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第二章 異常

ヴァラレイスの怒りの一言

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「あなたがヴァラレイスさん?……やっぱり本当に居たんだ」

俺の目はキラキラと子供のように輝いていることだろう。

「おい、素直に信じるな……普通は疑うところだぞ……? 今の世間は、気が狂った輩だらけなんだろ? 私もその一人だとは思わないのか? ヴァラレイスの名を語る、頭のオカシイオカシイ女とは思わないのか?」
「――思わない。だって、こんなに美しい女の人は俺の街に一人だっていやしない」
「……馬鹿が、気色悪いセリフをこっちに吐きかけるな」
「いや、本当に美しいと思ったんだ。その痛んでいる髪も、光のない虚ろな瞳も、毒素を含んでいる美声も、闇の中では光って見えるその白い肌も、君の全てが完璧なまでに芸術品のように美しい。まさに絶世の美……」
「ああーー!! うああーー!! 気色悪いからやめろと言っているんだ! 私に向けるなら罵詈雑言にしてくれ! 消えてなくなりたくなるわーー!」
「――あ、気を悪くしたのなら謝るよ。だからそんなに怒らないでくれ」
「別に怒ってなんかない。むしろ謝罪をするな。私みたいな穢れた女には似つかわしくない」
「……そ、そうなんだ。それより、そろそろそこをどいてほしいな……起き上がりたいんだ」

俺はヴァラレイスに馬乗りにされて、腹部にその重みを感じていた。

「ダメだ。お前は起き上がったら何をするつもりだ……?」
「何って、君に何もする気はないよ。誓ってね。だからそこを……」
「お前、この髪切り小鎌で、さっき何をしようとしていた?」

(――!?)

 少女の手にしていた刃物は、先ほど俺が首元を突き刺そうと、使っていた髪切り小鎌だ。

「……そ、それは……」
「普段の私は何をされても、人に怒ることはない……人の負の感情を受け止めてやれるからな。けど、これは違う……この刃でお前がやろうとしていた一件に対しては、怒りを感じているらしい。永遠に存在し続けて始めて知ったよ……やっぱり私は、どす黒い心を持っているらしいな」
「…………お、俺が勝手にやったことです。あなたに関係は……」
「あるだろ! お前、誰の元へ行きたいと願った! 誰に会いたいと願った!」
「――――――!!!?」
「全部聞こえているんだよ! 全部見られているんだよ! 全部バレているんだよ! あろうことか、私を原因にして落ちてこようとしやがって!! 夢も希望も捨てようとしやがって!! 悪夢に身を委ねて楽になろうとしやがって!! 寄りにもよって私の前で……私の前で……死のうと……しやがって」
「………………ごめん、なさい」
「……だから謝るな。気色悪い」

しばしの沈黙が流れる。

「……怒りはそれだけですか?」
「お前にはもう言いたいことはない。あと、もっと馴れ馴れしく話しかけろ。私に敬われる価値なんてないんだから……」
「そんなことはない、貴方は皆の代わりに“負々敗々の因果”を――」
「背負ったよ……? なのにさぁ~~なんか世間が悪夢に染まり始めてるんだ。だから現れてやった……」

美しい少女がいじらしく愚痴を言い始める。

「そ、そうなんだ……じゃあ、そろそろどいてくれないかな。もう、あんなことは二度としないから……」
「いや、まだだ。お前はまだ悪夢を見ている。その原因を取り除かない限り、また同じように自決に至る。だから、ここで取り除く」
「やっぱりこれは夢なんだ。けど、貴方が現れてくれたから悪夢なんかじゃないよ……」
「セリフがいちいち気色悪いなぁ……お前の後輩とやらに姿を変えてやるぞ!」
「そ、それは今は勘弁してほしいな(あれ? フェリカのことを知っているのか?)」
「だったら大人しくしていろ。いちを言っておくとこれは夢じゃない。私は本当にお前たちの……えっと、なんたらの国に実際に現れたんだ」
「――実際にって、ヴァラレイスは数千年前にいた人で現代にいるはず――って何を!!」

 唐突に、彼女は手にしていた刃物で自らの指先をスッと切り、少量の血を表へと流しだしていた。その血は暗闇のせいではない。本当に黒い色をした血だった。

「飲め……苦しみの果てにこそ、夢と幸福が待っているから……」
「――あがぁっ!!」

 彼女は血の滴る指先を、俺の口の中へと強引に突っ込んできた。
 俺の舌に彼女が指先で血を塗り付けてくるのを感じていた。とても冷たくて無味の血だった。
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