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番外編SS

義賊のリュカ3

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 それは、夏もそろそろ終わりに近づいてきたある日。

「うーん、どうすっかなあ」

 ハイエナの屋敷では食堂のテーブルの上に、麻袋にたんまり詰められたレモンが載せられ、皆がそれを囲んで頭を悩ませていた。

 温暖なレイナルド領ではレモンの栽培が盛んだが、今年は大豊作が過ぎるらしく随分と値崩れを起こしていた。

 今日は農場で力仕事の請負をしてきた年長組だったが、なんと報酬の半分をレモンで支払われてしまったのだ。農家としてもレモンの価格が下落したうえ持て余しすぎて困っているのだそうな。

 ない袖は振れないので渋々それを持ち帰ってきた年長組だったが、ハイエナたちとてレモンをこんなにもらっても困る。飲食店に売ろうとしたところで二束三文だろうし、下手したら店側もレモンを持て余して買ってくれない可能性が大きい。

「レモンなんて腹も膨れねーしなあ」

 ロイがレモンを片手で弄びながら言う。

「キャデラにレモンパイを焼いてもらったら?」というリュカの提案は、「これ全部か? そもそもバターや卵なんて高級品うちにはないぜ」と尤もな理由でナウスに却下された。

「おれ、レモン嫌いなんだよね~」

 年少組の子供が、テーブルに頬杖をつきながら溜息を吐き出す。レモンはネコ科のハイエナ族にはあまり好まない者が多いらしい。

「このままじゃカビちまうし、とりあえず砂糖か酒にでも漬けとくか」

 ピートがレモンを手に取り眺めながら言ったときだった。

「あっいいこと思いついた!」

 リュカが突然叫んで椅子から立ち上がった。

 リュカは思い出した。前世で入院中に見たあるドキュメンタリー番組を。それはアメリカで子供たちが屋台でレモネードを売るというものだった。

 レモネードスタンドと呼ばれるそれはアメリカの夏の風物詩で、子供に就労体験をさせる教育の一環である。子供は自分でレモネードを作り、ガレージの前などにテーブルと手作り看板の簡素な屋台を建てて、通行人相手にそれを売るのだ。



 ――というわけで。

 翌日。言い出しっぺのリュカは早速屋敷の前の道に屋台を建て、レモネードを売ることにした。

「レモネード~レモネードはいかがですか~。さっぱりしてておいしいですよ~」

 商売など初体験のリュカはドキドキしながらもニコニコと笑顔で屋台に立つ。ピートたちハイエナの仲間は、その様子をハラハラしながら屋敷の中から見ていた。

 レモネード作りは皆で協力してやったが、販売はリュカが『これなら俺ひとりでもできるよ! 俺が言い出しっぺだし!』とひとりで担うことになったのだ。役立たずを自覚しているリュカは、自分が金を稼げるかもしれないことが嬉しい。

 ヤンキーハイエナがいるより愛想のよいリュカひとりの方がいいだろうということで、とりあえず屋台に立たせてみたが、ハイエナたちはまるで子供の初めての就労体験を見守るような気持ちだ。レモネードスタンドの意義としては正しいが。

 そうしてエプロンをつけたリュカが「レモネード~レモネード~」と呼び込みを続けて十分。閑散としていた道に一台の小型馬車がやって来て、屋台の前で停まった。

「なんだ、ハイエナんとこの新顔か。妙なことやってるな」

 それはこの辺りを担当する手紙の配達員だった。初老のインパラ獣人の彼はハイエナの屋敷宛の手紙を渡しつつ、屋台とリュカをキョロキョロと見回す。

「レモネード? ああ、今年はレモンが余ってるらしいからなあ。それで早速商売にしたわけか。まったく、ハイエナたちは商魂たくましいな」

「おじさん、レモネード買ってよ。一杯銅貨二枚だよ」

 さっそく営業するリュカに、インパラはうーんと首を傾げる。

「高くないか? どうせそのレモンもタダ同然で手に入れたんだろう? せめて一杯銅貨一枚だ」

「えっ」

 いきなり半額に値切られてしまい、リュカはあたふたと慌てる。レモンはタダ同然でも砂糖代がかかっている。半額では儲けが出ない。

「ほら、銅貨一枚以上は出さないよ」

 インパラ獣人はテーブルに銅貨を一枚だけ置く。配達員といえどさすがはスラム住民だ、したたかさが半端ない。

「えぇ……」

 困ってしまったリュカだがハッと閃くと、コップにレモネードを一杯汲んでから渡した。

「銅貨一枚でいいよ。その代わりみんなに宣伝してよ。これから町中の方へ行くんでしょ? ここ人通りが少なくって」

 半額の見返りに宣伝を頼めば、インパラ獣人はレモネードを飲みながら「ああ、いいよ」と快く返事してくれた。

「ありがとうございました~」

 想定外の値引きではあったが、とりあえず一杯売れた。リュカはにっこりと満足する。

 そしてさらに十分後。インパラ獣人の宣伝効果がさっそく出たのか、次の客が訪れた。

「よお、キツネちゃん。おもしれーことやってんじゃん」

 それはカジノでよく会う、あのクロヒョウの男だった。ユキヒョウとカルカラのおねーさんも一緒で、「あはは、エプロンしてる。かわい~」と言われてリュカはちょっと照れる。

 おねーさんがたは気前よくレモネードを一杯ずつ買ってくれたが、クロヒョウの男はもったいぶった様子で銅貨をチャリチャリと手で弄ぶと、リュカに向かってニヤリと笑った。

「こんなとこで売ってたって客がこねーだろ。なあキツネちゃん、俺とデートしてくれたらレモネード十杯買ってやってもいいぜ?」

 なんともセコイ駆け引きを持ち出してきたクロヒョウにリュカが苦笑を浮かべたときだった。

「てめーに飲ませるレモネードはねーよ。帰ってママのおっぱいでも飲んでな」

 いつの間にか屋敷から出てきたピートが後ろに立っていて、リュカはびっくりして振り返った。

「ピートいつからいたの?」

 ピートはそれには答えずリュカの頭をクシャクシャ撫でながら、クロヒョウにガンを垂れる。

「な、なんだよ。んなもんいらねーよ。そもそも俺レモン嫌いなんだよ」

 ピートに睨まれたクロヒョウはビビり散らかした挙句、結局レモネードを売ってもらえず、「なんだよここのレモネード屋は美人局かよ」とブツブツ言いながらスゴスゴと帰っていったのであった。

「あのバカヒョウ、隙あらばリュカに寄ってきやがる」

 クロヒョウを退散させたピートだったが、リュカはグイグイと彼を屋敷に向かって押しやる。

「助けてくれてありがと! でも俺ひとりで大丈夫だから、ピートは屋敷の中で待ってて!」

 せっかくひとりでも仕事ができるかもしれないのだ。誰の手も借りずやり遂げてみたい。煩わしい客だって躱せるスキルくらいあると、リュカは自負する。

「はいはい、わかったよ」

 ピートは頭を掻きながら素直に従う。あまり過保護にするのもリュカのためにならない、どうしようもないピンチのとき以外はお手並み拝見しようと思いながら屋敷に戻った。

「レモネード~レモネードはいかがですか~」

 ひとりになったリュカは再び呼び込みを始める。すると町中の方からぽつり、ぽつりと人影が増え始めた。

「本当だ、インパラさんが言ってた通りキツネの子がレモネードを売ってる」

 屋台で足を停めたのはシマウマ獣人の中年だった。人のよさそうな彼はニコニコとレモネードを二杯買ってくれて、ようやくまともな商売が成り立ったことにリュカもニコニコしたが――。

「それにしても立派な尻尾だねえ。ちょっと吸ってもいいかい?」

 微妙に変態臭い申し出にリュカはほとほと悲しくなりながら「駄目絶対」とお断りしたのだった。

 それからインパラのおじさんが宣伝してくれたおかげか、人伝に広まっていったのか、屋台にはそこそこ客が訪れた。しかし。

「なんだよ、ジュースかよ。酒じゃねえのかよ。レモン酒にした方がいいぜ~買ってやるからよお」とグダを巻く酔っ払い。

「これレモン十個だと何杯分作れるんだい? 砂糖の配合は?」とレシピを探ってパクろうとする商売人。

「一杯買ったんだからもう一杯おまけしろよ、ケーチ!」と駄々を捏ねるクソガキ。

「本当に一回銅貨二枚でいいのか? 安すぎだろう。 え? レモネードってウリの新しい隠語じゃないのか?」とリュカを買おうとするエロじじい。

「十杯飲んだら握手してもらえますか?」と勝手に握手会を開催しようとする謎のリュカファン。

 さすがスラムである。来る客はどいつもこいつもクセのある獣人ばかりだ。

 それでもリュカはせっせとレモネードを売り続け、残りもわずかになってきた頃。

「おいおい、このレモネード石が入ってたぜ? 腹壊したらどうしてくれるんだ? あ?」

 ガラの悪いイボイノシシ獣人のふたり組がやって来て、無茶苦茶な因縁をつけだした。

「今俺が目の前でコップに汲んだのに、そんなおっきい石が入るワケないでしょ」

 リュカがプンプン怒りながら言えば、イボイノシシその1は「あんだと?」とガンをくれながら顔を近づける。

「生意気なガキだなあ。オレが誰だかわかってんのか? スラムで有名なゲロ強のイボイノシシ兄弟とはオレたちのことだぜ」

「だいたいなぁ、スラムで商売するときにゃオレらに挨拶が必要なんだよ」

 すごむイボイノシシたちを見ながらリュカは(こんな人たち知らない……)と心で思う。スラムで暮らし始めてもうすぐ二ヶ月が経つが、ゲロ強イボイノシシ兄弟など聞いたこともなかった。

「今回は見逃してやるからよお、ショバ代払えよ、ショバ代」

「それから慰謝料な。石入りレモネード飲んで腹壊しちまったからよお」

 しょうもない因縁にリュカは当然屈さず、「でたらめ言わないでよ」と怒る。

 ビビりなリュカだがさすがにハイエナたちと一緒に暮らしているうちに、この手の輩には慣れた。メンチを切り返すことだってできる。迫力はないが。

「お? なんだその目つきは? やんのか、コラ?」

 イボイノシシその1がさらにリュカに圧をかけてきたときだった。

「おい……おい!」

 イボイノシシその2がその1の袖を引き、首を横にブンブンと振る。その1は「あんだよ?」と不満そうに顔を上げたが、次の瞬間何かに気づいてヒュッと息を呑んだ。

「あの……つかぬことをお伺いしますが、ここはどちら様のお屋敷でしょう?」

 突然背筋を伸ばし敬語で尋ねてきたその1に、リュカは目が点になる。ものすごく不気味だ。

「ここはハイエナの屋敷だけど……」

 リュカが答えるとイボイノシシ兄弟の顔にぶわっと脂汗が噴き出した。その様子がキモくてリュカは「ひっ」と小さく叫ぶ。

「ごっごごごごごごめんなさい!! お前……じゃなくてあなたがピートさんたちの仲間だって知らなかったんです! オレたち馬鹿なんで!」

「ちょっとイキってみたかっただけなんです! すんません、許してください! お詫びにレモネード全部買いますから!」

 そう言ってイボイノシシ兄弟は土下座をして地面に頭をこすりつけると、懐から金の入った袋を取り出してリュカに押しつけ、瓶を抱えて残っていたレモネードを飲み干した。

「おいしかったです! 本当です! 素晴らしいです! ご馳走様でした!」

 イボイノシシ兄弟は直立で何度も頭を下げると、そのまま回れ右をしてダッシュで消えていった。土下座から逃げ去るまでのあっという間の流れに、リュカはただひたすら呆然としたまま立ち尽くす。

「何……? 何?」

 リュカはまったく気づいていない。背後のハイエナの屋敷の窓から、六匹のヤンキーハイエナが揃ってこちらにガンくれていたことを。

「ま、いっか。レモネード全部売れた! わーい!」

 リュカはひとりで両手を上げて喜ぶと、テーブルの上を片付け売り上げを抱えていそいそと屋敷に戻った。玄関ではみんなが笑顔で出迎えてくれる。

「売り切れたのか、頑張ったな」

「おチビにしてはやるじゃん」

「お疲れ様、リュカ」

 年長組に頭を撫でられ、年少組に纏わりつかれ、キャッキャと戯れながらリュカは誇らしげに笑った。

「俺、レモネードスタンドの才能あるかも!」

 こうしてリュカは三日に渡りレモネードを売ったが、その間ハイエナたちは屋敷からハラハラ見守り続けるので仕事に行けず、トータル的に見れば屋敷の収入はマイナスなのであった。

 それはそれとして就労体験にリュカは満足し、エプロンつけてせっせとレモネードを売るリュカは見ていて可愛かったのでハイエナたちも満足したのである。
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