 サバンナで、ライオンに見つかった野兎のように体を動かせなくなっていた。
「己の罪を命で払うがいい!!」
 騎士が剣を抜き、サモナーに向かって振りかぶる。
 騎士と俺たちとは、かなり距離があった。それこそ、普通に剣を振るっても届かないような距離があったはずである。
 ――だが、剣は届いた。
 正確には、届いたのは炎である。
 騎士が剣を振るった瞬間に、熱風が吹き荒れたのだ。そして、俺たちに向かって炎の弾丸が放たれる。
「サモナー!避けろ!!くそ、駄目か。ワイバーン、避けろ」
 俺は、思いっきりワイバーンの腹を蹴った。ワイバーンは「かがががっ!」と今まで聞いたことがないような奇奇怪怪な鳴声を上げて、屋上へと急下降する。
このままではコンクリートにぶつかると危惧したが、ワイバーンは生物だけあって自分から自分にぶつかるようなことはしなかった。ただ腹を俺に蹴られたことがよっぽど頭に来たらしく、屋上に俺とサモナーを振り落してどこかに飛び去ってしまった。
「おい、こらっ!戻ってこい、もうしないから戻ってきてくださいー!!」
 屋上に残された俺は、冷や汗をかき始める。
 騎士はどうみてもサモナーに敵意をむき出しで、俺たちを逃がしてくれそうにもない。アラキ君の話によると、こいつは俺の生徒を三人も殺しているのに……俺は仇を取ることすらできそうになかった。頼みの綱のサモナーも、呆けていて使い物にならな――って、魅了の魔術の効果を忘れてた。
「おい、サモナー!!」
 サモナーに俺の声は、聞こえていないかのようであった。
 ただ呆然としていて、座り込んでしまっている。闘争心に火がついているようには見えないのが救いだが、役に立つとも思えない。
「己の罪をよくよく味わうがいい、使用人ども。私の師の恨みをここで晴らさせてもらう!!」
 騎士は、剣を握ったままでサモナーに近づく。
 剣を振りかぶった騎士に、動かないサモナー。
 俺は咄嗟に、サモナーを抱きしめた。
「死ね」
 騎士の剣が、俺の背中を切り裂く。痛みというよりは、燃えるような熱さを感じた。刃物による傷ではなく、魔術による攻撃だったのかもしれない。だが、俺には確認する術がなかった。
「サモナー、逃げろ……」
 俺は、精一杯呟く。
 異世界で彼は、一度死んだ。
 まだ、十六歳だったという。
 日本だったら誰かに守ってもらえる歳の彼は、異世界では大人として扱われていて――きっと守ってくれる人もいないで死んだのだろう。
 でも、俺は彼を生徒と同じように子供として守ってやりたかった。
 それが、俺の教師として矜持だったから。
 子供たちを守れれば、俺が守りきれなかったアズサちゃんもきっと――俺を許してくれるに違いない。
「よくも妾の魔術を利用してくれたのう。たかが騎士の分際で、よく妾の魔術を解析したものじゃ」
 薄れゆく意識のなかで、王女様の声が聞こえてきた。
「ん――ぬしは、もしやバンか! ええい、なぜ妾の邪魔をする。それに兜を取れ、無礼であろう!!」
 王女様の叱咤で、騎士が動き出す。
 次はおそらく、王女様とカワウチ君がやられてしまう。騎士の甲冑が音をたてており、彼が王女様の元へ向かっていく気配がした。俺は必死に顔をあげて、カワウチ君に「逃げろ」と伝えようとした。だが、俺が見たのは予想外の光景だった。
 騎士が、王女様に向かって膝をついている。
「バン……なんじゃ、その姿は。ぬしは、なぜそんなにも年老いているのじゃ?」
 王女様が言う通り、兜を脱いだ騎士は年老いていた。
 長く伸ばした髪はすべてが白く、髭にのみわずかに黒い毛が混ざっている。厳しさを感じる顔立ちも皺が深く、頑強に見える体つきさえ無視すれば八十歳ぐらいの老人に見えた。
「師匠。ごめんなさい、本日の魔法の練習はまだ終わってなくて……」
「妾は、そんな話を一言もしておらん。というか、おぬしの口調はおかしくないか?」
「あと、もう少しお待ちください。だから、練習の量は増やさないでください!!」
 騎士は兜を再び被ると、俺たちの方に向かってくる。今度こそ、殺されると俺は身構えた。だが「ならぬ!」と女王様は騎士を止めた。
「王とは、民を生かし民に生かされるもの。罪さえも犯しておらぬ民を、妾の前で殺すことは許さぬぞ」
 王女様の言葉に、騎士はほっとしたような
「やっぱり。我が師である、サモナー殿はお優しい」
 その声を最後に、俺の意識は途絶えた。
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