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第一章 日常

立ち入り禁止の区域

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「ん? 学生か? こんばんは……」

 警備服を着た大柄の男性が、一人で門の前に立っていた。彼の見た目から俺の年齢の倍ぐらいありそうだと推測してみる。

「こ、こんばんは……あの~~ここはもしかして、禁止区域ですか?」

 気軽に警備員に話しかけてみる。暗がりで禁止区域の近くを歩いていようが。それだけで怪しまれることなんて、この国ではないんだから。

「ん? ああ、そうだよ……わかってるとは思うけど、この先には一部の人しか入れないからね」
「はい、それはもちろん。けれど、質問してもいいですか?」
「ん? 学生の好奇心かな? まぁ、僕に答えられることならいいけど、何だい……?」
「この立ち入り禁止区域には、一切の草花や木々もなく、延々と黒い土があるんですよね?」

 入り口は厳重に閉ざされ、“立ち入り禁止”と書かれた張り紙や立て札がいくつもあるが、その奥を窺うことは出来ない。

「ああ、僕は入ったことないけど、そう聞いてるよ」
「立ち入り禁止なのは、たしか例の古文伝の少女に関わる場所だから、でしたか?」
「そうそう、皆もよく知るあの不吉な少女と縁のある場所だから入ることは禁じられているんだ……」
「つまりその~~この中には黒い土の景色の他にも、何かあるってことですよね?」
「うん、そうらしいよ。僕は中に入れていないから見てないけど、詰め所にいる同僚は、それを見たって言っていたな……」
「何があったんですか?」
「確か、深い大きな穴があるって、その穴はヴァラレイスのにいる地獄の底と通じているらしいんだとか……」
「ヴァラレイスにのいる場所に通じている穴……?」

 そこで俺が沈黙したのは、その話を頭に入れるのに少し時間を必要としたから。

「ああ、怖がらせてしまったかな……大丈夫、たぶん単なる脅し文句か何かだよ。皆を不吉な場所に近寄らせないためのね」
「そ、そうでしょうね……教えてくれてありがとうございました」
「ああ、夜道には気を付けて帰りなよ学生君」

 意外と親切だった警備員と、別れの挨拶をして、再び時計塔へと足を運ばせた。

(禁止区域にはヴァラレイスのいる地獄の底に通じている大穴がある……か。いけないことだとわかっていても興味はあるなぁ……けど、入れない場所なら諦めるしかない……ああ~~また一つ、叶いそうにもない夢が増えてしまった……どうやら、そうとう厳しい恋の大穴に、俺は落ちてしまっているようだ)

 時計塔の上層に到達した頃には、夕陽も完全に地平線の彼方へ沈み、フォレンリース共和国に夜暗が満ちていた。高い時計塔から一望できる景色は、やはり至る所にある街路樹の照明具があって、街中を色鮮やかな光で飾りつけている。
 俺は夜景を楽しみながら、エネルギーの補給に夢中だった。傍には、下の階で購入しておいた、お気に入りのハーブティーを置いている。

(……ふぅ、平和だな)

 高い時計塔からでも、人々が楽しいそうに友と笑い、嬉しそうに街を歩き続ける様子がわかる。

(数千年前とはいえ、この世界で人々が争い、疫病でたくさんの人が苦しみ、天地が荒ぶっていたなんて想像できない。けど、それは実際に起きていて、一人の少女が全てを背負って地獄の底へと落ちていった。この平和を保ち続けるために、今もずっと負々敗々の因果と戦い続けているヴァラレイス・アイタン。この光景を作り出した彼女のどこが不幸・不運・不吉の象徴なんだ。彼女ほど、この世界を好いている人は絶対にいない。それこそ唯一無二にして絶対永遠だ。皆わかっていないよな、父さん。彼女はこの世界に終わらない幸せを齎してくれたのにさ……)

 二、三、ポテトスティックを口に運び、喉に通しやすいよう噛み潰す。

(平和を満喫しながら、夜景を楽しみ食事を取る、何の文句もないほど有意義だ。最高だ)

 ハーブティーを口に含み、味わって喉に通した。とても強い幸福感に満たされた。

(両親が居なくなっても前を向けた。後輩を幻滅させてもまだ関係は取り戻せる。そう思えるのは、彼女が全ての人の代わりに不幸に身を落としたから、もうそれ以上の不幸はないと教えてくれるから。それを知る限り俺たちは幸せで居続けられるんだ)

 夜空にヴァラレイスの幻影を見た気がした。場の空気と彼女への心酔からだろうか、おかしい人と思われても、心の中は誰にも知られないから気にしない。

(……ありがとうヴァラレイス・アイタン。君の望み通り俺たち人類はこれから先もずっと、絶対永遠の最勝利者で居続けてみせるよ)

 ――数多の星々に見とれていたそのとき、
 ――ドォッガーーーーン!!!!
 ――街の一部分が爆発した。黒煙をモクモクと上げる。

(…………は?)

 そこからの俺は、爆発の行く末とそれを目にして大騒ぎする人たちを、ただ茫然と見物しているだけだった。
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