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第一章

文学部

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 昼休みになると佐伯は文学部の部室に向かっていた。

 校舎から延びるわたり通路を歩き、大勢の学生が集まる食堂を抜けると長屋のようにアスファルトで作られた部室棟がある。

 その一番奥の日当たりが悪いところが文学部の部室だ。

 さびれたドアにカギを差し込みドアノブを回し押し開く。

 広さは四畳半くらいの部屋だが、一人で時間を潰すには充分すぎた。

 狭いスペースに肘掛けが壊れた職員用の椅子とスチール机が置かれていて、奥には簡易型の冷蔵庫と本棚があり、その本棚には佐伯が家出同然で飛び出してきた田舎から拝借してきた書物が収められていた。

 佐伯は文学部に籍を置いていたが他の部員はいなかった。

 入学式の日に友達作りに失敗した佐伯は、どこの部活にも誘われず、一人でいたところを文学部の三年生に声をかけられ連れてこられた部活が文学部であり、部長の三年生は佐伯に入部届を出させると幽霊部員になると宣言しそこから一度も会っていない。

 つまりは厄介ごとを丸投げされたのだが、佐伯はその代わりこの部活を自由に使っていい権利を得たので文句を言うのはやめた。

 佐伯は椅子に腰をかけ書物を読みふけっていたとき、ドアノブが回りがちゃりとドアが開く。


「まったくこんな汚いところによく人を呼び出せますね」

 アンネが不機嫌な声色で言った。

「仕方ないだろ、人がたくさんいる中でそんな目立ったことすればめんどくさいんだ」

「時間がもったいないので手短にお願いします」

 授業中に回してきた手紙のアンサーは、昼休みここで待つ。の一言と部室までの簡単な地図だった。

 授業と授業の中休みに注目の異国転校生(可愛い)にクラスカースト下層の自分がそんな行動をとれば今後の学校生活が不便なものになることは目に見えている。

「で、ここは何です?」

「文学部だよ」

「何をするサークルなのです?」

「本を読む。以上」

「……退屈ですね」

 そう言うとアンネはもうひとつある椅子に座る。

「あなたロザリオ持ってるでしょ?」

 彼女が聞く。

「持ってるよ」

 そう言って机にロザリオを一度置き、アンネが受け取ろうと手を伸ばした時、佐伯はロザリオの上に右手をおいた。

「なんですか?」

 アンネがイラつきながら発する。

「あんたに憑いているものをもう一度だけ見させてくれ」

「だからそんなことしたって意味ないって言っていますよね、私には六体の悪魔が……」

「その悪魔ってのが理解できないんだよなぁ、おとぎ話に出て来るってことまでは分かるけど、現実にはありえねぇ」

「さっきからバカにしてんのですか?」

「馬鹿にしてんじゃない、あんたが悪魔だと思っているものはキツネだったり、ご先祖様から続く因縁だったりするんだ。質が悪いやつらは血で祟るから関係ない子孫にまで影響が及ぶことがある。あんたが悪魔だと思っているものの正体さえわかれば俺は祓うことができるんだ」

「やっぱりバカにしてますね?」

「だから」

「エクソシストのことも信じてないですね」

「……すまない。悪魔やエクソシストは無理だ。俺も拝み屋だからオカルトは信じてるけど、悪魔とかの類は理解できない」

「その思考が? ですよ」

 アンネは腕を組み首を傾げた。怒りと言うより疑問の方が大きくなったようだ。

「あなただってその類のものを感じることができるんですよね、この国にだって科学では説明できない事件や出来事が起こることがありますよね、その不思議な要因のひとつに悪魔の存在があることをどうして信じられないのですか?」

 たしかに佐伯は幼いことから祟りや悪霊などの存在を認識できた。

「だからぁ、俺が言いたいのはそうじゃないんだわ、いいか悪魔のせいだと思っていた不可解なことがじつは人間の内に抑え込まれた不満や不安が具現化した陰の気の集合体とかってことが多いんだ。どんなオカルトだって必ず原因がある。その原因の八割がその人の心持次第ってこと。それがわかっちまえば俺は救済できるんだよ」

「よくわかんないです」

「なんでだよ!」

「オカルトを信じているなら悪魔だってオカルトですよ」

 不貞腐れたようにアンネは唇をとがらせてむすっとしている。佐伯はうーんと考えながら頭を抱えた。

「じゃあ逆に聞くが悪魔はどうしてきみに憑いている? それも六体も何の目的で?」

「……それが分からない、分かってたら苦労してません」

 頬を膨らませながらアンネは言った。

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