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第三章 発芽

薄気味悪い恋心

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(ど、どうしよう……アイツもヴァラレイスに恋をしていたのか? か、彼女はどう答えるのだろう)

 彼女を見ると、深い溜息を吐いていた。そして口を開く。

「……それで? お前は私の答えが欲しいのか?」
「……いいや、答えはいらない。僕がキミを欲しいか欲しくないか判断する……だから――こちらへ来てほしい!」

 イルフドの勢いよく迫る触手は、彼女を捕らえられなかった。くるりと回られて、華麗なステップで回避される。

「……やはり」触手を躱されたイルフドが呟き。
(――美しい)俺は舞踊のような動きを見てそう思う。
「お前たちは気色が悪いよ……」

 涼しい顔で言い放つヴァラレイスは、俺たち二人に告げて言う。

「……イルフドと言ったか? ここにいる女たちは、なぜ倒れているんだ?」
「ああ、僕の琴線に引っ掛からなかったからさ……」

 路上に倒れる数十人の女性を見て、イルフドは普通に答えた。

(イルフドがこの女の人たちに何かをしたのか? にしても、気絶している人たちを見て、あんなに薄い反応をするなんて……)
「恋に相応しい相手……なるほど、ここの女たちはお前には相応しくなかったと……」
「そうさ、僕が夢見ている美しい恋に、この人たちは釣り合わなかった。だから次は君を品定めしようと思う……だから君のことを近くでもっと知りたい」
(ほ、本当にイルフドなのか? 俺も相当だと思うけど、こいつも相当、気味の悪い夢を見ていたんだな……)
「ホロム、これはお前の責任だぞ!」
「えっ……俺の責任?」
「お前が――――っ!?」

 ヴァラレイスとの会話は打ち切られた。空気を読んでくれなかったイルフドが、不気味な触手をしならせて、鞭のように振って来たからだ。

「この、触手か、女たちが気絶をしている原因は、人の水分を吸収する、もののようだな」

 彼女は優雅な舞いを披露しながら、蛇のようにうねる触手を回避していく。

(なんて綺麗なんだろう……そうではなくて、彼女の話を聞いておかないと)
「……要するに、お前の琴線とやらに引っ掛からなかった女たちは、その触手で水分を奪い取ってしまい、自分の悪夢力に加えるわけか……ふん、自分勝手な」

 ヴァラレイスは触手を避けていく過程で、民家の屋根に舞い上がり、夜空を背にして佇むと、そう告げた。声には怒りも軽蔑の感情もない。

「いいから! こちらへ来るんだ! 君が僕に相応しいかどうか確かめさせてくれ!」

 イルフドは彼女の立つ屋根の上へと、不気味な触手を鞭のように振って落とす。
 一方のヴァラレイスは、屋根から飛び立ち、宙を踊り狂って、俺の側へと静かに着地した。

「私は辺りの女たちを引き連れて容体を診ておく。お前は喧嘩を――」
「わかってる(けど……どうしてアイツは俺に夢を教えてくれなかったんだ……?)」
「勘違いするな。アイツはまだ悪夢も夢も語っていない」
「――えっ! けど、アイツは恋をするのが夢だって……ヴァ、ヴァラレイス、お、俺には意味が分からない?」
「……ぶつかって来い。そうすれば本当のことがわかるさ…………いいなホロム、自分の描いた夢がお前の力だぞ」

 俺は曖昧に頷いくと、彼女は早足で自分のやるべきことに取り掛かる。
そして俺の方は喧嘩をするため、素人の構えでイルフドの正面に立った。

(恋の話は苦手じゃなかったのか? どうしたんだイルフド……)
「ヴァラレイスが欲しい。これが、これが恋なんだよなぁ……」

 背中の不気味な触手より、友人の見たこともない歪んだ嗤いの方が何倍も恐ろしかった。

(……俺の彼女への恋心も、これほどに薄気味悪いものなのだろうか)
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