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第三章 発芽
美しい髪切り小鎌を夢に見る
しおりを挟む「はぁ、はぁ、はぁ……」
「はぁ、はぁ……いい加減、そこを、はぁ……退いてくれないか?」
お互いに息が上がってしまっている。
(もう一度、水の腕を形にし直さないと…………待て、わざわざここで腕の形に拘る必要があるのか? いや――ない。もっと別の、触手に対して抜群に効果のいい物を実体化させればいいじゃないか――何か、何かないのか)
辺りに目を向けて、思考を巡らせても思い当たらない。
「――うわわわっ!!」
四本の触手がそれぞれの方向から、俺を捕まえようと迫って来たので、何がんでも避けまくった。そして民家に逃げ込むことで、その隙に何か打開策を考えるために潜んでみる。
(――もう俺一人じゃ無理だ! ヴァラレイスに頼むしか……ヴァラレイスに…………待て、待てよ。彼女なら……彼女ならどうする? この状況で何をする? 何をすると思う? 何が出来ると思う? 彼女の持っている力で……持っている? 彼女が持っている物? ――――そうだ! 髪切り小鎌!)
民家の壁に身体を預けて、瞳を閉じて脳内を真っ暗にする。
(禍々しくも美しい妖艶な鎌を夢に見るんだ……まるで水の腕をそのまま鎌の形に変えたような感じがいいか……刃の切れ味に特別入れ込んで……よし、もう一度表に出よう)
イメージを十分に固めることが出来た俺は、再びイルフドの前に姿を現してやる。
(――鎌をこの手に形成するんだ)
瞳を閉じて右手を伸ばし、夢を現実に落とし込んでいくイメージをする。
「――また出て来た。そんなに僕が恋をするのがおかしいか!」
俺を見つけたイルフドはきっと四本の触手を差し向けてきている。けれど関係はない、先に鎌の形成を終わらせなければならないからだ。
「――夢は、今ここに現実として叶う」
水の鎌が完成したのを感じて瞳を開く。俺は前に伸ばしていた腕を、水の鎌ごと回した。すると狙い通り、迫っていた四本の触手を切り落とすことが出来た。
「――――なっ、こ、こんなことがっ!?」
「これなら……触手を切り落とせる」
俺はその一回で鎌の効果に手応えを感じ、イルフドに勝負を仕掛けるため前へと走り出す。
「――く、恋を掴むんだ! この手で恋を掴むんだあああぁぁ!!」
それでもイルフドは、切断されて不格好になった触手を突っ込ませてくる。だが、俺が水の鎌を前でかき回すように振ると、刃に巻き込まれた触手がボトボトと下へ落ちていく。まだ迫る触手をもう一度水の鎌で切り落とし、さらにもう一度、さらにと、数回続けて切り落とす。
そして、俺の足がイルフドの元までたどり着く頃には、とうとう悪夢力が弱まったのか、触手が彼の身体の中へと納められていく。背中の花も無くなっていく。
「……僕も恋が、してみたいんだ」
意識を失いながらも彼はそう口にして倒れそうになる。けれど、俺はその身体を支えてあげて、地面に優しく下ろして寝かせておいた。
「イルフド……焦ることはないさ……だからヒントをあげるよ。君もいつかそういうときが来るかもしれない」
俺の耳が――サッサッという小さい足音を拾っていた。
「……恋の始まりは心が変わる時なんだ」
足音の主たる少女と目が合うと、顔を背けてられたしまったが、鼻を――ふん、と鳴らす彼女の態度は、俺の頑張りを労ってくれたような気がした。
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