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第一章 日常

父と母の行方

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「そういえば、当時は余裕がなくて聞いていませんでしたが……」

 ふと浮かんだ話題を、口にするのを少し躊躇って、

「父さんはどうやって亡くなったんですか?」
「……詳しくは知らないが、グラル氏は遠い遠い国へ赴いて、大きな事故に遭い命を落としたと聞いている」

「……そうですか。どこの国で父さんは……」
「それは教えられんよ。君の母上、ミリチ氏のようにこの国から飛び出して行方不明になられても困る。我々としても場所を明かしてしまったのは失敗だったと思っているのだよ」

(母さんか……)

 あの日を……母さんと最後に会ったあの日を、最低限の荷物をまとめて家を飛び出したあの日を……微かに俺は覚えている。

⦅ホロムお母さんね、今からお父さん探してくるから。あの人はきっと生きてるわ。だって、私たちの世界はヴァラレイスさんが不幸を肩代わりしているから、誰も理不尽な運命が起きないようになっているはずだもの。すぐ見つけて帰ってくる。その時はまた新しい記念日にでもして、ご馳走を振る舞ってあげるわ。じゃあホロム、行ってくるから、いい子で待っていてね⦆

 そう言って母さんは家を飛び出して二度とは帰ってこなかった。

(父さんが生きているなんて話を、鵜呑みにしなければ、母さんまで失わずに済んだのに……俺というやつは……)

「賢いホロムなら、わかってくれるだろうね。この国から不用意に出てしまう恐ろしさを……」
「ヴァラレイスの肩代わりが働かなくなるから……ですか?」
「そういうことだ」

 ゴダルセッキさんはソファーから腰を上げて、大壁画に描かれた少女に目をやった。

「唯一無二の永遠なる最敗北者・ヴァラレイス・アイタン……数千年も昔、その時代の全人類は度重なる大不幸と大不運に絶望し、失望し、怨望した。人同士の争いは絶えず、疫病は浸食し続け、災害が際限なく繰り返されていた。そんな醜悪で残酷で悲惨な世界の中、人々はただ一人の少女に、過去・現在・未来の、世界・人類・運命の、全てを含めた負敗の因果を永遠に押し付け続けることにした。人道から外れた大儀式を幾重にも実行し、最後には少女だけを理不尽に非難し、深淵へと追いやった。だが、その後すぐに全ての問題が収束へと向かった。人々は手を取り合い、病の脅威は薄まって、天地の荒れも静まった。そのどれもが、数千年から今日に至るまで再度、発生することはない。それはこれから先の未来でも絶対に揺らぐことはないのだろう……」

 大壁画を見物するのをやめたゴダルセッキさんは、広間をウロウロと歩きながら語っている。

「……そういう、誰もが負けることのない世界のはずだったのに、ホロム君は父と母を亡くしてしまった。実に残念なことだ……」

(……そう、この古い話は、俺の父さんと母さんが不慮の事故にあったことで、迷信になってしまった。けれど、俺は……この少女が居た、という事実の方を信じたい)
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