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第四章 希望華
希の子
しおりを挟む「……読んだね? つまり彼女は絶望を肩代わりしたのではなく、その身に宿てしまった世界の希望を、強引に取り出されてしまった。というのが、グラル氏の残した内容だ」
「……こんな走り書きした内容を、素直に信じるんですか? 論文にも仕上っていない。まだ検証の最中じゃないですか」
「では、本人に聞いてみようじゃないか」
「――――!」
俺はヴァラレイスの方へと振り向いた。
やがて、顔を下げたままの彼女が呟いた。
「……ふん、確かに希望の子と言われていたよ」
(――!?)
「私は世界の希望を、この身に宿して生まれて来た。その後、私以外の全てが絶望に沈んでしまったんだ。だが、決して誰も私を恨んだり、憎んだりしなかったよ。私はこのまま生きていればいい、そう言われていた。……けど、それが凄く苦しかった。皆、私が生まれてきてしまったせいで苦しんで行くんだからさぁ……そして私が存在し続ける限り、誰も救われることはない。それが嫌で嫌で……あの儀式に乗っかることにしたんだ」
「……じゃあ、君は誰かの幸福を願って底に落ちたわけじゃなく……」
「そうさ、この身が持っていた、皆の希望とやらを捨てて、自分の苦しみから解放されたかった。いわば自己満足…………私の罪滅ぼしなのさ」
(そうだったのか……あの壁画の少女の気持ちを綴った文字も、美しい微笑みの表情も全ては、ただの偽りの伝承だったのか)
「ああ……そうだよ」
俺の心の声を聞いた彼女は白状した。
「だからこそ、我々は返すべきなのだ。彼女に希望をな……」
ゴダルセッキさんは、黄金に輝くその華を見せつけてくる。
「……その華は何ですか」
「――アレは希望華。かつて私が捨ててしまった希望が、この世界に華の形となって咲いたんだ。たぶんその一輪だ」
問いに答えてくれたのはヴァラレイスだった。
「希望華……それをどうするつもりです」
今度こそ、ゴダルセッキさんに答えてもらう。
「先ほどから言っている。希望を返すと、そうすれば彼女の内に秘めている、あらゆる絶望が再び漏れ出して、世界は本来あるべき姿に戻るのだ。そして我々は自らの力でその降りかかる絶望に抗い、克服するために進化し続けるのだ」
「それは、全ての人民の、総意なのか? それとも、お前一人だけが見ている、悪夢なのか?」
胸を押さえたままのヴァラレイスが問う。
「――国会の平和に浸りきっている老人たちには何も伝わらない。だが、崩してしまえばそうも言ってられないだろう……」
「そんなことのために、あなたは悪夢を振り撒いてしまったのか……」
「私だけの非ではない。元を正せばヴァラレイスが絶望を持ち去ってしまったのが原因なのだ。希望をその身に宿していながら、世界のために何もしなかったナマケモノにも非があるのだぞ」
「…………そうだな、私にも非が――」
「――非なんてない。少なくとも、ゴダルセッキさんの語ることより、君の考えは間違っていない」
俺は自信をもって否定する。
「ホロム……」
「――君は、彼女を苦しみから解放しようとは思わないのか? 数千年も孤独にさせた彼女に、希望を返したいとは思わないのか? ヴァラレイスの熱烈な信奉者ではなかったのか?」
「――思わない。だって彼女はそんなこと望むような女性ではないから……」
ハッキリと発言する。
「……色々と植え付けたつもりだったがな、結局…………キミを決定したのは両親の血か」
ゴダルセッキさんの声色が黒に変わった。
「――ヴァラレイス、言ってくれ俺は何をしたらいい」
「…………ふん、私の希望を潰してきてくれ」
彼女は珍しいことに口角を笑みの形にしていた。
「――わかった」
俺は早々に夢をイメージして、水の腕を現実世界に表して見せた。
「……こちらもわかった。やはり誰にも、この崇高なる大義は理解できないらしい。ならば、一人で戦うしかない――――力ずくで返してもらう。我々の持つべき大いなる絶望を、そして未来の永遠の発展を――」
ゴダルセッキは希望華を鉢から引っこ抜いて、右の手の甲に植え付けていた。
すると彼の周囲に、光り輝く円錐状の花が五つ展開された。それはまるで歴史会館で見た砲台のようだ。
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