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猫は猫サイズだから可愛いのであって、人間サイズだったら害獣

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「離れるなんて、絶対にダメです。危ないです!」
 俺が学校に行くことをサモナーは猛反対したが、俺は教師のため学校に行かないわけにはいかない。それに、攻撃してきたゴーストはサシャ一人だ。たぶん、ここは都会よりもずっと安全なのだ。
「心配しなくとも、ここには騎士以外の危ないゴーストはいないだろ。別に、そんなに危惧するほどのことじゃない」
「……だったら、ついて行きます」
 学校に部外者を入れるなど言語道断である。
 だが、サモナーは譲らない。
「では、学校とやらの建物の外で待っています。それなら、問題はないでしょう」
「まぁ、それなら」
 ギリギリの譲歩である。
 ただそのまま外に出せばサモナーの服装が注目を集めてしまうので、着替えはさせた。サシャも同じように着替えをさせたかったが、残念ながら我が家に幼女サイズの洋服はない。まぁ、サシャの服ならば都会で流行の前衛的な服とでも言えば説明がつくからいいか。
「ミチル君たちは、大学はどうするんだ?」
「私はしばらく休むし、今日はここからでないつもりよ。騎士っていうゴーストがいるなら、私とサシャだけで出歩いたら危ないじゃない」
 大学を休むことは反対だったが、都会が危ない状況下で戻れともいえない。それに二人は、今日は我が家からでないつもりだと言った。ならば、二人の安全面には問題はないだろう。
 俺は、サモナーと共に家を出た。
「まったく、これからお前は俺を始終ストーキングする気なのか?」
 そう尋ねると、サモナーはきょとんとした顔をしていた。
「そのつもりです。だって、死ぬのは怖いじゃないですか」
「……俺が殺されても、お前は死なないだろうが」
 直接戦ったのが、サシャだけのせいだろうか。俺は、まだ戦うことも死ぬことにも実感はなかった。都会で起きている事件だって、遠い世界のできごとのようであった。
 ただそのなかで生徒が三人殺された事実だけが重くのしかかる。三人の生徒のことは、ネットにも地元の新聞にも載っていなかった。北園と針宮はヤンキーで外泊も多かったようだし、もう一人の堀も親御さんが息子のことはあまり気にかけていなかったから表面化していないのかもしれない。
 今のところ、俺には動きようがない問題であった。それに、動けば俺だけではなくミチル君まで危険にさらすかもしれない。それは、避けなければならなかった。
「それでも安定した魔力供給元を失いますから、死に近くなります」
 別のことを考え出した俺を、サモナーが現実に引き戻す。
「こんなこと聞くべきじゃないのかもしれないが、お前はどうしてそんなに死を怖がるんだ?」
 一度死んだから、というのが理由なのかもしれない。
 だが、サシャも同じ身の上なのにサモナーのほうが死を恐れているように見える。サシャのことは詳しく知らないが、ミチル君はサシャが親に売られて暗殺者にされたと言っていた。なかなかに凄惨な生前であったが、彼女は死を二度目の死をあまり恐れているように見えない。むしろ、ミチル君のほうがサシャがいなくなることを恐れているように思えた。
「それは……たぶん私が魔術を教えていた弟子に殺されたからなんでしょう」
 サモナーは、語る。
「この世界の人間と私たちを繋ぐ技術……それを作ったのは私です。私はその技術を唯一の弟子には教えました。そして、その後に殺されたのです」
 俺は、足を止めた。
 やはり、彼は優れた魔術師であった。
 だが、同時に哀れな教師であった。
「だから、私は教えることも殺されることも嫌なんです」
 それだけは分かってくださいね、とサモナーは言った。
「分かった。――サシャの件はありがとうな」
「いいえ。現状では、あれが最善でした」
 一応は納得した、と顔をサモナーはした。
 だが、それは表向きの表情だろうというのは俺の目にも明らかだった。
「あのな……俺とお前は一蓮托生なんだろう」
「私が魔力をいただいていますから、そうなります。そして、私が殺されたら――きっとカズキ様は他のゴーストが魔力を吸収するために殺されるでしょう」
 俺は、サモナーの前に手を差し出す。
 サモナーは、その手を見ておどおどしていた。
「あの……」
「握手だ。これで俺たちは同盟関係って、証」
 俺は、サモナーの手を勝手に握ってぎゅっとする。
 十六歳らしい小さな手だった。
「お前は、俺もいつか裏切るかもって怯えているのかもしれないけど。俺は、裏切らないよ」
 サモナーは、俺を見上げている。
 その瞳は、怯えてはいない。けれども、俺をとても不思議そうに見つめていた。やがて、はっとして俺の手を離した。
「裏切るとかっ、そういう心配はしていません。ただ……巻き込んでしまったとは思っていて……」
 ごめんなさい、とサモナーは俺に謝る。
 俺は、自分の元に来たのがサモナーであることを少し感謝した。少なくとも彼は善良であり、俺の世界の常識はなくとも良識は持ち合わせている。
「そんなに気にするな。俺こそ昨日は責めるようなことを言って、ごめんな」
「あっ、あの!」
 学校の敷地内に足を踏み入れようとする、俺はサモナーが止めた。
「待ってください。ここが学校という場所ならば、嫌な気配がします。たぶん、誰かが大規模な魔術を行っています」
 サモナーは、本を取り出して開く。
「――世界は創作された。呼び声に答えよ。あなたを、私が作った」
 現れたのは、蛍火である。ふよふよと飛ぶ塊は校門を通り抜けようとするが、何故か弾かれた。
「やっぱり……」
「結界か?」
 サモナーが使っていた虫のバリアは自分の視界も塞ぐという使い勝手の悪いものだったが、あれよりも上位の魔術があってもおかしくはない。
「いいえ、結界ではありません。むしろ、入り込むのは自由です」
 なら、何が問題なのかと俺はサモナーに尋ねる。
「入ると、効果が発動する魔術が張り巡らせてあります」
「予防措置とかはないのか」
「ええっと、体質的に大丈夫な人はいるとは思うんですが……この魔術を防ぐとなると敷地を踏まないぐらいしか防ぐ方法はなくて」
 サモナーの口ぶりだと、防ぐ手立てはなさそうだ。
 だが、体質的には大丈夫な人間もいると言う。
「なら、賭けてみるか」
「えっ。ちょっと、まって!」
 俺はサモナーが止める前に、学校の敷地に入る。特に何かが変わったとは思えないが、サモナーは泡食っていた。
「だっ、大丈夫ですか!」
「ああ、特に不調は感じないけど……」
 サモナーは、今度は杖を取り出して俺に投げ渡す。その杖を持った途端に、俺の視界の端には妙なものが見えた。

タイプ:ヒューマン
状態:普通
魔力量:50/50
体力:10
スキル:なし
契約者:サモナー

「なんだこれ?」
 しいて言えば、ゲームのステータス画面のようである。
「状態のところに、なにか変化はありませんか?」
「普通って、書かれてるけど」
 それを聞いたサモナーは、ほっとした。どうやら、この杖は自分のステータスを確認するためのアイテムらしい。それにしても体力が低すぎないだろうか。成人男性でこれならば、子供のサモナーはどれぐらい低いのだろうか。俺は、サモナーの方を見る。
 だが、なにも映らなかった。
 どうやら、この杖を自分のステータスしか見えないものらしい。
「この体力10っていうのは、多い方なのか?それとも、少ない方なのか?」
「……私は9なので、普通だと思います」
 十六歳の子供が9で、二十八歳の俺が10……。
 まぁ、サモナーがいた異世界は中世ぐらいの文化レベルだから、日常生活が筋トレみたいな生活だったろうし。現代人って、車とかの便利な道具のせいで運動不足だって言うし。
「あの……杖を返してください」
 サモナーが、泣きそうな声で言う。
 俺は、杖を彼に投げ渡した。
「カズキ様は、魅了が効きにくいタイプのようですね」
「魅了って、異性を誘惑する魔術ってことか?」
 俺の言葉に、サモナーは頷く。
「一般的に、女性が使います。男性でも使えないことはないですが、好んで使う人は少ないイメージがありますね」
「ふーん、じゃあ使用者を探すのはかなり簡単だろうな」
 サモナーは「どうして?」と尋ねた。
「俺の学校はな……県内最低の偏差値の馬鹿高校で、女子が極端に少ないんだよ」
 一つの学年に数人だけで、全体数でも十数人程度だ。
 つまり、全員の名前の顔が一致している。そこに部外者が入り込んでも、すぐに分かるというものである。
「それにしても魅了か……絶対にウチの生徒たちは、ばんばん魅了にかかってだろうな」
 田舎のヤンキーにほれ込む女子生徒なんて少ないから、ウチの生徒たちは万年女子不足である。おそらくは魅了なんて使わなくても、学校に侵入したゴーストは新興宗教の神様的存在になっていただろう。
「サモナー、行くぞ」
「待ってください、その……」
 サモナーは言い難そうにもじもじしていたが、足は決して学校の敷地内に入ろうとしない。
「おまえ、もしかして魅了にかかり易いタイプ?」
 サモナーの頬が、かっと赤くなった。
 魔術師のサモナーがかかり易いと言うことは、本当にこの手に対する抵抗力は体質によるものが大きいのだろう。
 一度家に帰って、サシャとミチル君に協力を要請するという案が浮かんだ。だが、あの二人を危険に引っ張り込むのは気が引ける。なにより、俺の生徒たちが危険にさらされているかもしれないのに悠長なことは言っていられない。
「サモナーは、そこで待っていてくれ」
「でもっ……」
「危険がないかどうか、中を見てくるだけだ。危険があるようだったら、外部から何とかする作戦を一緒に考えてもらうからな」
 中の様子を確かめなければ、外部から何かをするという作戦すらたてられない。そうサモナーを説得すると彼はしぶしぶ納得した。
「じゃあ、使い魔を連れて行ってください。私の代わりに、目となり口となるものを作り出します」
 サモナーは、すでにお馴染みになった呪文を口にする。
「――世界は創作された。呼び声に答えよ。あなたを、私が作った」
 現れたのは、小さなネズミである。
 もっとも、小さなと言ってもドブネズミぐらいのサイズだった。先進国では嫌われそうなサイズに、もうちょっと連れて歩くのに都合がいいサイズはないのかとサモナーに聞いてみる。
「あとは、蝙蝠とか、馬とか、竜とか……巨大猫なんてどうでしょうか。二足歩行で人語を喋る猫なんですけど」
 サモナーの言葉に、俺は長靴をはいた猫の姿を想像した。
 学校では目立つだろうが、見てみたい。それに、連れて歩くのがドブネズミよりはマシであろう。
「じゃあ、巨大猫で」
「はい!」
 サモナーはにこにこと、巨大猫を呼び出した。
「――世界は創作された。呼び声に答えよ。あなたを、私が作った」
 その呪文……省略できないのだろうか。
 そう思っていると、サモナーの目の前にレイピアを持った猫が突如現れた。俺が抱いた長靴をはいた猫のイメージと呼び出された猫はかなり姿が近い。
 鳥の羽が付いた洒落た帽子に皮のブーツ、腰にはレイピアという姿だった。ただし、身長は成人男性並みである。
「……これは」
 俺は、侮っていた。
 猫は可愛いと思っていた。だが、猫は猫のサイズだったから可愛いのである。巨大な猫はトラのような威圧感や牙と爪を持ち、俺に向かって「シャー」と威嚇していた。目立つ目立たない以前に、二人っきりになったら食べられそうである。
「……ドブネズミに戻してくれ」
 結局、俺のお供はドブネズミとなった。
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