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成人男性の肩にドブネズミを乗せるファッションはアウトだと思う

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 ドブネズミのお供は、俺の肩にちょこんと乗っていた。成人男性が行うにはあまりにも勇気がいるファッションであったが、こうしないとサモナーが怒るのである。正確には、サモナーの声で喋るドブネズミが怒るのである。
「私が見てないと魅了を使っている人が分かりません。だから、常に私は外に出しておいてください。鞄になんて、絶対にしまわないでくださいね」
「おまえ……メールとか電話だと性格が変わるタイプだったんだな」
 顔を合わせている時は気弱で、言わなければいけない事柄すら緊張と焦りで早口ぎみになるサモナーが大胆に俺に意見している。本人にはあまり自覚はないだろうが、現代人だったらメールの文と本人の印象がかみ合わなくて驚かれるやつである。
「今のところは、普通だな」
 職員室までの道すがらには、おかしなところは何一つない。ドブネズミを肩に乗っけた俺が一番おかしいと思うのだが、いろんな意味で痛々しすぎるのかすれ違う生徒は俺と目も合わせてくれない。
「……俺、明日からどんな顔をして学校にくればいいんだよ」
「完璧な変装だと思いますよ」
 サモナーのいた異世界では、肩にドブネズミを乗せるトレンドでもあったのだろうか。
「サモナー、覚えておいてくれ。こっちの世界で動物を肩に乗せるのは、痛い奴のファッションなんだよ。今回は緊急事態だからしかたないけど、次は断るからな」
 俺は、声を潜めてサモナーと会話する。
 このドブネズミの目を通して、サモナーは俺と同じ風景を見ているらしい。そして、耳を通して俺の声を聞いている。口は、サモナーの代わりに喋る。ただし、ネズミの口から出る言葉はかなり音量が小さかった。そのため、ドブネズミは俺の耳元で喋る。
 こいつ……本当に俺の耳とか喋らないだろうな。
 今さらながらドブネズミを選んだことを後悔したが、蝙蝠でも同じ状況に陥っていただろう。ドラゴンと巨大猫に関しては、もう論外だ。不快感は少なくなるだろうが、襲われる恐怖に怯えるなんて御免である。
 俺は、いつもどおり職員室にはいる。
「おはようございます」とあいさつもいつも通りである。
 だが、いつも通りな俺と違って職員室は異界へと成り果てていた。
 規則正しく並べられていた教員用の机は部屋の後方に下げられており、全教員は半被に鉢巻き、メガホンという異様な格好。そして、全員が一糸乱れぬ動きで踊っている。
 オタクがアイドルのコンサート会場などで見せると言われている行動の一つ、オタ芸であるのは間違いない。だが、何故職員室で職員一同がオタ芸を披露しているのだろうか。
 ちなみに、一拍遅れているのは六十代に突入した校長と教頭の二人組である。ご老体には、なかなか無理がある激しいダンスだから仕方がない。
「見事です!!なんて、見事な踊りでしょうか!」
 サモナーは、感動しているようだった。
 俺も事情を知らなければ、そう思っているだろう。
 だが、同僚および上司が全員で一糸乱れぬオタ芸を披露している光景を見たらどう思うだろうか。俺は「この世の終わりだ」と思った。
「豊作祈願でしょうか?」
「いや……違う。全然、違う」
 サモナーに踊りのことを説明する気力もない。
「どうやら、妾の魅了にかかっておらぬ虫がおるようじゃのう」
 女の声が聞こえ、俺ははっとして振り返る。
 そこには、長身の美女がいた。
 歳は二十代後半といったところで、驚くほどに豊満な乳房や細いウェストを見せつけるような服装をしていた。中国の王族が着ていそうなデザインだが、肌の露出が多く白い乳房など上半分が露わになっているほどである。
下半身も大胆にスリットが入っており、歩くたびに肉感的な太ももがちらりと見えた。正直な話、魅了という魔術がなくともほとんどの男性を誘惑できそうな外見の美女である。目じりの泣き黒子が、またセクシーでたまらない。
「おい、これでムカつく教師を全員奴隷にできるんじゃなかったのかよ!」
 彼女の後ろから出てきたのは、生徒の一人である。中途半端に伸ばした髪を脱色し、見るかに不良ですと宣伝しているような恰好である。
「君は、カワウチ君!」
 河内昭吾、というのが彼の名前である。
 ウチの学校では珍しくはない、成績の悪いヤンキーだ。授業にもほとんどでないで、その癖に上から物を言うといって教師を恨んでいる少年である。
「体質的に、妾の魅了が効きにくい奴のようじゃのう。しかも、ゴーストとすでに繋がっておる。ふむ、強いとやっかいじゃな」
 俺は、ドブネズミに向かって叫ぶ。
「……サモナー、何か手はあるか!?」
「とりあえず、逃げてください!」
 俺は、脇目も振らずに元来た道を戻った。
「絶対に捕まらないでください。彼女はフェルス国の……手の刺青を信じるならば十一代目の王です」
 つまりは、王女様と言うやつらしい。
 こちらの世界に死後やってくるのは、魔術師であることが最低条件だ。つまり、あの色っぽい女王様も生前は魔術師だったらしい。俺は、気になっていたことを尋ねた。
「もしかして、あの女王はサモナーが生きていた時代よりも未来の女王か?」
「はい。サシャの話は半信半疑というところでしたが、彼女を見て確信に変わりました。私が生きていた時代のフェルスの国王は間違いなく男性のはずでしたし、十代目でした」
 どうやら、サモナーと女王はほぼ同じ時代を生きた人間らしい。
 もっとも「ほぼ」と言っても二人の死亡年数には何十年かの開きはありそうだ。
「ゴーストたちは、私と同じ時代からこちらにやってきたと思っていたのですが……」
「俺も無条件にそう思ってた。けど、サシャの言葉を信じるなら、彼女はお前よりも五百年も未来から来てる。一体、こっちに何百人の魔術師が来ているだろうな?」
 自分で言いながら、百の単位では足りないだろうと俺は考えた。
 魔術師は少なくとも五百年間は存在しているものであり、一国の女王まで学んでいる。「数万――下手をすれば億の単位で魔術師たちがこちらの世界に来ているのではないだろうか」と俺は考えてしまった。
「とっ……」
 俺は、足を止める。
 前方から、生徒たちが歩いてくる。その歩みは一糸乱れぬものであり、隙間を作らないように隊列を作っていた。
 明らかに、操られている。
 俺のドブネズミを肩に乗せるファッションが怪しまれないことはおかしいと思っていたが、まさかこんなにも沢山の生徒が操られていただなんて。
 俺は、無言で後ろを向く。
 そこには前方と同じように隊列を組んだ生徒たちがおり、俺は「げっ」と呟くしかなかった。我が愛すべき馬鹿高校の全生徒たちは、すでに美しい女王に操られていたらしい。
「サモナー、挟まれた。何とかできないか!」
「ダメです!! 私がこの学校の敷地を踏めば、魅了の魔術にかかってしまいます」
 サモナーの言葉に、俺はにやりと笑った。
 それは余裕の笑みではなくて、馬鹿らしい賭けをする自分を鼓舞するための笑みであった。
「サモナー、敷地を踏まないで俺を助けろ!」
「えっ」
 肩に乗ったドブネズミが言葉を失う。
「どうやってやるんですか!!」
「お前の竜は、飛べないのか!?」
 俺の言葉で、ようやくサモナーは俺の言わんとしていることに気が付いたようだった。
「ワイバーンを呼びます。少しの間、時間を稼いでいてください!」
 サモナーは時間を稼げと言ったが、逃げ場などどこにもない。
 生徒たちを殴り倒して入れば少しぐらいの時間は稼げるだろうが、教師としてそんなことはできない。俺は窓を開けて、校舎の壁を確認する。
 ――よし、ある。
 俺は窓から身を乗り出して、それを掴む。錆ついていたが、俺にはもうこれに頼るしかなかった。屋上から、校庭まで伸びる雨どい。
たぶん、頑丈な作りではない。
男性一人分の体重を支えきれるかどうかはかなり不安だし、これに捕まって下まで降りる握力が自分にあるかどうかも不安だ。
 それでも――やるしかない。
 俺は、窓から手を伸ばす。雨どいをしっかり掴めたことを確認し、窓から全身をだした。幸い、校舎の壁にはでっぱりがある。足を駆ける場所は確保されたが、これからは雨どいを頼りに下まで降りなければならない。
ちなみに、ここは三階だ。
落ちたら即死はないだろうが、打ちどころによっては死ぬだろう。それよりは、どこかを骨折するほうが格率は高いのかもしれないが。
「ほう、面白い選択をする虫じゃのう」
 女王の言葉が、俺の耳に届く。
 顔を上げると、生徒にかしずかれて俺の姿を見物する女王とカワウチ君の姿があった。カワウチ君は、まさか俺が外に逃げるとは思っていなかったらしく顔を青くしている。一方で、女王様は扇を唇を隠しながらも――楽しそうに笑んでいた。
「おい、あのままじゃ……あいつ死ぬんじゃ」
「そうかもしれんし、そうじゃないかもしれんのう。まぁ、そうやって虫の運命を愛でるのも一興じゃ。おぬしは、妾に教師とやらで遊んでくれといったな。こういう遊興は知らぬのか?」
 女王様は、余裕たっぷりに言った。
 実に、支配者らしい言葉である。
「庶民を舐めるなよ」
 雨どいに体重をかけつつ、足を壁から離さないようにして俺は慎重に下に降りていく。このまま動かないでサモナーを待つという手だてもあったが、敵を眼前にしたままでいられるほど俺も豪胆ではない。
 幸いにして、学校内にいる生徒たちは俺に向かって手を伸ばしてこなかった。少し気になるが、彼らが身を乗り出して落下するということはなさそうだ。
 錆びて滑る雨どいに全体重をかけるのは非常に勇気がいることだったが、校舎には足をかけるでっぱりも多く何とかなりそうだった。だが、急に校舎が揺れる。
「なんだっ。地震か!?」
 俺は雨どいにしがみつくが、揺れが収まる様子はない。雨どいは俺の体重と揺れのせいで、だいぶダメージを受けていた。
「がっ、がんばれ。雨どい!!」
 今だかつて、こんなにも無機物を応戦したことなどない。
 それぐらい強く雨どいを応援した。
「カズキ様!!」
 空から声が降ってくる声に、俺は点を仰ぎ見る。
 そこには小型のドラゴンに乗ったサモナーがいた。思った通り、サモナーは地面に降りなければ魅了の影響を受けないようだ。だが、サモナーが乗っているのは俺が想像していたよりもずっと骨ばったドラゴンだった。サシャと戦ったときはトラック並みの巨大なドラゴンだっただけに、俺は拍子抜けした。
「そ、それで二人乗りに耐えきれるのか!」
「ワイバーンは見た目よりも力強いです。しっ……信じてください」
 俺は、サモナーを信じて雨どいから手を離す。
 ワイバーンは急下降した。そして、落ちていく俺の先回りをし、俺は無事にワイバーンの骨ばった背中に着地した。
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