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◆浮気な彼氏シーズン2#18 狂気の前に
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◆浮気な彼氏シーズン2#18 狂気の前に
絶対負けるもんかと誓っていた僕だったけれど、ずっと狭い部屋に閉じ込められて携帯も圏外という環境下では、情けないことに精神は容易にガリガリと削られていった。
お父さまはあれから姿を現さないものの、とにかく時間の流れが遅かった。
時折お世話係の人がちょっとした食事やら着替えやらを持ってきてはくれるけど、それだけ。渡すものを渡したらそそくさと彼らは帰ってしまう。話し相手になることもなく。
それ以外はずっとひとりぼっちの部屋。
カチコチと音のなる時計が妙に存在感があって憎らしくすらある。だけどこれがなければ完全に無音なのだろうと思うと、それはそれで怖かった。
ドラマなんかでよくある抜け道を何とか探してみるものの、本棚の後ろに抜け道…なんてのは当然なかった。
僕の頭の中にあるのはもちろん暁都さんのこと。
ずっと悶々と暁都さんのことを考えては思い悩んでいる。
またも頭を抱えてソファに座った。
…暁都さんが僕に対して嘘をついていただなんてホントに信じられない。
でも暁都さんが嘘をつくのが上手いのは事実だった。それは僕の元恋人・辰也と3人で会った時のこと。暁都さんは堂々と嘘をついた。
僕の両親に挨拶しただの結婚するだの。あれは本当に事実を喋っている様にしか見えない自然さだったのだ。
さすが小説家、とあの時は驚くだけだったけれど。
もしもあの調子で僕のことも欺いていたとしたら?
もう何度も考えたことを再考して、またもゾッとした。
そんなことあり得ない、暁都さんはそんな人じゃない!と言い張る自分と、どうしてそう言い切れるのだと疑問を呈するもうひとりの自分…。
お父さまが僕に投げかけた質問は、確実に僕のこころに影を落としていた。
迷ってはいけないと思いながらも、この部屋に精神を蝕まれているせいのか、ついネガティブに考えてしまう。
…嘘をついているとしたら、いつからだった?
暁都さんと知り合って付き合い始めて蜜月の今に至ると思っていたけれど、蜜月だと思っていたのは僕だけだったの?
どこまでが彼の本音でどこからが嘘だったのだろう?
この実家に連れてきたのは、ホントに破局シナリオを描くためだったの?違うよね暁都さん?今どこで何してるの?まだ離れにいるの?身体は大丈夫?それとも僕と別れられそうでせいせいしてたりするの?会いたいよ。
***
それから更に時間が経ち、僕はイライラして手が震えてくるようになった。
狭い部屋の中を立っては歩いてどうしようもなかった。飢えた肉食獣の様に部屋をうろついた。
マトモな思考力や精神力が底を尽き掛けていた。
長い時間誰も来てくれない部屋で訳もなく暴れ、疲れてしまってスイッチが切れた様にぼんやり座って壁を見ていた時。
古いからだろうか、やや黄ばみかかった壁紙がふと壁が迫ってくる様な錯覚を覚えたのだ!ついウワ!っと小さく叫び声をあげてしまった。
心臓のドキドキがやばい。
このままここにいたらヤバいと本能が叫んでいる。
クッと手のひらを握った。
「……」
僕は考えて考えて決断した。
震える手で万年筆を手に取り、誓約書を記入していった…。
これがお父さまが僕をここに入れた狙いだったのだと理解しながら。
そして僕は気づけば訳の分からないことを喚きながらガンガンと扉を叩いていた。
***
どれくらい時間が経った頃か。
「…小春くん。随分騒がしくしているようだが。どうだね」
お父さまはついに現れた。
「お父さま、すみません。このままでは、僕は頭が、おかしく、なりそうです。お願いですから、ここか、ら出してください。お願いです、お願いです…」
「では書くものを書きたまえ」
「…こちらを…」
僕はスッと一枚の書類を出した。
「…何だね?これは」
誓約書の裏側に僕は自分なりの譲歩出来る条件を書いていた。完全に気がおかしくなる前に出来る手を打ちたかった。
「別の女性と再婚することも子供を作ることも止めない、僕は日陰の身で良いから時折会うことを許して欲しい。お金は1円もいらない、手切れ金も何も。…そういう内容です。
それじゃあダメですか?」
「自ら無料で妾になろうというのかね」
心底驚いたような声。
そうです、と言うと同時に僕は崩れ落ちた。精神が限界だったのかもしれない。
浮気なんて嫌だダメだと思っていたけれど、暁都さんに2度と会えないくらいなら僕は浮気相手で良いじゃないか、僕は自分で自分を説得したのだ。
それしか抜け道がないのなら、僕は喜んでその道を選ぶしかない。
2度と会えないなんて考えられなかった。
続く
絶対負けるもんかと誓っていた僕だったけれど、ずっと狭い部屋に閉じ込められて携帯も圏外という環境下では、情けないことに精神は容易にガリガリと削られていった。
お父さまはあれから姿を現さないものの、とにかく時間の流れが遅かった。
時折お世話係の人がちょっとした食事やら着替えやらを持ってきてはくれるけど、それだけ。渡すものを渡したらそそくさと彼らは帰ってしまう。話し相手になることもなく。
それ以外はずっとひとりぼっちの部屋。
カチコチと音のなる時計が妙に存在感があって憎らしくすらある。だけどこれがなければ完全に無音なのだろうと思うと、それはそれで怖かった。
ドラマなんかでよくある抜け道を何とか探してみるものの、本棚の後ろに抜け道…なんてのは当然なかった。
僕の頭の中にあるのはもちろん暁都さんのこと。
ずっと悶々と暁都さんのことを考えては思い悩んでいる。
またも頭を抱えてソファに座った。
…暁都さんが僕に対して嘘をついていただなんてホントに信じられない。
でも暁都さんが嘘をつくのが上手いのは事実だった。それは僕の元恋人・辰也と3人で会った時のこと。暁都さんは堂々と嘘をついた。
僕の両親に挨拶しただの結婚するだの。あれは本当に事実を喋っている様にしか見えない自然さだったのだ。
さすが小説家、とあの時は驚くだけだったけれど。
もしもあの調子で僕のことも欺いていたとしたら?
もう何度も考えたことを再考して、またもゾッとした。
そんなことあり得ない、暁都さんはそんな人じゃない!と言い張る自分と、どうしてそう言い切れるのだと疑問を呈するもうひとりの自分…。
お父さまが僕に投げかけた質問は、確実に僕のこころに影を落としていた。
迷ってはいけないと思いながらも、この部屋に精神を蝕まれているせいのか、ついネガティブに考えてしまう。
…嘘をついているとしたら、いつからだった?
暁都さんと知り合って付き合い始めて蜜月の今に至ると思っていたけれど、蜜月だと思っていたのは僕だけだったの?
どこまでが彼の本音でどこからが嘘だったのだろう?
この実家に連れてきたのは、ホントに破局シナリオを描くためだったの?違うよね暁都さん?今どこで何してるの?まだ離れにいるの?身体は大丈夫?それとも僕と別れられそうでせいせいしてたりするの?会いたいよ。
***
それから更に時間が経ち、僕はイライラして手が震えてくるようになった。
狭い部屋の中を立っては歩いてどうしようもなかった。飢えた肉食獣の様に部屋をうろついた。
マトモな思考力や精神力が底を尽き掛けていた。
長い時間誰も来てくれない部屋で訳もなく暴れ、疲れてしまってスイッチが切れた様にぼんやり座って壁を見ていた時。
古いからだろうか、やや黄ばみかかった壁紙がふと壁が迫ってくる様な錯覚を覚えたのだ!ついウワ!っと小さく叫び声をあげてしまった。
心臓のドキドキがやばい。
このままここにいたらヤバいと本能が叫んでいる。
クッと手のひらを握った。
「……」
僕は考えて考えて決断した。
震える手で万年筆を手に取り、誓約書を記入していった…。
これがお父さまが僕をここに入れた狙いだったのだと理解しながら。
そして僕は気づけば訳の分からないことを喚きながらガンガンと扉を叩いていた。
***
どれくらい時間が経った頃か。
「…小春くん。随分騒がしくしているようだが。どうだね」
お父さまはついに現れた。
「お父さま、すみません。このままでは、僕は頭が、おかしく、なりそうです。お願いですから、ここか、ら出してください。お願いです、お願いです…」
「では書くものを書きたまえ」
「…こちらを…」
僕はスッと一枚の書類を出した。
「…何だね?これは」
誓約書の裏側に僕は自分なりの譲歩出来る条件を書いていた。完全に気がおかしくなる前に出来る手を打ちたかった。
「別の女性と再婚することも子供を作ることも止めない、僕は日陰の身で良いから時折会うことを許して欲しい。お金は1円もいらない、手切れ金も何も。…そういう内容です。
それじゃあダメですか?」
「自ら無料で妾になろうというのかね」
心底驚いたような声。
そうです、と言うと同時に僕は崩れ落ちた。精神が限界だったのかもしれない。
浮気なんて嫌だダメだと思っていたけれど、暁都さんに2度と会えないくらいなら僕は浮気相手で良いじゃないか、僕は自分で自分を説得したのだ。
それしか抜け道がないのなら、僕は喜んでその道を選ぶしかない。
2度と会えないなんて考えられなかった。
続く
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