上 下
56 / 79
第一章

ループ

しおりを挟む
「嫌いって言われた」

 絞り出すように独り言を吐きながら佐伯は買い物袋をぶら下げてとぼとぼ家路を目指していた。アンネのあとを追いかけなくてはいけないと分かっているが、想像以上に大嫌いと言われたことが心にきて足が重い。

 まぁでも如(実)の耳は発動しているし、彼女の足音や息遣いは手に取るように分かっている。

 というか、俺はストーカーかとため息をつく。これじゃあアンネを狙っている連中とやってることは変わらない気がする。

「よくわからん」

 佐伯は夕暮れが夜に変わる狭間の道を歩きながらぼんやり心でつぶやいた。

 アンネにとって最善なことは自分と一緒にいることなのだろうか。そんなことを思う。

 あの聖職者が言っていたようにアンネを狙う連中はたくさんいるわけでもしその大半があいつみたいな能力を持っていたらどんなに徳をためてもきりがない。

 ――俺はあの子を守れるのか。

 しかし、そんな弱音を考えるほど、心臓を握り潰されるような苦しさに襲われる。かといって今さら高野山にいる連中に頭を下げて彼女を保護してもらおうなんて甘い考えはない。ましてあの聖職者の言うとおりにするのも癪に障る。

 彼女が置かれた状況、背負った運命、生きている理由。どれをとっても自分とかけ離れている。

 佐伯は仏の世界を信仰し、アンネは神の加護を信じている。

 二つの世界は似ているようでまったくの別物。本来ならその価値観や思想は空と大地のように決してまじり合うものではない。

 たったそれだけのこと。

 たったそれだけのことが心に宙ぶらりんになっている。

 
「うん?」
 

 不意に音が消えた。

 アンネの音だけじゃない。風や周囲の生活音まで何もかも消えた。

 何かがおかしかった。佐伯は冷や汗をかきながら足を進める。次第にそのスピードは速くなってアンネの名前を叫んだ。

 ――まずい、まずい、まずい。

 気が付けば佐伯は買い物袋をほっぽり出して走っていた。

 ――誰もいない。いつからだ?

 きっと音が消えてからじゃない。如(実)の目を使っていなかったから詳しくは分からないが、おそらくモールプラザ草加を出てから異変があったのだろう。

「あぁっ」

 声がもれる。心に抱いた疑念が確信へと変わった。

 目の前に落ちていた買い物袋はさきほど佐伯が放り出したものだった。まるでフリーPC脱出ゲームのように同じところをループしているようだった。

 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

新訳 軽装歩兵アランR(Re:boot)

たくp
キャラ文芸
1918年、第一次世界大戦終戦前のフランス・ソンム地方の駐屯地で最新兵器『機械人形(マシンドール)』がUE(アンノウンエネミー)によって強奪されてしまう。 それから1年後の1919年、第一次大戦終結後のヴェルサイユ条約締結とは程遠い荒野を、軽装歩兵アラン・バイエルは駆け抜ける。 アラン・バイエル 元ジャン・クロード軽装歩兵小隊の一等兵、右肩の軽傷により戦後に除隊、表向きはマモー商会の商人を務めつつ、裏では軽装歩兵としてUEを追う。 武装は対戦車ライフル、手りゅう弾、ガトリングガン『ジョワユーズ』 デスカ 貴族院出身の情報将校で大佐、アランを雇い、対UE同盟を締結する。 貴族にしては軽いノリの人物で、誰にでも分け隔てなく接する珍しい人物。 エンフィールドリボルバーを携帯している。

ハバナイスデイズ~きっと完璧には勝てない~

415
ファンタジー
「ゆりかごから墓場まで。この世にあるものなんでもござれの『岩戸屋』店主、平坂ナギヨシです。冷やかしですか?それとも……ご依頼でしょうか?」 普遍と異変が交差する混沌都市『露希』 。 何でも屋『岩戸屋』を構える三十路の男、平坂ナギヨシは、武市ケンスケ、ニィナと今日も奔走する。 死にたがりの男が織り成すドタバタバトルコメディ。素敵な日々が今始まる……かもしれない。

JKがいつもしていること

フルーツパフェ
大衆娯楽
平凡な女子高生達の日常を描く日常の叙事詩。 挿絵から御察しの通り、それ以外、言いようがありません。

幽霊巫女の噂

れく
ホラー
普通の男子高校生だった新條涼佑は、ある日を境に亡霊に付き纏われるようになる。精神的に追い詰められてしまった彼は、隣のクラスの有名人青谷真奈美に頼って、ある都市伝説の儀式を教えてもらった。幽霊の巫女さんが助けてくれるという儀式を行った涼佑は、その日から彼女と怪異の戦いに巻き込まれていく。

校外学習の帰りに渋滞に巻き込まれた女子高生たちが集団お漏らしする話

赤髪命
大衆娯楽
※この作品は「校外学習の帰りに渋滞に巻き込まれた女子高生たちが小さな公園のトイレをみんなで使う話」のifバージョンとして、もっと渋滞がひどくトイレ休憩云々の前に高速道路上でバスが立ち往生していた場合を描く公式2次創作です。 前作との文体、文章量の違いはありますがその分キャラクターを濃く描いていくのでお楽しみ下さい。(評判が良ければ彼女たちの日常編もいずれ連載するかもです)

令嬢の名門女学校で、パンツを初めて履くことになりました

フルーツパフェ
大衆娯楽
 とある事件を受けて、財閥のご令嬢が数多く通う女学校で校則が改訂された。  曰く、全校生徒はパンツを履くこと。  生徒の安全を確保するための善意で制定されたこの校則だが、学校側の意図に反して事態は思わぬ方向に?  史実上の事件を元に描かれた近代歴史小説。

Strain:Cavity

Ak!La
キャラ文芸
 生まれつき右目のない青年、ルチアーノ。  家族から虐げられる生活を送っていた、そんなある日。薄ら笑いの月夜に、窓から謎の白い男が転がり込んできた。  ────それが、全てのはじまりだった。  Strain本編から30年前を舞台にしたスピンオフ、シリーズ4作目。  蛇たちと冥王の物語。  小説家になろうにて2023年1月より連載開始。不定期更新。 https://ncode.syosetu.com/n0074ib/

処理中です...