暁を願う

わかりなほ

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雪解雨

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 突然、カタカタと憑鬼の胸元のブローチが震えだした。徐々にその震えは激しいものとなっていく。
「なんだと…?奴の身体から引き離されているのか…?」
困惑気味に声を漏らした憑鬼は、再び顔を歪め頭を押さえ込む。何かに抗うような動作だ。やがて、ピシリと音がした。黒い石にヒビが入る。同時にそこから禍々しいオーラが零れた。
「…ざけんな。この身体は、俺の…ものだっ」
ボソボソと呟き声。『俺』?
「貴様…!我に勝つつもりなのか?一度我に呑まれたお前が今更勝てるだと?笑わせるな。牙を抜かれた虎は2度と戦えない」
その言葉に笑みが漏れてしまう。
「ふふふ。誰が、牙を抜かれたって?それは、貴方だよ」
「アイツを取り込んだのが運の尽きだ。憑鬼。アイツは…恭哉は、てめぇなんかに消される奴じゃない。…何よりここには俺と雪がいる」
ピシ、ピシとヒビが広がる。欠片が落ちる。
「…人の、身体を、好き勝手にしてんじゃねぇ!」
恭さんが叫んだ瞬間、黒い石のブローチが外れ落下した。ブローチから溢れ出した黒いもやが、生き物のようにのたうちまわる。
「雪、玲。やれっ!」
「貴様ぁっ!」
その声に頷き走り出す。玲の刀が黒い石を貫く。私の矢が石を廃墟の壁に縫い付ける。
バキッと何かが割れるような凄まじい音が響き渡った。石が割れる。
「くそっ!我がこんなっ」
石の破片から零れ出す黒いもやが苦しげに蠢く。
「これで、終わりだ!」
そして、再び弓矢を構える。その瞬間、私と玲、そして恭さんのペンダントが光を帯びた。その光は、それぞれの手に持っている武器をも包み込んだ。私の矢・玲の刀・恭さんの刀が同時に、憑鬼の本体であるもやを貫いた。
そしてそれは霧散する。微かな笑い声が聞こえた。
「…ふ、ふはっ。はははっ。これが、我が忌み嫌ってきた絆というものか?…お前らの絆、か。存外悪くない、ものだな」
そして、それは跡形も無く消え去った。
「…はぁ…はぁ…」
3人の荒い呼吸が静寂に響く。

ねぇ憑鬼。貴方も、愛されたかったの?そう問いかけても答えはない。

「玲…、終わった…?」
「ああ…終わった…」
玲がそう言った途端、ふらりと恭さんの身体が崩れ落ちる。
「おい!」
玲が、声を上げる。慌てて彼の元へ駆け寄る。自分の心臓の音がうるさかった。
「れ…い、ゆ…き」
途切れ途切れに呼ばれる名前。懐かしい手が私たちの髪を優しく梳く。
「…ありがとうな。来てくれて」
低く優しい声が鼓膜を震わす。
「俺も、お前らがいない世界は苦しかった」
「ふふ。そうだったんですね」
「…ごめんな。たくさん傷つけて。こんな…どうしようもない野郎で」
恭さんが顔を手で覆い隠す。その頬を涙が滑り落ちた。嗚咽が零れる。それは、憧れるほどに強かった彼が、初めて見せた涙だった。
「でも、お前はちゃんと戻って来てくれただろ?それで良い。なぁ、恭哉。おかえり」
「おかえりなさい。恭さん」
「あぁ。ただいま」
くすくすと笑い合う。激しかった雨は、随分と優しいものに変わっていた。
「…さすがに…喋りすぎたな…。少し疲れた。…悪い、な」
掠れた声でそう言うと、彼はがくりと意識を手放した。やわやわと髪を梳いていた手が、重力のまま地面に落ちる。
「恭さん!」
「恭哉!」
微かに上下する胸に安堵し、ゆっくりと彼の腕を肩に回した。
「帰ろうか。玲」
「ああ。3帰ろうな。雪」
そして、歩き出した。

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