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◆浮気な彼氏シーズン2#19 探り
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◆浮気な彼氏シーズン2#19 探り
…ずきずきと頭が痛い。朦朧とした意識はやがて浮かび上がり、僕は悪夢から目を覚ますようにして起きた。
「…?」
僕は紺色のビロードに金の刺繍糸がなんとも美しいベッドに寝かせられていた。見渡してみれば豪奢な部屋だった。
生きている…!良かった。えーと、あの部屋からは出してもらえたっぽい…。助かった。あのまま気が狂っちゃうんじゃないかと思ってた…。
その時ちょうどメイドさんが入ってきた。
「お目覚めになられたのですね、飲み物をどうぞ」
そう言って渡されたりんごジュースは多分これまた高級品で、その甘酸っぱさと爽やかさは一服の清涼感をくれた。
ふう…。
飲み終えて落ち着いた頃。
「旦那さまが後ほどいらっしゃいます。それでは失礼致します」
「うぐ…っ!」
無意識にメイドさんに縋る僕。誰でも良いから誰かに部屋にいて欲しい。
しかしメイドさんは僕からグラスを回収すると、無慈悲にそそくさと帰って行ってしまった。
***
それから程なくしてお父さまは現れた。
眉間の皺も神経質そうな佇まいも相変わらずだ。
「お、お父さま…!」
ベッド側の椅子にギッと座られた。
「具合は大丈夫かね」
「あ、はい、すみません。ご迷惑をお掛けしました!」
「まあそれは良い…閉じ込めたのはこちらなのでね。ところで本題だが」
ジッときつい眼差しが僕を見据える。来た。身構えた。
「誓約書の件だがね。そもそもうちの暁都は君とは合わない、飽きたからもう別れたいと言っているのだ。
なのにだね、小春くん。妾で良いからこれからも暁都と会いたいだなんて随分ピンボケも良いところだと思わんのかね。私たちは別れます、そう一筆書けば良かろう」
うう…っ!
情け容赦ない冷たい指摘に心臓がキュウと縮む思いだった。
言われたら確かにそうなのかもしれない。トンチカンだとか、自分に酔っている様に見えてしまったかもしれない。
でも…。
「…暁都さんが僕と別れたいって言ってる、っていうのがまずやっぱり信じられないのです。
暁都さんはもしも恋人関係を解消するなら逃げたりせず、そこはキッチリ自分で伝える誠意ある人だと思っています。だから本当は別れたがっていないんじゃないかと期待してしまって…。
でもこんなすごいお家の跡取りとして責任ある人なのもよく分かりました。
だからあれは精一杯の僕の譲歩です。
それに…もしも本当に暁都さんが僕と別れたがっていたとしても、僕は暁都さんを諦められそうもありません。…例えもしも再婚しても、子供が出来ても。
せめて1年に1回でも良いから会わせて欲しいのです…。お金はいりません。会ってお茶するだけでも良いんです。どうかお願いです、贅沢でしょうか…」
つい声を震わせてしまった。
想像しただけで身を切られる様に辛い。
だってもしも暁都さんが実際に再婚したら…きっと何だかんだお相手のことを大切にすると思うから。僕にしてくれたみたいに。
気持ちが分散することのない人だから、もしかしたら僕は妾にすらなれないのかもしれない。
…いや既に僕にはもう気持ちがない可能性も…。
どちらにしろ、だ。
すでに僕に興味の大半を失った相手に縋り付く関係っていうのは、かつての僕と辰也と同じ。
『ああ、たっくん…久しぶり。今回で会うのはもう最後にしよう』だなんて、もしも暁都さんに言われてしまったら?
興味なさげな投げやりな視線を投げかけられたら?僕は耐えられるだろうか。
「妾になどなって君に何が残るのだね」
「暁都さんとの思い出です…それが僕にとっては1番価値があるんです」
「金にならん」
「お金の問題じゃないんです」
「分からんな、愛など実にくだらないものだ」
お父さまは奥様と心通わせることはなかったのでしょうか…?
「…僕は暁都さんのいない人生はもう考えられないのです。
暁都さんにとって僕が浮気相手でも、僕にとっては本命。これからずっとそんな関係性でも構いません。
…本音を言ったらもちろん嫌ですけど…!でも僕らを繋ぐ系がそんなに細いなら、僕はそれにみっともなくしがみつこうと思います」
ギュッとベッドの掛け布団を握った僕に、お父さまはやれやれという素ぶりで立ち上がった。
「…やはり分からんな、君の頭の中は何も。ま、そこでしばらく養生したまえ」
そう言ってお父さまは部屋を出ていこうとした。
ハッとしてその腕を掴んだ。
「あ、暁都さんは今どこでどうしているんですか?離れはもう出られたのですか?身体は大丈夫ですか?」
「離れなんかとっくに出ているさ。あんなのポーズだ。ピンシャンしてくだらん小説をまた書いておるわ。…君は自分の身の心配をしたまえ」
心底くだらない質問を聞いたとでも言いたげに、お父さまは今度こそ立ち去っていった。
お父さまの後ろ姿に暁都さんの姿が重なってふいに胸がギュッとなった。
僕から去っていく時、暁都さんもあんな感じなのかなって想像ついたから。元気そうなら良かったけれど、会いたくて寂しくって僕は布団に潜り込んだ。
続く
…ずきずきと頭が痛い。朦朧とした意識はやがて浮かび上がり、僕は悪夢から目を覚ますようにして起きた。
「…?」
僕は紺色のビロードに金の刺繍糸がなんとも美しいベッドに寝かせられていた。見渡してみれば豪奢な部屋だった。
生きている…!良かった。えーと、あの部屋からは出してもらえたっぽい…。助かった。あのまま気が狂っちゃうんじゃないかと思ってた…。
その時ちょうどメイドさんが入ってきた。
「お目覚めになられたのですね、飲み物をどうぞ」
そう言って渡されたりんごジュースは多分これまた高級品で、その甘酸っぱさと爽やかさは一服の清涼感をくれた。
ふう…。
飲み終えて落ち着いた頃。
「旦那さまが後ほどいらっしゃいます。それでは失礼致します」
「うぐ…っ!」
無意識にメイドさんに縋る僕。誰でも良いから誰かに部屋にいて欲しい。
しかしメイドさんは僕からグラスを回収すると、無慈悲にそそくさと帰って行ってしまった。
***
それから程なくしてお父さまは現れた。
眉間の皺も神経質そうな佇まいも相変わらずだ。
「お、お父さま…!」
ベッド側の椅子にギッと座られた。
「具合は大丈夫かね」
「あ、はい、すみません。ご迷惑をお掛けしました!」
「まあそれは良い…閉じ込めたのはこちらなのでね。ところで本題だが」
ジッときつい眼差しが僕を見据える。来た。身構えた。
「誓約書の件だがね。そもそもうちの暁都は君とは合わない、飽きたからもう別れたいと言っているのだ。
なのにだね、小春くん。妾で良いからこれからも暁都と会いたいだなんて随分ピンボケも良いところだと思わんのかね。私たちは別れます、そう一筆書けば良かろう」
うう…っ!
情け容赦ない冷たい指摘に心臓がキュウと縮む思いだった。
言われたら確かにそうなのかもしれない。トンチカンだとか、自分に酔っている様に見えてしまったかもしれない。
でも…。
「…暁都さんが僕と別れたいって言ってる、っていうのがまずやっぱり信じられないのです。
暁都さんはもしも恋人関係を解消するなら逃げたりせず、そこはキッチリ自分で伝える誠意ある人だと思っています。だから本当は別れたがっていないんじゃないかと期待してしまって…。
でもこんなすごいお家の跡取りとして責任ある人なのもよく分かりました。
だからあれは精一杯の僕の譲歩です。
それに…もしも本当に暁都さんが僕と別れたがっていたとしても、僕は暁都さんを諦められそうもありません。…例えもしも再婚しても、子供が出来ても。
せめて1年に1回でも良いから会わせて欲しいのです…。お金はいりません。会ってお茶するだけでも良いんです。どうかお願いです、贅沢でしょうか…」
つい声を震わせてしまった。
想像しただけで身を切られる様に辛い。
だってもしも暁都さんが実際に再婚したら…きっと何だかんだお相手のことを大切にすると思うから。僕にしてくれたみたいに。
気持ちが分散することのない人だから、もしかしたら僕は妾にすらなれないのかもしれない。
…いや既に僕にはもう気持ちがない可能性も…。
どちらにしろ、だ。
すでに僕に興味の大半を失った相手に縋り付く関係っていうのは、かつての僕と辰也と同じ。
『ああ、たっくん…久しぶり。今回で会うのはもう最後にしよう』だなんて、もしも暁都さんに言われてしまったら?
興味なさげな投げやりな視線を投げかけられたら?僕は耐えられるだろうか。
「妾になどなって君に何が残るのだね」
「暁都さんとの思い出です…それが僕にとっては1番価値があるんです」
「金にならん」
「お金の問題じゃないんです」
「分からんな、愛など実にくだらないものだ」
お父さまは奥様と心通わせることはなかったのでしょうか…?
「…僕は暁都さんのいない人生はもう考えられないのです。
暁都さんにとって僕が浮気相手でも、僕にとっては本命。これからずっとそんな関係性でも構いません。
…本音を言ったらもちろん嫌ですけど…!でも僕らを繋ぐ系がそんなに細いなら、僕はそれにみっともなくしがみつこうと思います」
ギュッとベッドの掛け布団を握った僕に、お父さまはやれやれという素ぶりで立ち上がった。
「…やはり分からんな、君の頭の中は何も。ま、そこでしばらく養生したまえ」
そう言ってお父さまは部屋を出ていこうとした。
ハッとしてその腕を掴んだ。
「あ、暁都さんは今どこでどうしているんですか?離れはもう出られたのですか?身体は大丈夫ですか?」
「離れなんかとっくに出ているさ。あんなのポーズだ。ピンシャンしてくだらん小説をまた書いておるわ。…君は自分の身の心配をしたまえ」
心底くだらない質問を聞いたとでも言いたげに、お父さまは今度こそ立ち去っていった。
お父さまの後ろ姿に暁都さんの姿が重なってふいに胸がギュッとなった。
僕から去っていく時、暁都さんもあんな感じなのかなって想像ついたから。元気そうなら良かったけれど、会いたくて寂しくって僕は布団に潜り込んだ。
続く
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