悪役師匠は手がかかる! 魔王城は今日もワチャワチャです

柿家猫緒

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悪役師匠は手がかかる!魔王城は今日もワチャワチャです

第一章 転生後の奴隷人生

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 長かったような刹那だったような眠りから目が覚めたとき、僕の新しい人生が始まっていた。

 名前はピッケ。姓はアンダーソン。そこは日本でも地球でもない、不思議な異世界だった。

 中世ヨーロッパに似ているといえば似ているのだけど、魔法があって魔物やドラゴンやエルフがいるこの世界はまるっきりファンタジーだ。前世の記憶を持ったまま生まれてきた僕はまるで物語のような世界観にとても感激したけれど、やがてそんな呑気なことに心動かされている場合ではなくなった。

 どうやら僕の魂は転生しても家族運というものに無縁らしい。いや、親運? 前世では早々に両親を亡くした僕は、今世では我が子を虐待するというとんでもないロクデナシ両親のもとに生まれてしまったのだ。

 貧しい家なのに両親は揃って飲んだくれで、酔っ払っては僕に暴力をふるった。兄弟がいなかったのは幸か不幸か、こんなクズ親のもとに生まれるのは僕ひとりで十分だけど。

 クズとしか言いようのない両親は僕が八歳のときにクズ度を加速させた。なんと、わずかな酒代のために僕を奴隷商人に売り飛ばしたのだ。クズオブクズすぎる!

 泣いて嫌がる僕を奴隷商人は鞭で容赦なく叩き、鎖をつけて馬車に載せ、あちこちの街へ連れ回した。そうして二ヶ月くらい経った冬の日だっただろうか。王都から遠く離れたとある街で、あの人に出会ったのは――


「さあさあ奴隷はいらんかね。健康な子供を揃えたよ。力仕事でも汚れ仕事でもさせるといい」

 街の大通りの一角で、奴隷商人が大声で通行人に呼びかける。その脇に僕は他の子供たちと一緒に項垂れて立った。

 この世界は地球の中世ヨーロッパ風だとは思っていたけど、人身売買が当然のように行われるらしい。僕らみたいな奴隷だけでなく、辺りでは獣人の傭兵や愛玩の妖精など多種多様な人身売買が行われていた。

「なんだ、人間かよ。エルフはないのか?」

「エルフはそうそう手には入らなくて……。けど人間が一番従順で扱いやすいですよ、鞭で叩けば反抗しません」

「うーん、やっぱりいいや。夜伽用が欲しかったんだが、こ汚いガキばっかじゃあな」

 金持ちらしい身なりをしたおっさんが手を振って去っていくと、奴隷商人はチッと舌打ちして隣にいた僕を鞭で叩いた。

「クソ! ただでさえ人間は安値でしか売れないのに、お前らが汚いせいでますます売れないじゃないか!」

 僕らを風呂に入れさせてくれないのも着替えさせてくれないのもコイツなのに、酷い八つ当たりだ。そんな不満がうっかり顔に出てしまったのだろう、奴隷商人は「なんだ、その目は!」とさらに大きく鞭を振りかぶる。思わず身を竦ませ手で頭を覆ったときだった。

「あいででででで!?」

 鞭を振り上げた奴隷商人の腕を、誰かが強く掴み上げる。驚いて目を見開いた僕の瞳に映ったのは、黒い外套を纏ったやたら大きな人影だった。

「……さっきから尋ねているんだが、聞こえないのか。その耳は飾りか」

 奴隷商人の悲鳴に掻き消されそうなほど小さな声は、低いけれど鋭く耳に届いた。僕は自分の背より遥か上にある彼の顔を見上げて、ゴクリと唾を呑む。

 冬の鈍色の空に靡くのは、同じ色をした長い髪。氷のように冷たい目は伏し目がちで、長い睫毛の奥に月色の瞳が隠されている。細面の顔は雪のように色白で、まるで氷の彫刻のように美しかった。
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