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◆浮気彼氏 番外編 あんた誰
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◆浮気彼氏 番外編 あんた誰
暁都の話。
もしもの仮の話です。ちょっと哀しい話。
ーーーーーーーーー
部屋でカチャカチャとキーを叩く音がふと止んだ。ふああといつも通り背伸びすると、その男性は言った。
「よし、今日の分は終わった。
はあ、散歩行きてーな。ね、ヘルパーさん。車椅子押してってくれよ。今日は天気良いし、あの河原沿いの一本道が良いな」
「分かりました、行きましょう」
僕は読んでいた小説を閉じ、ニコと笑って言った。
若い頃は大層ハンサムだった彼。
歳月を重ね皺が目立つようになった今でも、若い頃の美貌は面影を残したまま。
車椅子生活はもう随分長くなったけれど。
彼の車椅子を押して河原まで来た。
見上げれば、大きな鳥が翼を広げたように広がる二片の雲。薄紫色の空に沈み始める夕陽。
車椅子から彼は見上げて言った。
「すげー綺麗な空だなあ…たっくんに見せてあげたい…」
「そうですね」
何か綺麗な景色を見ると、決まって彼はそう言った。
「その人のこと、何か思い出せそうですか?」
「いや…あんまり…すごく大事な人だったはずなのに、なあ…」
空を見つめるその瞳は空虚だ。
思い出そうとしても思い出すものが見つからないのだから。
「いつか思い出せると良いですねえ」
「ああ…」
風がざあっと吹いて、周囲の草をなびかせていった。
「肌寒くなってきましたね。帰りましょうか」
「ああ、そうだな…兄ちゃん、帰りあそこの喫茶寄ってってよ。珈琲買って帰るから」
3人分の珈琲を持ち帰りで買った。
僕と彼と、『たっくん』の分。
家に着く。お互いあまり喋ることもなく珈琲をズズ、と飲んだ。
3人目の珈琲はリビングのテーブルにそっと置いたまま。
彼はリビングの時計を時折見てはトントンと指先で机を叩いている。
写真立てに一緒に映る、かつての恋人との写真をずっと眺めながら。眠たげに目を擦っている。
「たっくん、帰って来ねえなあ…どこで何してんのかなあ…」
「そうですねえ…どこか出かけられたんです?その人」
「…?いや、どっか出かけたんだっけ?買い物だっけか…覚えてねえ…でも遅くなる前に帰って来いよって俺はいつも言ってたはず…
会いてー、なあ…」
やがてテーブルに突っ伏して寝てしまった。
夕方5時。
今日は長く起きれていた方だ。さて、いつも通りベッドに寝かせなくてはいけない。
ウェーブがかった髪をそっとすく。
「暁都さん…僕だよ、ずっとここにいるからね」
随分昔の事故の後遺症で他人の顔貌を認識出来なくなってしまった暁都さん。
記憶も所々飛んでしまった。
だから僕のことお手伝いさんか何かだと思ってるんだよね。
それに僕のことわかってないのに、僕らがかつて一緒に撮ったデートの写真をいっつも見ている。
あれだけ『たっくんが写ってるはずだ』って何故か覚えてて、そのくせ写真の僕の顔は認識出来ていない。
小説家業だけは出来てるのがスゴイところだね。
『たっくんを食わせなきゃいけない』とか言ってさ。
記憶が飛んで何もかもがチグハグな癖にさ…。
それでも僕は側にいるから、
いつか僕のこと思い出してね。暁都さん。
初めて『あんた誰』って言われた時のこと、僕まだ根に持ってるんだから。
だから思い出してくれなきゃイヤだよ。
end
暁都の話。
もしもの仮の話です。ちょっと哀しい話。
ーーーーーーーーー
部屋でカチャカチャとキーを叩く音がふと止んだ。ふああといつも通り背伸びすると、その男性は言った。
「よし、今日の分は終わった。
はあ、散歩行きてーな。ね、ヘルパーさん。車椅子押してってくれよ。今日は天気良いし、あの河原沿いの一本道が良いな」
「分かりました、行きましょう」
僕は読んでいた小説を閉じ、ニコと笑って言った。
若い頃は大層ハンサムだった彼。
歳月を重ね皺が目立つようになった今でも、若い頃の美貌は面影を残したまま。
車椅子生活はもう随分長くなったけれど。
彼の車椅子を押して河原まで来た。
見上げれば、大きな鳥が翼を広げたように広がる二片の雲。薄紫色の空に沈み始める夕陽。
車椅子から彼は見上げて言った。
「すげー綺麗な空だなあ…たっくんに見せてあげたい…」
「そうですね」
何か綺麗な景色を見ると、決まって彼はそう言った。
「その人のこと、何か思い出せそうですか?」
「いや…あんまり…すごく大事な人だったはずなのに、なあ…」
空を見つめるその瞳は空虚だ。
思い出そうとしても思い出すものが見つからないのだから。
「いつか思い出せると良いですねえ」
「ああ…」
風がざあっと吹いて、周囲の草をなびかせていった。
「肌寒くなってきましたね。帰りましょうか」
「ああ、そうだな…兄ちゃん、帰りあそこの喫茶寄ってってよ。珈琲買って帰るから」
3人分の珈琲を持ち帰りで買った。
僕と彼と、『たっくん』の分。
家に着く。お互いあまり喋ることもなく珈琲をズズ、と飲んだ。
3人目の珈琲はリビングのテーブルにそっと置いたまま。
彼はリビングの時計を時折見てはトントンと指先で机を叩いている。
写真立てに一緒に映る、かつての恋人との写真をずっと眺めながら。眠たげに目を擦っている。
「たっくん、帰って来ねえなあ…どこで何してんのかなあ…」
「そうですねえ…どこか出かけられたんです?その人」
「…?いや、どっか出かけたんだっけ?買い物だっけか…覚えてねえ…でも遅くなる前に帰って来いよって俺はいつも言ってたはず…
会いてー、なあ…」
やがてテーブルに突っ伏して寝てしまった。
夕方5時。
今日は長く起きれていた方だ。さて、いつも通りベッドに寝かせなくてはいけない。
ウェーブがかった髪をそっとすく。
「暁都さん…僕だよ、ずっとここにいるからね」
随分昔の事故の後遺症で他人の顔貌を認識出来なくなってしまった暁都さん。
記憶も所々飛んでしまった。
だから僕のことお手伝いさんか何かだと思ってるんだよね。
それに僕のことわかってないのに、僕らがかつて一緒に撮ったデートの写真をいっつも見ている。
あれだけ『たっくんが写ってるはずだ』って何故か覚えてて、そのくせ写真の僕の顔は認識出来ていない。
小説家業だけは出来てるのがスゴイところだね。
『たっくんを食わせなきゃいけない』とか言ってさ。
記憶が飛んで何もかもがチグハグな癖にさ…。
それでも僕は側にいるから、
いつか僕のこと思い出してね。暁都さん。
初めて『あんた誰』って言われた時のこと、僕まだ根に持ってるんだから。
だから思い出してくれなきゃイヤだよ。
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