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第三章 発芽

悪夢を見ている友達

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 着物の少女が夜風に当てられながら、草の上をサクサクと歩き、レレヤに近寄っていく。

「なぁ、少年。夢はあるか?」
「……ゆ、め……夢ならあ、ある」

 吹き飛ばされ地に倒れ込んでいたレレヤが、グラつきながらも起き上がる。

「どんな夢だ?」
「ギターを使ってコンテストに優勝する。そして、俺っちは皆に、ちやほやされるんだ。そしたら、みんな上手くいく、恋も、勉強も、将来も、バラ色の人生だ」
「なるほど、君の夢はわかった。けど、それは悲しいけど叶わない。いや、私は叶えられない」
「――な、んだと!」
「それは悪夢なんだ。叶えてしまうと余計に苦しむ。いつか、何もうまく行かなくなる…………私は君に幸福になってもらいたい、だからここでソレはもらっていくよ」
「――くぅ! お前もか! お前も俺っちの夢を壊すのか! 俺っちだって! 夢を見てもいいだろ!」
「ダメだ。君の見る夢は叶わない……」
「どうしてだ! ギターくらい好きに弾かせてくれよ! 俺なら絶対優勝できる! その自信があるんだ! 夢を叶える自信が!!」
「……無理だよ。世の中には、君と同じ夢を見ている人が他にもたくさんいる。彼らも彼らで夢を叶えようとしている。ほら見てごらん少年……」

 ヴァラレイスが指を差したのは、レレヤが丘の上に放り捨てたギターだった。

「……君は今、夢に到達するために必要な、ギターという物を乱暴に手放してしまったんだ。それは自分で夢を捨ててしまったことと同じなんだよ…………ギターをこよなく愛する人の夢に、ギターを愛さないキミの夢が追いつくことはない」
「――や、やめろ!?」

 それはレレヤにとっては訊くに堪えないセリフだったはずだが、

「ごめんよ少年。だから悪夢から覚めておくれ……」

ヴァラレイスは冷徹にも告げてしまう。心苦しい優しさだ。

「やめろって言ってるだろぉーーーー!!」

 レレヤが吠える。それと同時に、彼の右腕から植物の根のようなものが飛び出して、身の丈の数倍以上の腕になった。

「な、何だあれ! レレヤに何が起きてるんだ!?」
「……これが発芽状態にまで達した者だ。あの彼の腕こそ、内面で展開されている悪夢そのもの、それが表面まで湧き上がって、この世界に実体を持って現たわけだ。この特殊な力を悪夢力という……」
「……あれが、あの植物の根のような腕が、レレヤの悪夢?」

植物の根がウネウネとしながら、腕の形を保っている。

「……見てみろ、あの顔を……気づいていたか?」

彼女が促すので、俺は暗がりに隠れているレレヤの顔を、目を凝らして見てみる。

「あれは……眠っているのか?」

 目を半開きにして涎を垂らす彼を見て、俺は呟いた。

「眠らないと悪夢は見られないからなぁ……この場合、悪夢を見ているのは私たちの方になるが――――ああ! 今のは例え話だぞ! べつに彼の夢の中いる訳ではないからな」

 夢ではないと彼女は補足するが、とても現実感のある光景ではない。レレヤの植物の腕は、形が安定するまで暴れていた。周囲のオブジェを壊し、丘を抉り取っている。

「あのままに、してはおけないよな……?」
「当然だ。悪夢力を構成している成分は、人の血と汗と涙を糧にこの世界に現れている。放っておけば衰弱よりも酷い乾いてしまった人体が出来上がる。まぁ、そうならない為に、身体に必要な栄養の補給も、悪夢が面倒をみているけど――」

 ヴァラレイスの話は途中で聞こえなくなってしまう。それは雄叫びが上乗せされたからだ。

「――うおおおおおおおおおおおお!!」

レレヤは植物の腕を構えながら迫ってきていた。

 ヴァラレイスが――ふぅっと息を吹きかけると、またレレヤは追い払われる。

「……とまぁ、悪夢を実体化させた者を、植樹肉者というんだ」
「レレヤもキミの血を飲ませれば、元に戻るのか?」

「ああ、だから喧嘩をしてきてくれ……」
「…………ああぁ……どうして?」
「血を大人しく飲ませるためさ。あの少年を動けなくして欲しいんだ」
「……ここで、あの状態のレレヤと喧嘩? …………いやいや俺には無理だ。それに植物の腕をどうしろって言うんだ。あんものに殴られたら、ただじゃ済まないぞ?」
「もちろん。お前もあいつと同じ力を使えばいい……」

 風に髪を靡かせて、少女は簡単に告げた。
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