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番外編SS

だってきみのこと全部知ってると思ってた

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※1巻八章の前辺り
※付き合い立てのヴァンリュカ

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「昼間仕立屋さんが来たんだけどさ、『少し身長が大きくなりましたか?』って言われちゃった。俺も最近そんな気がしてたんだよね。1センチくらい伸びてるかも」

「あの仕立屋は毎回それを言ってるじゃありませんか。それに三日前に身体測定をして身長体重とも変化なしと確認したばかりでしょう」

「そんなのわかんないよ。三日で」

「伸びません、残念ながら」

 そんな呑気な会話を交わしながら、ヴァンはリュカの尻尾にブラシをかけている。

 風呂から上がり就寝前のこの時間、ベッドに腰かけたリュカの尻尾を梳かしながらお喋りするのが、昔からのふたりのコミュニケーションタイムだ。

 風呂のときにリュカの尻尾は理尾師が手入れしてくれるのだが、ヴァンはこの時間のブラッシングを欠かさない。真面目なヴァンは仕事をさぼって無駄話をすることができないので、一応はあるじの世話をするという建前でお喋りの時間を確保しているのだ。それにリュカのモフモフ尻尾はどんなにブラッシングしてもいい。すればするほど艶が出る。

 もちろんリュカも昔からこの時間を楽しみにしている。当主の責務から解放されてホッと寛げる大切なひとときだ。

「最近乾燥してるせいでしょうか、少し毛がパサついてますね。もう一度香油を塗っておきましょう」

 そう言ってヴァンは尻尾の毛を指で擦って確かめたあと、引き出しから香油の瓶を取り出して蓋を開ける。

「これは……昨日薬屋が持ってきたという新しい香油ですね。今までのと匂いが違いますね」

 それを手に垂らしたヴァンを見て、リュカはハッとして咄嗟に彼の手を掴んだ。

「待って! 俺、その香油苦手。ヌルヌルしすぎて毛が固まっちゃうんだ、もん……」

 慌ててヴァンの手を止めたリュカは、言いながら段々顔が熱くなってきた。手を掴まれたヴァンの頬が、赤く染まっていくのを見たからだ。

「だから、あの……古いほう使って……」

 近い距離で視線が絡まり合いながら、リュカの鼓動がドキドキと加速していく。

 手が触れ合うことも、顔を近づけて喋ることも、この十年で何度もあったことだ。そんな日常の動作が、今さらこんなにも恥ずかしくて照れくさくて緊張する。

(な、慣れない……)

 ヴァンと恋人になって数ヶ月。とはいえ、彼の想いを受け入れたあとすぐデモリエルにさらわれ半年近くも恋人らしい時間が過ごせなかったことを考慮すると、リュカとヴァンはまだ付き合い立てほやほやの初々しいカップルと言えるだろう。

 彼がどれほど自分を想ってくれていたのかは充分伝わっているし、それを受け入れ体も結んだ。しかし友達であった時間が長かったせいか、リュカはヴァンに熱い眼差しを向けられるとやたらと恥ずかしくてモゾモゾとした気持ちになってしまうのだ。

「も、もう出しちゃったんだね。じゃあ今日はそれでいいや……」

 小声でごにょごにょ言いながらリュカは目を泳がせ、掴んでいたヴァンの手を放す。

 ところがヴァンは香油を纏った手で、離れていこうとするリュカの手を掴まえた。ぬるりとした感触と共に、骨ばった長い指がリュカの指の間に入り込んでくる。

「……本当だ。尻尾に塗るには粘度が高すぎるな」

 そう呟くヴァンの声は、すでに熱い吐息交じりだ。

 ヴァンは香油を塗りつけるようにリュカの指をさすり、揉み、大きな手で覆うように握る。そのたびに香油がヌチヌチと水音を立て、やけに卑猥に耳に届いた。

 リュカの心臓はもう破裂寸前だ。たまらず俯いてしまえば、「リュカ」と小さく呼びかけられて、おずおずと顔を上げた。

 首まで赤くなったヴァンの顔が近づいてくる。リュカはドキドキと大きな心音に体が揺れるのを感じながらギュッと目を瞑り、それからちょっと考えて顔を少し傾けた。

 まるっきり性経験のなかったふたりは、キスやセックスに縺れこむのも下手くそだ。いい雰囲気になっても緊張しすぎてどちらからとも言いだせず、タイミングを逃がしてしまうこともよくある。

 今日はヴァンが勇気を出してくれたおかげでキスができた。場所が寝室であることを考えれば、このままセックスという流れになるだろう。

 しかしこの先の展開を考えてしまうと、リュカの頭はますます沸騰してしまう。

(ヴァンの唇やらかい……あ、舌。わ、舌入ってきた。わ、わ、わ、息できない。……あっ、ヴァンと目が合っちゃった。キスしながら目合うのめっちゃ恥ずかし~)

 艶めかしい唇も舌も、間近で見つめる長い睫毛を湛えた情熱的な瞳も、よく知ったヴァンのものだと思うとものすごく緊張する。普段はリュカを守り世話を焼いてくれる手が今は淫靡に指を絡めてきて、ここから逃げ出したいほどリュカは恥ずかしかった。

「リュカ」

 唇を離したヴァンが熱い吐息交じりに呼びかける。息遣いからも眼差しからも、彼が熱烈にリュカを乞い求めているのが痛いほど伝わってくる。

(ヴァン……た、勃ってる。ヴァンって俺に興奮するんだな……いや、それはそうだけどさ。でも恥ずかしいよう)

 体を押し倒されながら再びされたキスは、さっきより激しさが増していた。ヴァンの理性のタガが外れかかっている。

 クールで厳しくて怒りっぽくて優しくて過保護な幼馴染にこれから貪るように抱かれるのだと思うと、リュカは限界まで心臓を高鳴らせ、まな板の上の鯉のようにされるがままになるしかなかった。



 四時間かけて三回ほどヴァンが射精したところで、この夜の営みは終わった。ヴァンとだとまだお尻だけでイケないリュカは一度射精したのみだが、四時間ほぼノンストップで抱かれ続けぐったりである。

 まだ童貞と処女をすてたばかりのふたりは、射精のタイミングも同時に気持ち良くなる方法も体に負担をかけないやり方も模索中だ。相手がピートならば何もかもスムーズなのだが、ヴァンとベッドを共にしたあとはリュカは体力が尽きキスマークと噛み跡だらけで満身創痍なのがお約束だった。

 リュカがベッドで半分意識を失っていると、ヴァンが桶に水を汲んできて濡れたタオルで体を拭いてくれた。中に出したものもちゃんと綺麗にしてくれている。

 セックスの導入は不慣れ極まりないが、後始末はじつに手際がいい。十年間リュカの身の回りの世話をこなしてきた手腕が活かされている。

(体熱いから、冷たいタオルで拭かれるの気持ちいい……)

 慣れているからだろうか、ヴァンのお世話はとても安心できる。

 リュカがウトウトしている間に、体を綺麗にされ服を着せられ、乱れてしまった髪と尻尾を梳かして整えられた。そして布団をかけ直される頃になると、リュカはほぼ夢の中だ。

 浅い夢に揺蕩いながら、すぐそばでヴァンが身支度を整えている音が聞こえる。リュカは就寝だが夜勤の彼はこのまま護衛の仕事を続けなければならない。

 ベッドサイドのランプが消されヴァンが行ってしまうのを感じ、リュカは夢うつつに(淋しいな……)と感じる。すると。

「――おやすみ、リュカ」

 小さな囁きと共に、頬に唇がふれた感触を覚えた。

 そのままベッドから離れていってしまったヴァンは気づいていない。リュカが心臓をドキドキといわせながら一瞬で目が冴えてしまったことに。

 何千回とかわしてきた「おやすみ」の挨拶。ただそれだけなのに、さっきのヴァンの「おやすみ」はたまらなく優しくて、泣きたくなるほど愛おしさの籠もった声だった。

(……ヴァンって、すっごい俺のこと好きなんだな……)

 そんなことに改めて気づかされる。ヴァンの気持ちはもうわかっているつもりだったのに、まるで全身に少しずつ、けれども深く、彼の想いが沁み込んでいくみたいだ。

 リュカが寝入っていると思っていたからこそ、素直な気持ちで囁かれた声。それは長い付き合いの中でも初めて聞いた声音で、リュカはヴァンの愛がこんなにも優しかったことに胸が熱くなる。

 やっと冷めてきたのに、また顔が火照ってくる。気持ちがソワソワして布団の中で尻尾が勝手に揺れてしまう。

(う゛~~~なんだこの気持ち。胸がギューッとして背中がモゾモゾして泣きたいような笑顔になっちゃうような変な気持ち~)

 そしてリュカはすっかり赤くなった顔を両手で覆うと、「ヴァン……好き……」と声に出さずに、独り言ちた。
 
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