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第一章
家族
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「アンネ」
何もない空間から男の子の声が聴こえてくる。
感覚が戻ってきた手の平の熱に合わせて汗が滲んできて、心臓の鼓動もはやくなっていく。
「はぁ」
吐息のような返事だった。
「ここは?」
「俺の部屋」
「……私の悪魔は」
「祓ってはないけど、きみの身体からは追っ払った」
「……」
佐伯はアンネの沈黙が怖かった。彼女の記憶の中にこれまでのことがどれだけ認識されて残っているのか分からないかったからだ。
布団から上半身だけを起こしたアンネは不自然に片付いている部屋を眺めている。
「あの方たちは?」
「あぁ、あいつらには帰ってもらったよ。大丈夫だって話はつけたからさ、今回のことで俺の強さをだな」
「ごめんなさい」
遮るようにアンネがそう言った。
「私はまたあなたに迷惑をかけてしまった」
たったそれだけの言葉に、佐伯は心が締め付けられた。今にも泣きだしそうな女の子の顔を見つめるだけで辛い。
「ごめんなさい……私の弱さがあなたを傷つけてしまった、あの時自分の中で誓ったのに、もう大切な人を傷つけたくなかったのに」
彼女の言葉はあまりに感情的で、怒りと絶望が入り混じった声だった。
「私ここを出ていきます」
「……っ」
佐伯は小さく息をとめた。
思わず視線を下げる、恐れていたことが起きてしまった。
「だめだ、そんなこと、はい分かりましたって頷くことはできない」
「これ以上あなたに迷惑かけたくない」
「迷惑か迷惑じゃないかは俺が決めることだ」
「だめ、あなたが良くても私が耐えられない」
「だめじゃねー、だったら俺はそんなお前をほっとけない」
「でも……また悪魔が暴れだしたら」
「でもじゃねーよ、お前に憑いてた悪魔の一人は俺がどうにかした。他のやつらがどうにもできなかった悪魔をだ。だったら次なにかあってもきっと大丈夫だ、だからお前は安心して……」
そこまで言おうとして
「もう察してよ! あなたがいかに強くてもきっと嫌な思いをさせてしまう、私の両親や施設の人たちのように。もう嫌なの、私と関係ない人たちが不幸になっていくのを見るのが、とてつもなく辛いの」
ついにアンネは今まで溜まっていた言葉を涙と共に吐き出した。
「私のために傷ついたんでしょ、なのにどうして私の心配なんかするんですか? ずるいですよ。そんなのずるいです」
アンネは胸にこみ上げる何かを飲み込むように息を吸う。
「言いたいことはそれだけかよ」
「はい?」
「言いたいことはそれだけかってんだよ」
アンネは答えない。佐伯は今までの人生でこれほどまでに辛い経験と孤独に苛まれてきたアンネがそんなことを口走ることが許せなかった。
「悟ってんじゃねぇ! 何が私と関係ない人だ。ふざけんな、勝手に怒って、勝手に泣いて、世界中の不幸を背負ったような顔しやがって、俺がお前と関係ないっていうのかよ」
「だってそうじゃないですか、あなたと出会ってまだ一か月も経ってないんですよ。これ以上、他人のあなたを私のことに巻き込むわけにはいきません」
「そうかよ、俺が他人だから厄介ごとに巻き込めないってか、まずますふざけんな、だったら」
佐伯は一拍開ける。今から自分が言おうとしていることは、お互いの今後の人生を大きく変えることになるかもしれない、しかし迷いはなかった。
「俺と家族になろう、他人じゃなかったら俺がお前を守ったって気に病むことはねぇだろう」
何もない空間から男の子の声が聴こえてくる。
感覚が戻ってきた手の平の熱に合わせて汗が滲んできて、心臓の鼓動もはやくなっていく。
「はぁ」
吐息のような返事だった。
「ここは?」
「俺の部屋」
「……私の悪魔は」
「祓ってはないけど、きみの身体からは追っ払った」
「……」
佐伯はアンネの沈黙が怖かった。彼女の記憶の中にこれまでのことがどれだけ認識されて残っているのか分からないかったからだ。
布団から上半身だけを起こしたアンネは不自然に片付いている部屋を眺めている。
「あの方たちは?」
「あぁ、あいつらには帰ってもらったよ。大丈夫だって話はつけたからさ、今回のことで俺の強さをだな」
「ごめんなさい」
遮るようにアンネがそう言った。
「私はまたあなたに迷惑をかけてしまった」
たったそれだけの言葉に、佐伯は心が締め付けられた。今にも泣きだしそうな女の子の顔を見つめるだけで辛い。
「ごめんなさい……私の弱さがあなたを傷つけてしまった、あの時自分の中で誓ったのに、もう大切な人を傷つけたくなかったのに」
彼女の言葉はあまりに感情的で、怒りと絶望が入り混じった声だった。
「私ここを出ていきます」
「……っ」
佐伯は小さく息をとめた。
思わず視線を下げる、恐れていたことが起きてしまった。
「だめだ、そんなこと、はい分かりましたって頷くことはできない」
「これ以上あなたに迷惑かけたくない」
「迷惑か迷惑じゃないかは俺が決めることだ」
「だめ、あなたが良くても私が耐えられない」
「だめじゃねー、だったら俺はそんなお前をほっとけない」
「でも……また悪魔が暴れだしたら」
「でもじゃねーよ、お前に憑いてた悪魔の一人は俺がどうにかした。他のやつらがどうにもできなかった悪魔をだ。だったら次なにかあってもきっと大丈夫だ、だからお前は安心して……」
そこまで言おうとして
「もう察してよ! あなたがいかに強くてもきっと嫌な思いをさせてしまう、私の両親や施設の人たちのように。もう嫌なの、私と関係ない人たちが不幸になっていくのを見るのが、とてつもなく辛いの」
ついにアンネは今まで溜まっていた言葉を涙と共に吐き出した。
「私のために傷ついたんでしょ、なのにどうして私の心配なんかするんですか? ずるいですよ。そんなのずるいです」
アンネは胸にこみ上げる何かを飲み込むように息を吸う。
「言いたいことはそれだけかよ」
「はい?」
「言いたいことはそれだけかってんだよ」
アンネは答えない。佐伯は今までの人生でこれほどまでに辛い経験と孤独に苛まれてきたアンネがそんなことを口走ることが許せなかった。
「悟ってんじゃねぇ! 何が私と関係ない人だ。ふざけんな、勝手に怒って、勝手に泣いて、世界中の不幸を背負ったような顔しやがって、俺がお前と関係ないっていうのかよ」
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「そうかよ、俺が他人だから厄介ごとに巻き込めないってか、まずますふざけんな、だったら」
佐伯は一拍開ける。今から自分が言おうとしていることは、お互いの今後の人生を大きく変えることになるかもしれない、しかし迷いはなかった。
「俺と家族になろう、他人じゃなかったら俺がお前を守ったって気に病むことはねぇだろう」
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